第百四十二話 本物の実力者 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
良く晴れ渡った夜空一面に広がる無数の星々、大量の水飛沫を舞い上げる瀑布に浮かぶ光り輝く虹、西の大海原へと沈み行く真っ赤な太陽。
人が思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう光景はこの世に幾つあるだろうか??
恐らくそれはたった一度の人生では拝められない程に溢れ返っている事だろう。
忙しい社会の中で時間に追われて生活している限り気付かないが自然界には美しい光景がそこかしこに存在しており、忙しなく動かしている手足をふと止めて周りを見つめればハッと気付く事もある。
普遍的な暮らしの中で見付ける小さくも素敵な光景、大冒険の末に発見した煌びやかな光景。
光景の中にも大なり小なりはあるが感情と意思を持つ生物達はそれらを捉えると少なからず心の水面が波立つ事であろう。
その波の高さは光景の美しさ、荘厳さ、或いは神格性によって決定される。
広大な花畑に舞う美しき蝶達に魅了され、大海原に浮き立つ巨大な島に圧倒され、雷雲から放たれる稲光と轟音に神格性を見出す。
人は視覚から取り入れた情報によって心が揺れるのだなぁっと、正面の巨大な怪物を捉えつつ改めて自覚した。
「グルルゥ……」
一体何を食べたらそんな馬鹿げた量の筋肉を積載出来るのかい?? と。
思わず首を傾げながら問いたくなる筋肉の塊は魔力が高まるに連れて隆起し、爬虫類特有の縦に割れた瞳はもう既に自我が崩壊しているのか。
鮮血を彷彿とさせる程に朱に染まる。
巨躯全体から滲み出る漆黒の魔力がジャルガンの体を薄く覆い尽くし、その黒雲からは時折パリッ!! と弾ける音を伴って閃光が迸る。
彼の魔力と殺意の波動を受け取った小石達は震え上がり、大気は身を竦めて敷地の端へと追いやられ、そして化け物の正面で対峙する俺は……。
「こ、こっわぁ……」
恥も外聞もかなぐり捨てて馬鹿正直に怯えていると宣言してやった。
そりゃそうだろう。
誰だって人智を越えた力の鼓動を受け取れば怯えるのも致し方あるまいて。
怯えは別に恥じる事じゃない。最も恥ずべきなのは抗う事を諦める事さ。
「はぁぁああああああ!!!! これが俺の本当の力だ!!!!」
「どわぁっ!?」
俺と同じ考えに至ったのか。ハンナが己の内に潜む怯え、恐怖、畏怖等々。
負の感情を払拭させるかのように魔力を炸裂させ、そして五つ首と対峙した時に見せてくれた古代種の力を解放した。
勝手に開放するのは構いませんけどね?? 直ぐ近くに俺が居る事を忘れちゃいけませんぜ??
お前さんが全く遠慮しないで力を解放した所為で軽く吹き飛ばされちゃったじゃん。
「相棒、行けそうか??」
淡い緑の魔力の圧を纏い肩口から閃光を迸らせている彼の横顔に問う。
「あぁ、だが……」
「問題は稼働時間だよな??」
「そうだ。この力の解放は精々十分程度。その間に決着を付けるぞ」
「りょ――かい。フウタ達もどうやら手こずっているみたいだし??」
その時に備えて静かにしかし確実に魔力と闘気を高めているジャルガンの後方の屋敷へ静かに視線を送ると。
「いっでぇぇええ!! テメェ!! 乾燥させて干物にして食っちまうぞ!!」
「チョロチョロ逃げ回っているんじゃねぇぞこのチビ助がぁぁああ!!!!」
「うぉっ!? は、速い!!!!」
「某の接近戦を侮って貰っては困るなッ!!!!」
家に迷い込んだ横着な鼠を飼い猫が追いかけ回しているかの様に、屋敷内部は大騒動になっている御様子だ。
居間以外の部屋の窓ガラスが粉々に弾け飛び、彼等の騒動を抑えきれぬ木製の壁は所々破損。
開いた穴からは彼等が放つ魔法や付与魔法の激しい光の明滅が零れ、大層御立派な屋敷は内側の騒動によって傍迷惑な表情を浮かべていた。
あ――あ……。アイツ等、派手に暴れ回りやがって。
修繕費は一体幾らになるのだろう?? その費用は勿論ティスロ持ちだよな??
俺達に修繕費を請求されたとしても何んとか言い訳して彼女に支払わせる様に仕向けよう。とてもじゃないけどしがない請負人ではあぁんな御立派な屋敷の修繕費は払えませんのでね。
まっ、その言い訳はコイツをブッ倒してから考えるとしますか。
「増援は見込めぬ。俺達で奴を倒す」
ハンナが今にもジャルガンに向かって突撃しそうな猛々しい構えを取る。
「へいへい、俺はあくまでも助攻に回るぜ?? 派手に戦うのはお前さんの役割さ」
あの馬鹿げた圧を正面から真面に受け止められるのはお前さん位だって。
だが、奴は俺に牙を向けて来る可能性もあるので油断は出来ぬ。
「すぅ――……。ふぅっ……」
脳裏に過る己の惨たらしい死の姿を忘却の彼方へと捨てて、心に湧く恐怖を勇気と闘志で上塗りする。
そして荒ぶる心の水面を鎮めると静かに呼吸を整えた。
怯えるな……。恐れるな……。気圧されたら俺達の負けだ。
相手の闘気を受け流して己自身の闘志を高め続けろ。
心に浮かぶ水面に敵の姿を映せ。
我が心、静謐の如く。されどこの拳は燃え盛る烈火の如く!!!!
「クククッ……。俺の姿を捉えても怯える処か更に魔力と闘志を高めるとはな」
「俺達はこれ以上の危ない橋を渡って来たんだよ。能書きは良いからさっさと掛かって来たらどうだい??」
「あぁ、そうする。直ぐに死んでくれるなよ……」
ジャルガンが己の体の前で朱き槍を天に向けて掲げると。
「さぁ、今こそ狂乱の時。燃え盛れ、我が刃よ!!!!」
「「ッ!?」」
彼の体から常軌を逸した魔力の波動が迸り朱き槍に炎が灯った。
槍に纏う炎は空気の流れに乗って微かに揺らめき、それはまるで闇の淵から此方をじぃっと見つめて薄ら笑いを浮かべている死神の手招きにも見えてしまう。
「奥義、炎纏葬。我が槍は貴様等の体を燃やし尽くすまで炎を絶やす事は無い」
「お、おぉっ。そっか、そりゃ大変だな」
う、嘘でしょ?? 只でさえ強力な力を帯びっているってのに更に槍に付与魔法を掛けちゃったのかよ……。
こりゃいよいよって奴なのかもね。
「行くぞ!! 我が槍を受け止めて見せろ!!!!」
来るぞ!!!! ぜぇぇったいに気を切るなよ!?
微かに腰を落としてジャルガンの攻撃に備えた刹那。
「ハァッ!!」
「エ゛ッ!?!?」
彼が居た場所から強力な風が迸ると同時に奴の姿を見失ってしまった。
そんな馬鹿な!! き、き、消えちゃったの!?!?
「せぁっ!!!!」
「ほぅ!! 流石、古代種の力を解放する者だ!! 俺の動きに付いて来られるとはな!!!!」
炎を纏う槍とハンナの剛剣が衝突する甲高い音が右方向から響いたのでそちらへ視線を送ると……。
そこには俺が知らない別世界が広がっていた。
朱く鋭い一閃が闇の中で幾つも迸るとそれを跳ね除けようとして美しい剣筋が乱れ咲く。
鉄と鉄が衝突すれば闇を照らす火の粉が舞い上がり、息付く暇すらない乱撃を互いに放てば戦いを司る神々が驚嘆の吐息を漏らす。
な、何だよ。あの馬鹿げた速さの攻撃は……。全く目で追えないぞ。
「うぉぉおおおおおおっ!!!!」
ハンナの叫び声が大気を揺らして彼の両腕から放たれる美しい斬撃が闇を切る。
「はぁぁああああああッ!!!!」
ジャルガンが一分の隙も見当たらない朱き槍の乱れ突きを放てば全方向に衝撃波が迸る。
奴等の攻防は恐らくこの大陸で最強の戦士を決める戦いになるだろう。
俺も一人の男だ。あの戦いを見て、捉えて、血が湧かない筈は無かった。
「すぅ――……。落ち着け、目で追えぬのなら体全体で感じればいいんだよ」
あの二人が放つ途轍もない力の塊を感じる為、五感全てを駆使して最強同士の戦いの状況を捉え始めた。
「だぁぁああああ!!!!」
ハンナが素早く上段に剣を構えると。
「遅いぞ!!!!」
ジャルガンは彼の胴体目掛けて穂先を鋭く突く。
「それは貴様の方だ!!!!」
「何ッ!?」
しかし、ハンナはそれを見越していたのか。
ジャルガンの体よりも穂先に向かって鋭く剣を振り下ろして槍の軌道を大きく逸らす事に成功した。
「貰った!!」
返す剣で下段から上段へ向かって素早く振り上げて奴の首を狙うが……。
どうやらまだまだ戦いは続きそうだ。
「甘いッ!!!!」
ハンナの切っ先はジャルガンの首皮一枚掠る程度が限界だった。
お、おぉっ!!!! 遠目だからか、それとも体が慣れて来たか知らねぇけど俺にも何となく見えて来たぞ!!
素早い動きじゃなくて、暴圧的とも感じられる二人の大き過ぎる魔力に着目すれば良かったんだよ。
「ハハハ……。戦いの中で血を流したのは何年振りだろうか」
ジャルガンがハンナから距離を取り、左の首から微かに垂れて来る血を拭うと静かに言葉を漏らす。
「美味い……、実に美味い……」
大蜥蜴の口が静かに開き、そこから覗くながぁい舌が左手に付着する血を舐め取る。
「うぇっ、気色悪っ」
自分の血を舐めて笑うんじゃねぇよ……。
「ダン。今の攻防で俺達の動きが見えたか??」
「最初は全然だったけど……。お前さん達の魔力を、闘志を追う様になってからは見える様になったぜ」
「そうか。それなら次の攻防からは貴様も参加しろ」
「え?? いいの?? 一対一の戦いに拘る……」
あぁ、はいはい。そう言う事ね。
相棒の足元に視線を落とすとその理由が早々に理解出来てしまった。
常日頃から鍛えている彼の両足は微かに震え更に右手に持つ剣の切っ先も同じ位に震えていた。
多分、というか確実に古代種の力を解放した所為だろうな。
体が暴力的な力の鼓動に耐えられていないのだ。それに比べ……。
「さぁ次の攻防といこうか」
ジャルガンの体に一切の震えは確認出来ないでいた。
片や震え片や不動なり。
馬鹿げた力の扱いについて両者の違いを比べれば一目瞭然であった。
「言っておくけど俺に余り期待するなよ?? 俺が出来る事と言えば奴の攻撃を躱す事が精一杯だからな」
「それだけでも十分だ。俺は貴様の洞察眼に賭けているのだから」
そりゃど――も。
さぁって、覚悟を決めるとしますか!!!!
「ふぅ――……。ったく、人の頼みをホイホイ受け賜るべきじゃねぇよなぁ」
最終最後にこんなべらぼうに高い壁が待ち構ているなんて聞いていたら絶対請け負わなかったし。
いやもしも奴と対峙すると知っていたのなら相棒やシュレンが鼻息荒く承諾を促して来ただろうから結局は請け負わざるを得なかったのかしらね。
「さぁ、行くぞ二人の強者よ。俺の力を……」
掛かって来やがれ!! 俺は、俺達は絶対に負けねぇからな!!!!
右手に握る短剣に力を籠めてその時に備えていると遂に力の塊が恐ろしい牙を剥いて襲い掛かって来やがった!!
「受け止めてみせろ!!」
「っ!!!!」
奴との距離、凡そ十数メートル。
それをたった一度の踏み込みで消失させた有り得ない突撃を回避。
「せぁぁああ!!!!」
頬を掠めた一撃が下段に下がると猛烈な勢いを保ったまま朱き槍の穂先が地面からせり上がって来やがる。
「ぐぅっ!?!?」
俺の臓腑を零そうとした穂先の一撃を半歩下がって躱し、そして続け様に真正面から突き出して来る連続攻撃を一つ一つ丁寧に捉えて受け流すが……。
俺の膂力では精々三、四発を回避する事しか出来ない様だな。
「貰ったぁぁああ!!!!」
「うぉっ!?」
後方に弾かれてしまった両腕の間に出来た隙のド真ん中に目掛けて放たれた穂先を捉えると脳裏に『死』 という概念が過って行った。
あ、駄目だ。これは避けられねぇ。
だけど……。お前さんが対峙しているのは俺一人だけじゃないんだぜ!?
「ハンナぁぁああ――ッ!!!!」
「分かっている!! ハァッ!!!!」
「くッ!?」
俺の後方からこの体を乗り越えて来た彼がジャルガンの脳天に目掛けて鋭い一撃を叩き下ろす。
死角からの急襲と突如として降りかかって来た強戦士の天からの一撃。
流石に少しは狼狽えたな!!!!
「ちぃっ!! 頭蓋を叩き割るまでには至らなかったか!!」
「今のは良い一撃だったぞ。貴様等の連携を少し侮って……」
「腹がガラ空きだぜぇぇええええ――――ッ!!!!」
俺では無く、上空からの一撃に注意を割いて生まれた空白の時間に乗じ。右手に炎の力を籠めて渾身の一撃を刹那に出来た隙へ叩き込んでやった。
「何ッ!? ぐぉっ!!!!」
お、おっしゃああああ!! やぁぁああっと一撃当たりやがった!!!!
俺の一撃を食らったジャルガンがハンナから一歩、二歩後退すると。
「ぐ、くぅっ……」
「合わせろ!!」
「わ――ってるって!!!!」
攻撃大好きっ子の白頭鷲ちゃんの背に続いて追撃を開始した。
俺達に攻撃を与える隙を見せたら駄目だぜ??
それは腹を空かせた猛犬に大変美味そうな肉を差し出す様なものだからなぁ!!
相棒は右手に剣を、そして俺は右の拳に渾身の力を籠めて奴の懐へ侵入しようとしたのだが。
たった一撃ではジャルガンの気力をそぎ落とす事は叶わぬ様だ。
「我が一撃。音よりも速し……」
野郎が静かに腰を落として朱き槍を中段に構えると背の肌が一斉に泡立つ。
ヤ、ヤバイィィ!! 何か来る!!!!
お疲れ様でした。
夕食を摂った後に編集作業に取り掛かりますので、次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。