第百三十九話 始動!! 人質奪還作戦!! その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
南の大陸特有の真昼のうだる様な暑さは鳴りを潜め、その代わりに初秋を感じさせてくれる乾燥した冷たい空気が身を包む。
心地良いと判断出来る空気には矮小な砂と街の香りが少しだけ混じり鼻腔からその空気を吸い込むと幾分か緊張が和らぐ。
これから始まる救出作戦の重要さは頭では理解しているのだが、未だ心の準備が整っていない。
そりゃそうさ。今までは依頼を失敗しても失われるのは己の命のみであったが、今回の場合は小さな失敗が他人の尊い命を奪ってしまうのだから……。
落ち着けば大丈夫、段取り通りに事を進めれば何も恐れる事は無い。
今も五月蠅く鳴り続けている心臓ちゃんの頭をヨシヨシと撫でて御機嫌伺いをしつつ、俺達はローンバーク家の屋敷を取り囲む塀の北側で静かに息を顰めてその時を窺っていた。
『シュレン、どうだ?? 奴等は見えたか??』
一足先に塀の上に登っているお尻の可愛い小鼠ちゃんに向かって小声で問う。
『あぁ、相も変わらず律儀に巡回を続けているぞ』
巡回を続けているって事はだよ??
『俺達の襲撃は奴等にバレていないって事だな』
宿屋の襲撃が確知されているのなら今頃屋敷を占拠している奴等は大慌てだろうし。
『だろうな。さて、と。シューちゃん?? そろそろ俺様達の出番かしら』
フウタが高揚感を抑えきれない感じで可愛いお尻の鼠の背中を優しく叩く。
『もう少し待て。奴が此方に背を向けた時に出る』
『シュレン、痺れ薬が塗られたクナイは咥えたか??』
ハンナが周囲を警戒しながら静かに問う。
『勿論だ。ダンとハンナは某の装備を持って塀を登って来い』
『それは分かっているけどさ。屋敷の側で魔物の姿に変わったらバレちまうんじゃないの??』
魔物から人の姿に変わる時には微量だが魔力を発してしまう。
魔力探知に乏しい俺ならある程度離れていれば気付かないけども、生まれた時から魔物であるアイツ等がそれを見逃す筈は無いし。
『人質が拘束されている居間への突入時まではこの姿でいる。ダンは居間へ突入したら某達に装備を渡せ』
あぁ、はいはい。そういう事ね。
『了解。それじゃ屋敷周辺を巡回している連中はこの痺れ薬付きのクナイで静かに眠って貰いますか』
『北側の大蜥蜴を無力化したら某達が屋敷内部に潜入する。何度も話すがこの救出作戦は慎重を要すものだが、時間との戦いでもある。それを努々忘れるなよ』
『へへっ、何時になく饒舌じゃねぇか』
フウタがいつもの調子でシュレンを揶揄う。
『ふんっ、確認したまでだ』
『その割にはぁ……、っとぉ!! おっしゃ、好機到来!! それじゃ先に行って来るぜ』
『気を付けて行って来いよ!!!!』
クナイの柄を食んだ小鼠達を見送ると嫌に静かな空気が俺とハンナの間に流れた。
彼等の姿が見えなくなって十秒、いや二十秒だろうか??
緊張感からか、時間の経過が曖昧だがその僅かな時間さえも長く感じてしまう。
『アイツ等、上手くやれるかな』
街に蔓延る闇の中をぼぅっと眺めながら何とも無しに話す。
『あの二人の腕前を信じろ。これまで何度も見て来ただろ??』
『いや、シュレンは信じているけどさ。もう片方の鼠ちゃんがヘマをしないか気が気じゃないのよ……』
普段の生活態度といい、先程の亀甲縛りといい、ティスロの可愛い下着を持ち帰って来た事といい……。アイツはすこぉしでも目を離すと自分勝手に行動する質があるし。
今回の救出作戦は一つの失敗も許されない事を念入りに説明したのだが、果たしてあの頭の中ではどの位置に収まっているのやら。
居ても立っても居られずその場を右往左往していると本当に微かな物音が壁の向こう側から聞こえて来た。
『よぉっ!! 北側に居た奴を眠らせて来たぜ!!』
『『ふぅ――……っ』』
フウタの小さな口から俺達が望んでいた言葉が出て来ると二人同時に安堵の吐息を盛大に漏らした。
『んだよ。まさかお前達、俺様がヘマすると思っていたのか??』
『無きにしも非ずって感じかね。さてと!! では次の段階に移ろうか』
ムスっとした顔の小鼠ちゃんの態度を他所に塀を乗り越えると大変踏み心地の良い地面に着地する。
ほぅ、屋敷の全体像はあぁなっていたのか。
屋敷の二階部分は宿から見えていたけど、背の高い塀によって隠されていた一階部分はほぼ俺が想像していた通りの造りだ。
月明かりの影に入っていてその詳細は遠目では理解出来ないが此処からでも大変お高い造りであると即刻看破出来てしまう出で立ちに思わず吐息が漏れてしまう。
『……』
息を顰め、足音を殺して家屋の窓の死角に入ると改めてこの屋敷は庶民がおいそれと手を出せないお値段がするモノであると理解出来てしまった。
屋敷の壁はそれ相応の地位に就く者が住むに相応しい高価な木材を使用しており、窓に使用されている硝子は一切の曇りが見当たらず大変見渡しが良いと判断出来る。
『立派な屋敷だな』
壁に張り付き、後ろ手でやんわりと壁の感触を味わいながら話す。
『この街の権力者が住む家なのだ。平屋一階建てでは示しがつかぬだろう』
『でしょうねぇ……。相棒、今から東西を警備する大蜥蜴ちゃん達を無力化するんだけど。お前さんはどっちを受け持つ??』
『俺は西側を担当しよう。ダン、貴様は東へ行け』
へいへい、仰せのままにっと。
『シュレン、フウタ。今から俺達は別行動になるけど……。どちらかが見付かってしまった場合は段取り通り、居間へ強行突入しよう』
侵入者である俺達が発見された場合、今回の事件の発覚を恐れてアイツ等は人質を抹殺してしまう可能性があるし。他の場所に移送される恐れもある。
それを未然に防ぐ為にも最終最後である力技に頼るしか俺達に道は残されていないのだ。
『その場合、人質の命は二の次になるぞ』
シュレンが険しい瞳を浮かべたまま此方を見上げる。
『見付かっちまったらそれ処の騒ぎじゃないだろ。一刻も早く人質の命を確保しなきゃいけないんだって』
『承知。では、某達は二階から侵入を開始する。ダン、ハンナ。クナイは持ったか??』
『『……っ』』
勿論さ。
二人無言のまま彼特製の痺れ薬が塗られている鉄製のクナイを見せてやる。
『よし、では作戦の第二段階へ移行する。フウタ、行くぞ』
『う――い。ヘマするなよな――』
お前さんにだけは言われたくない。
そう言いたいのをグッと堪えて家屋の壁を素晴らしい所作で登って行く二匹の鼠の尻へ向かって視線を向けてやった。
『よし、じゃあ俺達も行こうぜ』
『了承した……』
ハンナに一つ頷くと俺の担当である屋敷東側の壁へ向かって移動を開始。
その道中、幾つかの窓があったので内部から発見されぬ様。ちょいとかっこ悪い姿勢で屈みつつ移動を続けた。
ふぅっ、此処までは段取り通り超順調に来ていますなぁ。
安堵の吐息を微かに漏らして再び緊張感を体に持たせ、東と北の境目の角から本当に静かに顔を覗かせると……。
「ふわぁ――っ……」
東側を警備している個体は右手に殺傷能力の高い剣を持ったまま大欠伸を放っていた。
うふふ、もう既に襲撃されているってのに呑気に欠伸を放っちゃってまぁ……。
そうして怠惰に過ごせるのも今の内だぜ??
悪事を働く愚か者を盛大に成敗してやりたいのは山々だが此処からだと距離が離れ過ぎているな。
俺は相棒の様に素早く動けないので距離を詰めている間に此方の存在がバレてしまう蓋然性があるぞ。
魔力を高めれば速く移動出来るけども、屋敷内部の連中に感知されてしまうのでそれは最低最悪の悪手だ。
さてどうする?? あの腑抜けた野郎を無力化する為の方法はパッと思いついただけで三通りだ。
その一。右手に持つクナイを大蜥蜴の体に向かって力の限りに投擲する。
此方の姿を確認されない方法としては最も理に適っているが、万が一クナイの刃先が突き刺さらなかった場合は最悪の結末を迎える事になるのでこれは却下。
その二。ハインド先生直伝の忍び足で背後に忍び寄り、相手が俺を確知する前に口元を抑えつつ体にクナイを突き刺す。
これは悪く無い考えだけどあの大蜥蜴がふと視線を此方に向けた時点で破綻してしまう。運要素が強く絡む作戦なので保留っと。
その三。此処で音を鳴らして奴を引き付ける。
いつもなら鳴らない音を確かめるべく、あの野郎はある程度の警戒心を強めて此方にやって来るだろう。
屋敷の角の死角から奴を急襲して不意を衝き、クナイを突き刺して体を拘束。
これなら南側を警備する者と屋敷内部を巡回している連中にも察知される可能性は低い筈だ。
よっしゃ!! この作戦を実行するぜ!!
恐らく相棒も俺と同じ作戦を取る筈。そう考えて振り返ると……。
『あれまぁ……。もう姿が見えないな』
俺の後方には意識を失って地面に横たわる大蜥蜴しか見当たらず、戦う事が三度の飯よりも大好きな彼は既にその姿を消失させて作戦を実行していた。
ハンナは自分の身体能力に任せた作戦を実行したのだろうさ。
俺は俺の、相棒は相棒の作戦を遂行すればいいだけの話。
クナイを握り締める右手に力を籠め、五月蠅く鳴り続ける心臓ちゃんを必死に宥めて平常心を取り戻すと作戦の実行に移った。
頼むぜ……、上手く行ってくれよ??
祈りを込めて右手に持つクナイの柄で家屋の壁を二度、三度少々強めに叩いてやった。
「うん?? 何の音だ??」
そりゃ気付きますよね!!
奴の注意が此方に向いたと同時に心拍数が一気に跳ね上がってしまう。
「お――い。どうかしたのかぁ――??」
さ、さぁ来るぞ!! 絶対に一撃で決めろよ!?
『ふぅっ……。ふぅ――っ!!』
胃袋の中から込み上げて来る酸っぱい液体を必死に抑え付け、そして四肢に力を籠めてその時を待つ。
落ち着け……。澄んだ水面を己の心に映すんだ……。
荒れ狂う水面を徐々に鎮めて頭を冷静に冷やすが両の拳には烈火の闘志を宿す。
大蜥蜴の大きな足音が刻一刻とその音を強めて行く間に己が追い求めている究極の戦闘方法を研ぎ済ませていると遂にその時が訪れた。
「おい、さっきから何度話し掛けてぇ……。ッ!?」
おっしゃああああ!! 奇襲成功ッ!!!!
大蜥蜴が俺の姿を捉えると慌てて剣を構えるが時既に遅し。
「ふんっ!!!!」
虚を突かれた個体の懐に風を纏って侵入すると右手に持つクナイを大蜥蜴の脇腹に突き刺す。
「ぐぇっ!!」
そして間髪入れずに体を器用に回転させて左の昇拳を硬い顎先に捻じ込んでやった。
ど、どうだ!? 手応えは感じたぞ!?
いつでも追い打ちを掛けられる様、両足に力を籠めて大蜥蜴の様子を確認すると。
「う、うぅん……」
野郎は白目を向いて現実世界から夢の世界へと向かって行き、力無くその場に倒れてしまった。
は、はぁ――……。良かった。何んとかバレずに対処する事が出来たな。
『よっこいしょっと……』
無駄にデカイ体に生える尻尾を掴むと屋敷の北側に広く広がる影へズルズルと引きずり込み、鞄の中から長縄を取り出した。
これで屋敷の外を警備するのは南側の個体のみ。コイツを縛り上げて動けなくしてから向かうとしますかね。
両手両足、更に念には念を入れろと言われている様に猿轡を嵌めている最中に大変肝が冷える音を捉えてしまった。
「うん?? おい、何処に行った??」
う、う、嘘だろう!? 何でこの機会で東側を覗くのかな!?
此処からでは死角になっていて様子を窺えないが、恐らく南側を警備している野郎が東側を覗いている筈だ。
「お――い。小便にでも言ったのか――??」
ヤバイ!! こっちに向かって来る!!
何んとか奴を無力化しないと俺達の潜入が見付かっちまうよ!!
と、取り敢えず奴の油断を誘う為に行動を起こすとしますかね!!!!
大変安らかに眠っている個体からクナイを外して両手の拘束を解くと、見た目通りの重さを誇る大きな体を持ち上げて壁にもたれさせてやる。
そして家屋の角から大蜥蜴の右手だけが見える様に披露してやった。
「何だよ、そこに居たのか。返事位しやがれ」
『わりぃわりぃ。ちょっと立て込んでいてさ』
中々の重さを誇る大蜥蜴の右腕を操り人形の様に動かして生者感を巧みに演出。
襲撃に気付いていない奴なら確実に引っ掛かるであろう技を披露すると案の定奴は無警戒な足取りで向かって来やがった。
よ、よしっ。上手く誤魔化せたぞ。
後は先程と同じ要領で奇襲を仕掛ければ無力化出来る!!
いつでも襲い掛かれる様に神経を研ぎ澄ましてその時を待ち構えているとデカイ影が家屋の角からぬぅっと現れやがった。
「はっ?? えっ!?」
今だっ!!!!
『ッ!!』
想像とはかけ離れた現状を捉えて呆気に取られている個体に向かって突入したのだが。
「……」
壁に立てかけていた大蜥蜴が何でこんな時にと思える機会で此方側に崩れて来やがった!!
嘘だろう!? こんな時に勘弁して下さいよ!!!!
「ちぃっ!!」
体にもたれかけて来た個体を素早く跳ね除けて再び突撃を開始したのだが……。
「う、嘘だろ。て、て、敵……」
奴は周囲に敵襲を伝える為、大声を出そうとして胸一杯に空気を取り込む所作を見せてしまった。
ま、不味いぃぃいい!! この距離じゃ絶対に間に合わねぇ!!!!
このままだと確実に潜入がバレちまう!!
ええい!! 一か八か、伸るか反るか!! 運否天賦に身を任せて我武者羅に突貫するのみ!!!!
幸運の女神様!! ど――か何卒俺の願いを叶えて下さいまし!!
大変な気分屋で気紛れな彼女に祈りを捧げるが。
『あはっ、勿論今回の願いも却下ですっ』
駄女神は毎度の如く俺の願いを払い除けやがった。
右手に持つクナイが先か、奴が叫ぶのが先か。
運命が決するその時が迫る中、俺は相も変わらず決して叶わぬ願いを唱えながら大蜥蜴の懐へと向かって行くが……。
ど――考えても奴が叫ぶ方が先だな。
ち、畜生!! 皆すまねぇ!!!!
もう駄目だと観念した刹那。
「敵襲っ……。んむぅぅっ!?!?」
へ?? 何が起こった!?
奴の警鐘を鳴らす叫び声の代わりに何やら苦悶に満ちた吐息が漏れ始めた。
突撃の足を止めて確認すると……。
『ふぅっ、間に合ったか』
我が相棒が大蜥蜴の背後から右手で大蜥蜴の口元を覆い、そして左手に握るクナイを左胸の上方に突き刺している姿を捉える事に成功した。
た、た、助かったぁ……。
その場に力無く崩れ落ちて安堵の吐息を漏らして彼を見上げた。
『すまん。駆けつけるのが遅れた』
『ううん。私は別に気にしていないよ??』
初めてのお出掛けの時、彼氏が待ち合わせ時間に遅れて来た時に彼女が放つであろう台詞を嫋やかに演出して言ってやった。
も、もぅ!! 何て痺れる登場の仕方なんだい!?
こんなの女性じゃなくても惚れちまうだろうが。
『気色悪い声色で話すな。西側の個体を此方に運んで拘束する。南と東側の拘束は任せたぞ』
『それよりもぉ……。抱いて??』
今はそんな事をしている場合では無い。
それは勿論承知しているが……。
痺れる登場をブチかましてくれた彼に礼じゃないけども、この込み上げて来る想いを伝えねばならぬ使命感に駆られた俺は彼の大きな背に己が身をぴったりとくっ付けてやった。
『止めろ!! 気色悪い!!』
『あいだっ!?』
こ、この野郎!!
奥手な彼女が頑張って気持ちを矢面に出したってのにその拳骨は駄目だろうが!!
『ふざけている暇があれば手を動かせ!!』
『俺は礼を伝えたかったんだよ!!』
『口頭で伝えればいいだろう!! 時と場合を弁えろ!! 馬鹿者が!!』
黒の頭巾に覆われているので彼の表情は全て確認出来ないが、目元から覗く朱に染まった肌からして恐らく顔全体が羞恥によって美しい赤に染まっている事だろうよ。
うふっ、初心な子ねぇ……。
友人からの温かな気持ちを受け取るだけで真っ赤になっちゃうのだから、久し振りに故郷へ帰ってクルリちゃんからの抱擁を受け取ったらどうなる事やら。
まぁ恐らく良くて失神寸前、最悪なのは卒倒してしまうって感じかしらね。
そうならない為にも!! 俺が一肌脱ぎ続けなければならないのですよ。
お母さんは本当に大変なのよ?? それを少しでも汲み取って頂けたら幸いねっ。
双肩から怒りの炎を撒き散らす彼の後ろ姿を見送ると二度の拳骨はこの後の作戦に悪影響を齎すと判断した俺は相棒の指示に素直に従い。失神した二体の大蜥蜴を闇に紛れながら手際よく縛り上げて行ったのだった。
お疲れ様でした。
最近は風も強く、更に最悪な事にそれが花粉の季節と重なった結果。鼻水がとめどなく流れ出る酷い花粉症に悩まされております……。
毎年この季節は本当に憂鬱ですよ。薬で多少は楽になっていますがそれでも息苦しさは拭えません。
プロット執筆作業が滞っているのも花粉症が一役買っている為、早く花粉の季節が過ぎてくれるように祈るばかりです。
読者様達も花粉症には気を付けて下さいね??
そしてブックマークをして頂き有難う御座いました!!
これから始まる人質奪還作戦のプロット執筆活動の嬉しい知らせとなりました!!
それでは皆様、お休みなさいませ。