第百三十九話 始動!! 人質奪還作戦!! その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
この世界を遍く照らす太陽が西の空へと沈み、闇夜を淡く美しく装飾する月が夜空に昇る。
世界中で繰り返し行われる普遍的な循環が進む一方でこれから行われる特異的な行動に対して俺の心臓は普段よりも早く、そして強く鳴り響いていた。
「ふぅっ……」
闇の中で動くのに適した服装に着替え終えると暗闇が蔓延る宿の外へ視線を送る。
日が出ている内は大勢の人達が行き交う歩道及び車道は人っ子一人見当たらず、只々沈黙という存在が空間を支配していた。
夜虫が鳴く事に疲れて床に就く深夜。
俺達はこれから不届き者を成敗する為に行動を開始するのだ。
「ダン、準備は出来たか??」
夜空に浮かぶ星達を眺めて気分を落ち着かせていると相棒が静かな口調で話し掛けて来た。
「二刀の短剣と一応の大弓。そして無頼漢共を拘束する大量の縄が入った鞄……。おうっ、完璧に仕上がっているぜ」
己の装備をポンっと叩いて振り返る。
「そうか。シュレン、フウタ。準備は整った。そろそろ出発するぞ」
「承知」
「りょう――かいっと」
ベッドの上で静かに集中力を高めていた二人が素早く立ち上がると一気に緊張感が高まって来るのですが……。
「ん――……。夜の闇に紛れて行動するんだからさ。態々コレに着替えなくても良かったんじゃないの??」
己の身を包み込む黒一色の装束の着熟しを確かめる様、無意味に各関節を動かしながら見下ろす。
今宵の作戦決行前。
『闇に紛れる為に着替えるべきだっ』
普段から黒一色の装束を身に纏うシュレンからの提案を受け、理に適った行動だと考えた俺は夕方頃に街の衣装屋に足を運んで適当に見繕って購入したんだけど……。
着慣れない服よりも、着慣れた服で行動した方が良いんじゃないかとこの期に及んで踏み止まってしまう。
「満月までとはいかないが今宵の月明かりは我々にとって脅威だ。少しでも敵からの発見を送らせる為にもその服装は大変便利なのだぞ」
顔の殆どを覆い尽くしている黒頭巾からシュレンのフンスッと、満足気な大変可愛い鼻息が漏れる。
「ダン達は理解出来るけどよぉ。何で俺様まで着替えなきゃいけないんだよ」
いやいや、お前さんの服装が一番派手だからね??
夜の闇の中でもあの真っ赤な装束は嫌でも目立ちますもの。
「貴様の服装は論外だ。それに忍ノ者の正装の利便性を確認出来る良い機会では無いか」
「地味な格好は嫌いなんだけど……。はぁぁ、まぁいいや。シューちゃんが珍しく超ニッコニコしているから仕方なく従いますかね……」
「そ、某は笑ってなどいない!!」
「ははっ、口元を覆う頭巾がにゅぅって上向いているぜ??」
「ふ、ふんっ!! これは緊張感からだっ」
きっと俺達全員が同じ格好をしている事が嬉しいのだろうさ。
頭頂部からポッポッと可愛らしい湯気を立ち昇らせて羞恥に塗れている彼の頭を一つ優しくポンっと叩くと宿の扉へと向かう。
「さぁって……。皆さん?? 準備は宜しいでしょうか??」
口回りを覆う黒頭巾を大変悪い角度に上げながら振り返る。
「おうよ!! さっさと悪い連中を成敗してやろうぜ!!」
「準備は万端だ。いつで良いぞ」
「某も準備は出来ている」
うっし、全員気負ってはいないな。
蝋燭の火を消してしまったので各自の表情の詳細は窺えぬが、声色からして気合が漲っている感じだ。
そりゃそうか……。戦う事が大好きな三名はこの狭い部屋で数日間もお預けを食らっていたもんなぁ。
大蜥蜴ちゃんも可哀想に……。これから人生の中で味わった事の無い恐怖と痛みを感じるのだから。
「じゃあ先ずは手筈通り宿の角部屋に居る大蜥蜴達を取り押さえるぞ」
「おう!! 俺様達が窓から侵入するからダン達は扉から突入しろよ!!」
分かっているからそんなに声を荒げないの。他の部屋を利用している宿泊客さん達に迷惑でしょう??
「ダン達が扉から出て約三十秒後に某達が窓から侵入する。読み違えるなよ??」
「分かっているさ。相棒、御自慢の剣でスパッ!! と。部屋の閂状の鍵を叩き切ってくれ」
「了承した……」
よっしゃ!! これにて最終確認終了!!
『それじゃ……。作戦の第一段階を開始するぞ……』
蚊の羽音よりも小さな声を出して扉を開くとフウタ達もそれに合わせて部屋の窓から巧みな所作で外へ出て行く。
今の身の熟し、流石だな……。あれだけ近くに居たってのに全く足音が聞こえなかったもの。
「「……ッ」」
廊下に出ると己の息を殺し、闇と一体となって木製の床を慎重に踏みながら進んで行く。
各部屋からは確実に人の気配を感じるが超深夜である為か、宿全体は床に落ちた針の音を掬える程にシンっと寝静まっていた。
可愛い子が眠る部屋に忍び足で向かうのならまだしも、俺達はゴッツゴツの鍛えられた大蜥蜴達が潜む部屋に向かっているんだよなぁ……。
気分が上がる処か悪い意味で萎んでしまうよ。
水面の上を滑らかに進むアメンボさん達からお墨付きを頂ける歩法を披露していると奴等が潜伏する部屋の扉の前に到着した。
『相棒、着いたぜ』
『あぁ、分かっている。残り……、十秒。突入に備えろ……』
さ、さぁ――。いよいよ横着者をブチのめす時間が来てしまったな。
刻一刻と緊張感が高まって行くと心臓が強烈な拍動を鳴らして意図せずとも全身から汗が滲み出て来る。
相棒も俺と同じ感情なのか、普段よりも少しだけぎこちない所作で左の腰から抜剣すると両手に力を籠めて柄を握り上段に構えた。
そして、フウタ達と別れてから体内時間で約三十秒が経過した刹那。
「……ッ!!」
ハンナが勢い良く剣を振り下ろして鋭い切っ先で扉の閂を切断した。
その太刀筋と来たら……。
必要最低限の場所を破壊する為に寸分違わぬ正確な太刀筋の一閃を目の当たりにすると思わず全身の肌が泡立ってしまった。
す、すっげぇ。一振りの威力もさながら正確無比な剣の扱いに舌を巻いちまうよ。
だが今は彼の剣技に惚れ惚れしている場合じゃねぇ!!
「とうっ!! 夜分遅くにお邪魔しま――す!!!!」
この部屋を使用している宿泊客に一切の遠慮無く勢い良く扉を開くと同時に足を踏み入れ。
「だ、誰だ!! テメェ等は!!!!」
「な、何だ!?!?」
俺達とほぼ同時に窓から突入を開始したフウタ達と共に目をひん剥いて驚いている横着者達に正義の鉄槌を下してやった。
「俺様達は悪者退治を生業とする悪徳業者さ!!!!」
「ぐぇ!?」
フウタが窓際に居た個体の顎に強烈な上段蹴りを放ち。
「遅いぞ!!」
「は、速過ぎ……!!」
シュレンは右奥の机の前で何やら執筆作業をしていた個体の背にクナイを突き刺し。
「これでも食らいやがれ!!!!」
「遅過ぎるぞ!!!!」
ハンナは扉から見て右側のベッドの上で休んでいた個体へと襲い掛かり。
「貰ったぁ!!!!」
「ま、待て!! 俺は何も悪く……。うごぇっ!?」
俺はハンナと反対側のベッドの上でまだまだ眠気眼の個体の顎を右の拳で思いっきり穿ってやった。
拳に感じる肉と骨をブッ叩くこの心地良い感触……。
くぅっ!! 堪りませんなぁ!!!!
たった一撃だがこの一撃の為に途方も無く長い時間を掛けて来たんだ。そりゃ快感もひとしおって奴よ。
「はっは――!! 余裕ぅっ!!」
「作戦の第一段階は成功だ。ダン、ハンナ。このクナイで大蜥蜴の尻付近を傷付けておけ」
喜びを炸裂させるフウタと打って変わって至極冷静なシュレンが静かに此方に歩み寄り漆黒の鉄で作られたクナイを渡してくれる。
「何で尻を傷付けるんだよ」
「そのクナイには痺れ薬が塗ってある。体内に直接送り込めば数時間の間身動きが取れなくなるからな」
あ――、はいはい。そう言う事ね。
「俺達が寝静まった頃に薬草をゴリゴリ磨り潰していたのはこの為だったのか」
彼からクナイを受け取り、俺の目の前で完璧に失神している大蜥蜴ちゃんの尻に向かって鋭い切っ先を突き立てやる。
切り傷から僅かな深紅の液体が零れ落ちて来るが薬の拒絶反応などは見られず。彼の寝顔はまるで激務の果てにやって来た休日前夜の寝顔みたいに大変安らかであった。
「皆寝ているんだから注意してやろうかと思ったけど……。へへ、有難うな」
「礼には及ばぬ」
シュレンにクナイを返却すると息する間も無く次の行程へと入った。
「は――い、皆さん。横着者達のお尻を傷付けたら次は縄で縛りましょうね――」
鞄の中から数本の長縄を取り出して各員に順次渡して行く。
「痺れ薬で眠っているのだからこのままでも良いのではないか??」
「万が一の時の保険って奴さ。人の姿に変わられた時の事を想定してかなりキツク縛ってやれよ――」
先ずは両手から、そしてお次は両足へ。
街を探索するついでに購入した長縄で身動き一つ取れない状態に縛り上げてやると満足気に息を漏らした。
「ふぅっ、こんなもんか」
これなら人の姿に変わっても抜けられないだろう。
「ダン!! もっとキツク縛ってやれよ!!」
「いや、これ以上縛るとコイツを窒息させてしまう恐れがぁ……」
お、おいおい。君は一体何を考えているのかね??
「どうよ!? 俺様が歓楽街で学んだ縛り方は!?」
両手両足更には尻尾を背中側でグイグイと縛り上げ、体の前で長縄を亀甲状に縛るあのやり方は俺も何度かそっち方面のお店で拝見させて頂いた事があるが……。
何もこの場で披露しなくてもいいじゃないのかい??
「いや、誰が亀甲縛りをしろと言ったんだよ」
呆れた息を吐くと白目を向き口から泡を吐いて気絶している気の毒な野郎を見下ろしてやる。
「これでまだ完成じゃないんだぜ!? 芸術性を高める為にはぁ……。よっと!!」
雁字搦めに縛られている気の毒な野郎を俯せの状態にすると懐から取り出した一輪の花の茎を肛門に勢い良くブッ刺してしまう。
「これにて完成さ!!」
「ふぅぅむ……。臀部から零れ落ちる深紅の血液はその花から染み出る生命力の強さを美味い具合に表現。そして大蜥蜴の血と肉と魔力を糧に成長した花は肛門で見事に美しい花弁を咲かせたのか……」
巨匠が長い時間を掛けて制作した逸品を心から楽しむ様に、顎に手を添えて感嘆の吐息を漏らした。
一見下らない姿にも見えるがその道に携わる者があの芸術を捉えると俺と同じく素晴らしい!! と大きく頷いてくれるだろうさ。
「さっすが同士だな!! 俺様のすんばらしい表現を理解してくれちゃってぇ!!」
「おうよ!!」
喜々とした目元を黒の頭巾から覗かせるフウタと右手を合わせて乾いた祝音を奏でてやった。
「下らない事をやっている暇は無いぞ」
「ハンナの言う通りだ。某達は続けて作戦の第二段階へと移行する」
あらあら……。相変わらず真面目です事。
激務をこなす上でほんの小さな遊び心は一種の清涼剤として精神的苦痛を和らげてくれる効能があるんだぜ??
真面目な二人は彼が丹精込めて制作した芸術作品を見る気配も出さずに窓枠へと向かって行くではありませんか。
「厳しい仕事の中でも少しの遊び心も必要なんだぞ??」
窓枠に右足を乗せたハンナの背に向かって話す。
「ふんっ、ソイツが捕まった時の事を考えると少々同情してしまうぞ」
ありゃまっ、行っちゃった。
「ギャハハ!! そりゃこぉんな恥ずかしい恰好で街中を護送されたら死にたくなるよなぁ!!」
だろうなぁ……。
他の連中は普通に縛られているってのにコイツだけは歓楽街のとある大人の店で良く見かける縛られ方をされ。更に最悪な事に肛門には一輪の花が刺されているのだから。
執行部の連中はこの姿を捉えたら。
『貴様!! ふざけた格好をするな!!』 と。
きっと目くじらを立てて激怒するだろうさ。
「お悔やみ申し上げます。これに懲りて二度と悪事に手を染めない様にな」
気の毒な奴に両手を合わせてやる。
「捕まったら一生牢屋の中だろうし、二度と悪事が出来ないのは確かだろうさ。ダン、シュレン達がもう屋敷の奥へ向かって行っちまった。さっさと行こうぜ――」
「あぁ、分かった」
中々の芸術技を披露してくれた彼に続いて窓から外へ出るとそのまま闇に紛れて屋敷の北側へ向かって移動を開始した。
さてと……。此処までは前菜みたいなもんだ。
此処からは気合を入れて慎重に事を進めないと取り返しのつかない事になっちまうから気持ちを切り替えて臨みましょうかね。
「ぬふふぅ……。今ので要領は掴んだぞ。屋敷に居る連中にも俺様のすんばらしい芸術を味わって貰いましょうか!!」
コイツを相手にする奴等は可哀想だよなぁ。皆すべからくあぁんな恥ずかしい恰好に縛り上げられてしまうのだから……。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。