第百三十七話 ドキドキな潜入作戦 その二
お疲れ様です。
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木の温もりが感じられる柔らかな香りと鼻腔が辟易してしまう湿気ある埃が混ざり合った空気を取り込むと体が素直な反応を見せてくれる。
この程良い高揚感と舌が乾く緊張感……。
某に与えられた任務の重大さを考慮すれば高揚感を排除せねばならないが、某もまだまだ未熟だな。四つの足が逸ってしまうぞ。
「……」
二階から一階へ続く壁の合間を進みそして一階の壁裏に到達すると、床に落ちた針の音を拾い取る様に両耳を澄ませた。
「お――い。そっちは異常無しか」
「あぁ、今日の夜も静かだ」
「静かな事に越した事はねぇよ。人質達もかなり参っているのか、占拠当初に比べれば随分と大人しくなっているから監視の任も楽だぜ」
「居間で静かに拘束中か。俺達の存在が明るみになる前に此処から早く退却したいが……」
「ティスロの野郎が雲隠れして当初の計画はおじゃん。今は頭領が新たな作戦を綿密に計画している様だぞ」
ほぅ……。いいぞ、手間が省ける。そのまま情報を漏洩させ続けろ。
壁越しに聞こえて来る大蜥蜴達の会話から次々と流れて来る情報を頭の中に叩き込んで行く。
「物資を補給しに来た連中が言っていたな。だが、新たな作戦を決行する事になると人質はどうなる」
「さぁ?? 身柄を拘束したまま誘拐して、向こうが俺達に手を出さない様にするんじゃね??」
「それが妥当な線だな。外で警戒を続けている連中に食事を渡したか??」
「さっき渡したぜ。俺はこのまま二階の監視に向かうわ」
「了解した」
廊下で交わされている会話が途切れると巨大な図体が奏でる足音が二階へと向かって行く。
ここで得られる情報はもう無い様だな。人質が拘束されていると思しき居間へ向かおう。
四つの足を器用に動かして壁の中を移動。
筋交いの狭い空間を潜り抜けて一階の天井裏に到達すると此方の足音を悟られぬ様、梁の上を移動して行く。
先程聞こえた新たなる作戦とは一体何だ??
砂漠の朱の槍といったか、反政府組織が企てている作戦の情報を入手したいが……。前線に配置されている人員から入手出来る情報量は微々足るものだろう。
作戦の内容は窺い知れぬが水面下で計画されているという情報は貴重だな。
「……っ」
静かな廊下から聞こえて来る人の生活音。
「ったく。暇過ぎて逆に疲れてしまうな」
二階から響く大蜥蜴の無意味に大きい足音。
「ふわぁぁ――……。眠い……」
玄関付近で放たれた怠惰な欠伸の音。
幾つもの音を頼りに、そして頭の中に刻まれている屋敷全体の見取り図を頼りに移動を続けていると大変弱々しい魔力の鼓動を捉えた。
むっ……。ここか??
「……っ」
部屋と部屋を仕切る天井裏の板の間を潜り抜けて居間の天井部分に到達すると息を、気配を殺して耳を澄ませた。
「あ、あの……。娘は無事なのでしょうか??」
「我々の監視の下で生きていると聞いている」
「で、ではせめて無事だという証拠を見せてくれませんか!? この数か月、私達は貴方達に従順に従って行動しているではありませんか!!」
「おい五月蠅いぞ!! 静かにしろ!!」
ほぅ……。どうやら工作員達はティスロ殿の家族に虚偽の報告をしている様だな。
それもその筈。
彼女は某達が遺跡から救出して今はミツアナグマ一族の里で身を隠しているのだから。
居間に確認出来るのは弱々しい魔力が四つ、それを取り囲む強き魔力が三つ。
人質を護衛する連中は屋敷を警邏する者達と違い、それぞれがかなりの使い手だな。武の道に携わる者が思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう程に強力だ。
それに……。
「……ッ」
先程から無言を貫いている個体が特に強烈な潜在魔力を備えているぞ。
意図的に力を抑え付けているこの感じからして他の者よりも数段上の実力者である事が容易に窺える。
「お前達が此処から逃げる素振を少しでも見せれば娘の地位や命は無くなるものだと思え。何度言ったら……。その頭で理解出来るんだ!!」
「わぁっ!!」
「む、息子には手を出さないでくれ!!!!」
男児と大人の男性の悲痛な声が響くと思わず顔を顰めてしまう。
何の罪も無い善良な人々を良い様に痛めつけて娘の存在を人質に取り悪事を働く。
吐き気を催すクズ共に今直ぐにでも鉄槌を下してやりたいが今は堪えるべきだ。
貴様等の悪事は某達が裁く。その時まで精々虚勢を張っている事だな……。
前へ向かって踏み出そうとする足を必死にその場に踏み留め、姿の見えない人質達にもう少しの辛抱だと心の中で唱えてやると居間の天井裏から静かに退出した。
「よぉ、飯食ったか??」
「またあのパンだろ……。もういい加減食い飽きたぜ。偶にはイイ女に囲まれながら酒を浴びる様に飲みたいぜ」
「文句を言うな。配給されている物資で我慢しろ」
居間から出て来た個体の口から出て来る緊張感の欠片も見当たらない声。
「そっちに異常は無いか??」
「なぁんにも。鼠一匹見えやしないぜ」
「そうか。そのまま監視を続けてくれ」
屋敷内部を通る廊下から聞こえて来る真面目な声色。
中々の広さを誇る屋敷には合計六名の工作員が潜伏しているな。
外を警戒している四名を合わせて計十名を無力化するのは容易いが……。人質の命が最優先であるが故、一つの失敗も許されない完璧な作戦を練らなければならない。
困難を極めそうな救出作戦になりそうだが某は強くなる為に生まれ故郷を出て来たのだ。これも修行の一環として受け止めるべきであろう。
辟易する一方で高揚する。
そんな複雑な心を抱いて耳を澄ませていると先程二階に上がって行った大蜥蜴が少々大袈裟な足取りで一階に戻って来た。
「よぉ!! 聞いてくれよ!! さっき小さな鼠を見付けたぜ!!」
な、何だと!? あの馬鹿者が見付かったというのか!?
「鼠なんて特段珍しい訳でも無いだろ」
「そうなんだけどさ!! ほら、屋敷内は俺達しか居ないから動物を見付けて気分が上がっちゃったんだって!!」
「その鼠は捕まえたのか??」
「いいや、壁の穴の中に逃げて行ったよ」
ふ、ふぅ――……。どうやら捕縛された訳でも無い様だな。
刹那に強張った双肩の力を抜いてそのまま奴等の会話に耳を傾けた。
「それは残念だ。捕まえたら食ってやろかと考えていたのに」
「穴を見張って居たら出て来るかも知れないぜ!?」
「そうだな……。時間にも余裕があるし、それにこの屋敷を取り返そうとしない愚かな執行部はいつまでも現れる気配は無いから丁度良い暇潰しになりそうだ」
その愚かな執行部よりも先に某達が貴様等の悪事を必ず裁く。それまで精々束の間の安寧を楽しんでいろ……。
鼻に付く笑い声を放ち二階に上がって行った大蜥蜴達の足音を辿る様に、二階へ続く壁と壁の間の狭い隙間に体を捻じ込み。
任務中にも関わらず油断を働いた大馬鹿者を成敗すべく素早い所作で登って行った。
――――。
ここ数日は俺様の人生の中でも早々お目に掛かれない出来事の連続が起こっていた所為か、自分が考えている以上に疲労が蓄積されていたらしい。
女性物の下着が与えてくれる大変心地良い感触に包まれていると意識がゆ――らゆらと揺れ始め作戦行動中でありながらもうたた寝を始めてしまった。
二階は定時連絡以外に誰も来やしないし、それにむさ苦しい野郎共と過ごして来た事もあって女性の匂いに包まれるのは久々なので致し方無いとは思わないかい?? 等と。
自分に体の良い言い訳を放ち、深緑の下着をキュっと抱き締めて素敵な夢見心地を満喫しているとどういう訳か大蜥蜴特有の大きな足音が近付いて来やがった。
お、おいおい!! 嘘だろう!? 何でこういう時に限って二階に上がってくるんだよ!!
『や、やべぇ。急いで片付けないと!!』
早朝から始まる仕事に遅れない様、日が昇る前に叩き起こされたしがない旦那の所作を見せると己の脚力を生かして箪笥の引き出しを閉じて華麗に床に着地した。
ふっ、自分でもびっくりする程の軽やかな且華麗な流れだった……。
「ン゛ッ!?」
しまったぁ!! 勢い良く跳ね起きた所為で一枚の下着が飛び出ちゃった!!
窓から差し込んでいる月光が照らす薄い青色の下着が寂し気な顔を浮かべて俺様を見上げていた。
「あれ?? 誰か居るのか??」
先程の引き出しを閉じた音が聞こえたのだろう。
警邏中の大蜥蜴の足音がこっちの部屋に向かって来やがる!!
どうしよう!? 今から引き出しを開けている時間は無いし……。
最高な手触りを与えてくれる女性の前で腕を組んで考えていると。
「うん、このまま持ち帰っちゃおう」
敵に自分の存在を悟られて救出作戦が失敗に終わるよりも、ちょっと倫理観に反した行動を起こした方が得になると判断して狭い穴の中に下着をギュウギュウと詰め込み始めた。
ダンの奴にイイお土産が出来たぜ。
手ぶらで帰るってのも味気ないし、何か戦利品を持って帰った方がアイツも喜んでくれるだろう。
小さな両前足を駆使してえっさほいさと戦利品を壁の穴の中に押し込んでいると遂に扉が開かれてしまった。
やべ!! 間に合うか!?
「お――い。誰か居るか……。おぉ!? 鼠だ!!」
右手に蝋燭を持つ大蜥蜴が俺様の尻尾を捉えたのだろう、高揚とも驚きとも捉えられる言葉を放つ。
間一髪だったぜ……。これに懲りて次からは真面目に任務をこなすとしますかね。
女性物の下着を唇で甘く食み、壁と壁の間を登って行く。
「ほ――。壁を伝ってどっか行っちまった……。げぇ!! あの糞鼠!! 壁に穴を開けやがった!!」
誰がクソ鼠だおらぁ!!
テメェの声色は覚えたからな!? 次会った時は確実にぶちのめしてやるから覚悟しておけよ!?!?
今直ぐにでも鉄拳を与えてやりたい気持ちをグっと堪え、屋根の上部へと続く狭い穴を通過。
『ふぅ――……。夜風が心地良いぜ』
美しい月が浮かぶ夜空からの贈り物を受け取ると感嘆の声を放って満点の星空を見上げた。
ほぉら、お月ちゃん見て御覧?? 今宵の収穫はこの薄い青色の女性物の下着で御座いますわよ??
怪しい月の青き光を吸収すると更に淫靡さが増して男のイケナイ何かをギュンギュンと刺激しやがるぜっ。
『――――。この大馬鹿者が』
お、シュレンも帰って来たか。
『お疲れ――。一階はどうだった??』
ティスロの部屋から拝借した下着を屋根の上に敷き、その上でゴロンっと横になって問う。
『その前に……。その下着はどうしたんだ』
『あ、これ?? ティスロの部屋に落ちていたんだヨ??』
僕は全く悪くありません。
悪いのは俺様の心を惹き付けてしまったこの子なんだと言わんばかりに下着をペシペシと叩いてやる。
『某が聞きたい事はそうでは無い。何故、態々持ち去る必要があったのだ』
『だってぇ床に放置していたら怪しまれるし?? 最近ずぅっと男共と過ごしているし?? 俺様も偶には息抜きがしたいんだよ』
最高の触り心地を与えてくれる下着に包まり、屋根の上をコロコロと転がる。
あぁ、いいねぇ。王族が使用するベッドでもこの柔らかさを提供するのは難しいだろうさ。
『そんな下らない事をしている所為で奴等が貴様の姿を捉えたのだぞ??』
『壁の中に下着を詰め込んでいたら意外と時間が掛かっちゃってさ。立ち去る時に尻尾を見られちった』
エヘヘと笑って口角を上げると。
『こ、この……。貴様のくだらない遊びの所為で危うく作戦が失敗してしまう所だったのだぞ!!』
シュレンが小さな前足で拳を作ると何の遠慮も無しに俺様の頭に叩き込んで来やがった!!
『いってぇな!! 向こうは俺様の事を只の鼠だと思っていたし、別にいいじゃねぇか!!』
こいつの拳は全然痛そうに見えなくても滅茶苦茶痛いから嫌いなんだよ!!
ジクジクと痛む頭頂部を抑えつつ大変分かり易い憤りを放った。
『某は気概を持てと言っているのだ。我々の失敗の所為で四名の善良な者の命が失われてしまう。それを努々忘れるな、愚か者』
シュレンが俺を一つ睨みつけて吐き捨てる様に溜息を付き、屋根から地面を確認すると塀に向かって駆け出して行ってしまった。
『あ、待てよ――。置いて行くなって――』
戦利品を大切にキュっと胸に抱き、彼の所作に倣って地面を確認。
「「……」」
どうやら東側を警戒していた野郎は現在南側に居る奴と何やら相談している御様子だ。
今日はこのままずらかってやるけど。
『次、来た時は覚えておけよ?? 闇に紛れてこわぁいお化け達が襲い掛かって来るからな……』
無駄にデカイ図体の背に向かってそう言い放つと、今も厳しい瞳を浮かべて塀の上で佇んでいるシューちゃんの下へ向かって駆けて行ったのだった。
お疲れ様でした。
帰宅時間が遅くなった為、投稿時間が深夜になってしまいました。大変申し訳ありませんでした。
今日の朝、投稿する時にログインをしたのですが……。
「えっ!?」 と。思わずホーム画面を見た時に声を漏らしてしまいました。
新しいホーム画面に面食らい、尚且つ投稿方法がこれまでと異なっていた為。新しい話を投稿する時に四苦八苦してしまいましたよ。
慣れてくれば使い易くなるとは思うんですけどこれまでに慣れ過ぎてしまっているので暫くの間はヒィヒィ言いながら投稿してそうですね……。
それでは皆様、お休みなさいませ。