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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百三十四話 丁度良い街

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。




 大勢の人々が地面を踏み鳴らす足音、大通りの脇から届く他愛の無い雑談、そして街の中央を走り抜けて行く馬車の車輪の軽快な音が耳を楽しませ。太陽の光に照らされた街行く人々の笑顔や道の脇に店を構えている店主達の活発な表情が心を潤してくれる。


 良い街には良い笑顔が溢れる。


 何処かの誰かさんが唱えた定説通りならこの街は本当に良い街に位置付けられていると俺は静かに確信した。



「へぇ。良い街じゃないか」



 ティスロの生まれ故郷であるアーケンスの街に一歩足を踏み入れて周囲の様子を確かめながら素直な言葉を漏らす。


 朝一番にも関わらずこの街には元気がそこかしこに存在しておりまだ朝の気怠さが残る体を元気付けてくれていた。



 素晴らしい宴が交わされた翌日の午後。


 アーケンスの街の近くに、夜中に到着する為。



『ダン!! 今日も宴を開くぞ!!』


『いやいや!! 自分達は本日の午後に発つと今朝方説明しましたよね!?』



 まだまだ宴はこれからだと。


 俺達の身柄を拘束しようと急接近して来たグルーガーさんの魔の手から逃れて命辛々ミツアナグマの里を出発したのだ。


 夜中に到着した理由は至極簡単。


 巨大な怪鳥が空から舞い降りて来たら街の人々に恐怖と混乱を与える恐れがあり、しかも俺達に課せられている使命は人質の奪還であり。街の安全を守る執行部の人達に確保されてしまったら洒落にならない事態に陥る可能性があるからだ。


 それを見越して闇が蔓延る夜更けに街に続く街道から離れた位置に着陸して、それから野郎四名で野宿を開始。


 太陽が大欠伸をして東の空から昇って来る暁の頃に行動を再開させてこの街にお邪魔させて頂いたのだ。



 その所為か微妙にまだ眠たいぜ……。体が眠気を振り払おうとして勝手に欠伸を放っちまうし。



「あぁ、王都と違って程良い混み具合だな」



 俺の言葉を拾ったハンナが肉を扱うお店にじぃっと視線を送りながら話す。


 人混みが苦手な彼にとっては丁度良い規模の街なのかもね。



「食い物関係は後回しだぞ。今は目的地へ向かって足を進めるべきだ」


「ふんっ、言われずとも分かっている」



 どうだか……。口では素直に従っているけど体はあの店に向かおうとしているぜ??


 相棒の顰め面を捉えると街の北西部へと向かって主大通りを北上し続けた。



「ギャハハ!! それで聞いてくれよぉ!!」


「さっきから聞いているだろ?? もう少し静かに話せって」


「あら!! 奥さんお久しぶりですね!!」


「ふふっ、素敵な笑みを浮かべていますけど何か良い事がありましたか??」



 幅の広い車道と木造建築物が並ぶ間の整理された歩道を歩んでいると大勢の人々とすれ違う。


 街の人々の構成は大蜥蜴が八割以上で残りは人間が占めるって感じかな??


 大陸全土の人口比率はこの街でもしっかりと反映されており大蜥蜴ちゃん達が我が物顔で道を歩んでいた。


 俺達にとっては見慣れた景色だが此方の大陸に足を運んでまだ間もない彼等にとって背の高い大蜥蜴達に見下ろされるのは些か抵抗があるのか。



「あんの野郎……。今、俺様の事を睨みつけなかったか??」


「フウタ、少し落ち着け。某達の目的を忘れるな」



 口喧しい小鼠ちゃんは目付きの悪い大蜥蜴ちゃんに噛みつこうとして、物静かな小鼠ちゃんはそれを咎めていた。



「シュレン、有難うよ。俺達の代わりに忠告してくれて」


 俺の直ぐ後ろで歩んでいる彼に向かって細やかな礼を述べてやる。


「ふん。別に礼など要らぬ」


「何だよダン!! 俺が悪いみたい言い方してぇ!!」


「っと……」


 フウタが俺の右肩を強く叩くとその勢いで前のめりになってしまう。


「あのな?? 俺達は遊びに来た訳じゃないの。かけがえのない命を救うためにこの街に訪れた事を忘れるなって」


「いてっ」



 先程のお返しだ。


 そう言わんばかりに頭上に光り輝く太陽よりも明るい笑みを浮かべているフウタの額を少々強めに突いてやった。



「へ――いへい。仰せのままにっと。んほぉう!! あの姉ちゃんの尻!! たまんねぇなぁ!!」



 それは聞き捨てなりませんねっ!!


 発情期に突入した盛った雄犬の様に、厭らしい吐息をハッハッと漏らす彼の視線を追って行くと……。



「……」



 件の女性の後ろ姿を捉える事に成功した。


 濃い青の長いスカートから覗く踝が嫌に眩しく、強き光から肌を守る薄い緑色の長袖の服の内側から少々強めの自己主張をする形の整った双丘に思わず視線が行きそうになるが……。俺の性欲ちゃんはそれよりも下半身の一点を注視する様に叫んだ。


 満月が思わず嫉妬する湾曲具合に指先でキュっと押したら最高の反発感を与えてくれるであろう張り具合。



「成程、確かにあれはイイ物だ」


 俺達の右前方で歩んでいる彼女の後ろ姿を捉えて素直な感想を述べた。


「よ、よぉし!! ちょいと面を拝んで来るぜ!! 直ぐ帰って来るからそのまま進んでいろよぉ――!!」


「あ、ずるい!!」


 俺もついて行く――!! と。仲の良い友人同士が肩を並べて叫ぶ台詞を吐いて着いて行きたいですけども!!


「「……ッ」」



 ものすごぉい怖い顔を浮かべている二人の視線が俺の動きを拘束してしまい、それは叶わなかった。



「お、おほん。よし、このまま進もうか!!」


「承知」


「あのまま着いて行こうとしていたのなら貴様の足を切り付けて動けなくしていたぞ」


 こっわ!! もう少し可愛い方法で足止めしなさいよね!!


「あ、あのねぇ。俺はあそこまで見境ないって」


 鋭い視線で俺を睨みつけている相棒の右肩を優しくポスンと叩いてやる。


「どうだか……」


 彼はそれを邪険に払うと先行しているシュレンの後ろに続いた。



 フウタが息抜きをしようとしているのは大いに理解出来るぜ。


 死と危険が渦巻く地から一転。


 文化と安全が跋扈する街に訪れると心が強張っていた双肩の力を抜いて束の間の平穏を楽しもうぜと声高らかに宣言しているからね。


 俺もその声に従いあちこちに足を向けたいがそうはいかぬ。


 この街に訪れた理由は屋敷に囚われた人質を救出する為であり、どこに過激派組織の目が光っているのか分からない。


 目立つ行為を取って奴等に顔を覚えられたら作戦失敗の恐れを懸念せねばならなくなるってのにぃ……。



「うっひょ――!! ダン!! このパン馬鹿美味ッ!! 少し齧ってみろよ!!」



 事もあろうに大馬鹿野郎は可愛いお尻の女の子の顔を拝む処か、大変美味そうな肉が挟まれたパンを買って来る始末だ。



「はぁ――……。何か怒るのも疲れたよ……」


「そうそう!! シューちゃんみたいに一々ガミガミ叱っていたら身がもたないって!!」


 誰の所為で疲れていると思ってんだ!!


 そう叫んでやりたいが少々寝不足気味の体には堪えるので叱るのは宿を確保してからにしましょうかね。


 力無く双肩をガックシ落とすと。


「それで?? あの女の子の顔はどうだった??」


「可もなく不可も無く!!」


 そうですか、それは何よりですねっ。


 一応の確認を済ませて通行人さん達と肩がぶつからないように努めて北上を再開させた。



 街を南北に縦断する主大通りは東西から伸び来る大通りと街の中央付近で交差する。


「はぁ――い!! そのまま静かに渡って下さいねぇ――!!」


 車道を走る馬車は街の中央で交通整理に勤しむ彼等の指示に従って停止しており、人々は強き光の下で大粒の汗を流す彼等の許可を得て車道を横断。


 俺達も大勢の人混みの中に紛れて車道を横断して人の流れに合わせて進んで行く。



「いらっしゃい!! うちのパンは安いよ――!!」


「うちの畑で獲れた新鮮野菜さ!! 他の店には無い鮮度だよ――!!」



 歩道を進み行く人々の目を惹こうとして大通り沿いに併設されている店先から店主達の軽快な声が飛んで来る。


 普段なら足を止めてじっくりと品の良し悪しを確認したいのだがそれは後回し。北西部の宿屋へ向かうべきだと判断した体はその場に留まる事無く進行を続けた。



「今、チラっと確認したけどさ。王都よりも大分物価が安いな」


 王都の主大通り沿いの店の品とこの街の品を比べると向こうの値段は此方の約三割増しって所か。


「物価は人口比率や街を訪れる客質によって左右されるのだろう。むっ……。こっちか」



 街の中央から数えて三本目。


 主大通りと交差する通りに差し掛かるとハンナが普段通りの歩みで西の方角へ向かって左折する。



「王都の物価を知っているのはかなり大きいぞ?? 俺達が泊まろうとしている二軒の宿屋の値段も比較出来るし」



 何も知らない田舎者に法外な値段を吹っ掛けようとしてくる輩も居るのだ。


 そういう不届き者に対して正確な物価を知っている事は大きな武器となる。もしも分不相応な値段を提示されたらこう声高らかに言ってやろう。


『人の足元を見ているんじゃねぇよ』 と。



「どちらの宿に泊まるのだ」


 シュレンが周囲の雑音に負けてしまいそうな声量で問う。


「ん――……。昨日皆で相談した通り、西方向側の宿に泊まろうか」



 昨晩……、といっても本日の超夜中の出来事なのだが。


 ティスロから渡された簡易地図を頼りに皆でどちらの宿を利用しようか相談していた所、彼女の屋敷は三百六十度細い道に囲まれており西側の道の出入りが見渡せる事が出来る西側の宿を利用しようという案が出たのだ。


 東側の宿は屋敷から少し離れており正面門が見辛いし、それと何より反政府組織の連中も俺達と同じ考えを持つ蓋然性がある。


 奴等と同じ宿を利用する事に少しだけ抵抗感があるが……。それを逆手に取れば宿を出入りする連中の顔を容易に覚えられる利点は大きい。



「承知。では、打合せ通り二人一組で監視を続けるか」


「そうだな。宿の二階部分から屋敷の出入りと周囲を警戒している連中が居ないかどうか、それと宿を利用する連中の確認から始めようや」



 いきなり屋敷に突入する案もあるがそれだと拘束されている人質の命に関わる。


 相手の正確な戦力を、配置を把握してから行動すべき。


 まぁそれでもティスロの家族の命が危ぶまれるのは必然なんだけどね……。


 願わくば俺が想像しているよりも少ない戦力で屋敷を占拠していますようにっと。


 周囲の地形を確認しつつ西へ向かって進んでいると左手側に一件目の宿屋が、そして車道を挟んだ右手側に大変背の高い御立派な塀が見えて来た。



『あれがティスロの屋敷か』



 ハンナ達にだけしか聞こえない声量を放ち北側へ視線を送る。


 二階建ての家屋と同じ位の背の高さの石造りの塀が歩道と並ぶ形で建っており、街の人々は特に気にする様子も無くその前を通り過ぎて行く。


 背の高い塀は道に沿って細い道へとグルリと曲がり、立派な体で屋敷を守ろうとして囲んでいた。


 屋敷の真正面に差し掛かると頑丈な鉄製の扉が口を閉じており何人も通さぬ不動の構えを取っている。


 サラっと確認した感じでは周囲を警戒している怪しい人物は確認出来ず、此処からでは塀から少し出た二階部分以外に屋敷の内部は確認出来ない。



『内部は当然として、屋敷の裏側はどうなっているか分からねぇな』


 フウタが屋敷に視線を送らず、正面を見据えたまま口を開く。


『あぁ、監視の目は正面門がある南側だけでは無く北側にも置くべきだな』


『相棒の意見に賛成だ。宿の部屋に入ったら詳しい監視の配置を決めよう』



 周囲の歩調に合わせて普段通りの歩みで進んでいる彼の右肩を優しくポンっと叩き、俺達が利用する宿が見えて来たのでお店の前で歩みを止めた。



 店の名前はえっと……、フィグスか。


 玄関先に立てかけられた妙に丸みを帯びた木製の看板に書かれている店の名前を確認すると良い感じに経年劣化した扉を開いてお邪魔させて頂いた。



「いらっしゃいませ――」



 ふぅん、悪くない雰囲気だな。


 扉を開いて先ず目に飛び込んで来たのは横幅の広い受付台だ。


 その奥には愛想が良いのか悪いのか、その判断に迷う面持ちを浮かべている女性の大蜥蜴が椅子に腰かけており。入り口右手側には利用客が休める様にソファが二対置かれている。


 左手側には部屋へと続く廊下があり、更に廊下の奥まった位置には二階部分へ続く階段も確認出来た。



「どうも――。宿屋を利用したいんですけど空き部屋はあります??」



 これぞ愛想の良い笑みだと、俺達の顔を捉えてからずぅっと中途半端な面持ちの彼女へ向かってお手本を示してあげる。



「四人部屋かい?? それと宿泊日数は??」


「部屋は四人部屋、宿泊日数は五日間。場合によっては伸びるかも知れませんが……。それと出来れば二階部分を利用したいかな??」


 手元の宿泊帳簿を見下ろしている彼女へそう話す。


「二階?? それはまたどうして」


「俺達は地方から王都観光に訪れた田舎者でさ。街の様子を二階部分から見下ろしたいんだよ」


「あ――、はいはい。そういう事ね。お兄さん達の利用日数なら……。二階は全五室あって、階段から一番遠い角の二五号室なら空いているよ」


 お、そりゃ有難いぜ。


「ではその部屋を利用させて下さい。お値段は前払いですか??」


「そうだね。うちは前払い制だよ。五日間、四名様ご利用で銀貨九枚になるね」



 もう少しで金貨一枚の値段に迫る料金か。


 まぁ野郎四人が五日もまぁまぁ大きな通り沿いの宿に泊まるのだ。これ位の値段は当然するよな。



「じゃあ……。はい、どうぞ」


 懐から銀貨九枚を取り出して受付の上に置いてあげる。



「毎度あり。これが部屋の鍵だよ。二階に続く階段は廊下の先にある。ベッドのシーツ交換を利用するのなら朝一番に受付に申し出る事。水浴びや洗濯等の利用は店の裏手の井戸を利用して頂戴。食事は提供しないから各自で済ます事、それと御風呂に入りたくなったら公共公衆浴場が街の北東部にあるからそこを利用して。他に聞きたい事はある??」



 旅に不慣れな者なら思わず困惑してしまう程の情報量を一気に捲し立てて来たのだが、特に気になる点は見当たらなかった。


 まっ、強いて確認する事があるとすれば……。



「えっとぉ……。宿の利用に関しては理解出来たのですがこの街でお薦めの飲食店はあります??」


「飲食店?? 街の表通りに一杯あるじゃないか」


「いやいや、俺達が利用したいのはお姉さん達、地元の人達が利用する店が知りたいんだよ」



「まぁこの子ったらお姉さんだなんて……。そうだねぇ……。パンが好きならほら、この店の前にあるデカイ屋敷があるだろ?? それの脇道を通って向こう側の通りに出て。それから東に向かって暫く行くとトットってパン屋さんが見えて来る。その店の店主はまぁ――口が悪いけどさ、味は兎に角いいんだよ。先ずはその店でこの街の味を覚えるといいさ」



 ふぅむ、トットね。



「その口の悪い店主さんのお名前は??」


「店名と同じでトットだよ。随分と昔にお店を開いた時、地元の人達から店の名前を自分の名前にするのは如何なものかと揶揄われて顔を真っ赤にしていたね」


「有難う御座います。それでは荷物を置いたら早速利用させて頂きますよ」


「ふふ、パン屋は夕方まで開いているからそう焦る必要も無いさ」


「あはは、そうでしたか。それじゃ部屋を利用させて頂きますね」


「ごゆっくり――」



 受付前と違って随分と機嫌の良くなった彼女の笑みを受け取ると二階へ続く階段へ向かって進み始めた。



「あのさぁ。受付をするのは分かるけどあのおばちゃんと雑談を交わす必要はあったのか??」


 フウタが廊下に漂う静謐な環境を崩さぬ口調で問うて来るので。



『俺が雑談した理由は……。この宿全体が反政府組織に乗っ取られていないかどうかを確認する為さ』


 俺達にしか聞こえない声量で本当に静かに話してあげた。



 受付けの者が宿の利用方法を説明出来るのは当然だが。地元の人しか利用しない店を即答出来ない様じゃあその役割は失格だ。


 勿論、此処で潜伏している内に知り得た情報を教える可能性もあるが。教えられた店に赴いてその店員に宿屋の受付の者を知っているかどうかを尋ねれば偽物か本物かの看破は容易になる。



『部屋に荷物を預けたらパンを買いに行くついでに、パン屋の店名の経緯それと宿屋の受付の人を知っているかどうか尋ねて来るよ』


 二階へ続く階段に足を乗せつつ口を開く。


『ははぁん、そういう事ね。良く考えているじゃねぇか』


「まっ、受付の人がもうちょっと若くて可愛い子だったらそのまま口説いていたんだけどさ」



 清掃が行き届いた廊下を歩みつつさり気なく俺達が利用する部屋以外の四つの部屋へ視線を送る。


 うぅむ……。人が利用している気配はビンビンに感じるけども。どの部屋にわぁるい連中が居るのかその判断に迷うな。



「おっ、この部屋か。お邪魔しま――っす」


 観光客を装い、気の抜けた言葉を漏らして綺麗な木目の扉を開いた。



 右手に二つのベッド、左手にも同じ大きさのベッドが配置されており。正面奥の窓から微かな光が差し込み部屋全体を淡く照らす。


 ベッドの脇には背の低い箪笥や椅子が置かれ、右手奥には食事を摂る為だろうか。数名が囲んで使用出来る大きさの机も確認出来た。


 部屋全体は質素でありながらも長期間の滞在を可能とした最低限の機能を備えている全体の部屋作りに満足気な吐息を漏らす。



「んっ、まぁまぁな部屋だな」


「俺様はこのベッドを利用するぜ!! 誰も使うんじゃねぇぞ!?」


 フウタが背嚢を乱雑に床へ放り、更に外蓑を勢い良く脱ぎ捨てると右手奥側のベッドへ向かって飛び込んで行く。


「あのねぇ……。もう少し綺麗に部屋を使いなさい」



 横着な次男坊の所作を咎める母親の口調を放つと彼が放った背嚢を右手に持ち、脱ぎ捨てた外蓑をキチンと畳んで彼が使用するベッドの脇に配置されてある箪笥の上に置いてやった。



「疲れてるからいいじゃねぇか。ふわぁぁ――……。このまま気持ちの良い午前中の二度寝を享受しましょうかね」


 いやいや、一体君は何を言っているのかね。


「あのな?? 俺達はこれから作戦行動に入るの。馬鹿みたいに眠るのは己に課された責務を果たしてからにしろ」


「はぁっ!? 少し位休ませてくれよ!!」


 両目を鋭くキっと尖らせて俺を睨みつけて来やがるので。


「んっ……」



 窓の近くでもう既に監視の任に就いているクソ真面目な二人へ親指をクイっと差してやった。



「ふむ、某の思惑通り屋敷の二階。屋敷の正面門と西側の脇道の出入りは見下ろせるな」


「あぁ、完璧だ。それにこの部屋の壁は厚いから室内の会話が漏れる事も無さそうだ」



「けっ、真面目な連中達め。監視している連中も今頃呑気に眠っているって」



「それはお前さんの主観さ。取り敢えず役目を決めようか。俺はこれからさっき教えられたパン屋に向かって受付のおばちゃんの言葉が正しいかどうか確かめて来る。ハンナとシュレンは……、そうだな。屋敷周辺の地理と周囲の家々の二階部分を確かめて来てくれ」


「それは何故だ」


 シュレンが窓の外をジィっと見つめながら問う。



「屋敷の周囲は民家に囲まれているけど……。そこにも監視の目があるかも知れないからな」



 まっ、この線は相当薄いけど一応確認しておかないとね。



「民家を占拠、か。その家の者の友人が尋ねて来たりしたら直ぐに看破されてしまい、大事になる可能性があるからその線は薄いぞ」


「一応だよ、一応。フウタは室内から窓の外を監視して不審な行動を取る奴がいないかどうかの確認を頼む」


 今も厳しい瞳を浮かべて外を見つめているシュレンの頼もしい背に言ってやる。


「え――……。俺様も外に出たいぃ――」



 お前さんを野放しにすると厄介な出来事を拾って来る可能性があるからね。



『大人しく留守番していろ』

「そう不貞腐れるなって。お前さんの目が頼りなんだからよ」


 前歯の裏側に出かかった文字を必死に飲み込み、違う言葉に変換して言ってあげた。



「ちっ、しゃあねぇな。監視してやるからさっさとパンを買って来やがれ」


「へいへい。仰せのままにっと。それじゃ宜しくなぁ――」


 必要な物資が満載されている背嚢を木の床に置くとそのまま部屋を後にした。



 さぁって……。失敗の許されない作戦だからこれからは持久戦になりそうだぞ。


 たった一つの間違いも起こせない作戦なので俺達は慎重にならざるを得ない。


 湖の上に張られた薄氷の上を渡る様に、一歩一歩確実に進んで行かないと尊い命が失われてしまう恐れがある。


 つい数日前までは化け物相手に四苦八苦していたのに今日からは見えざる者達との戦いかよ……。


 年が明けてからというものの、ずぅっと誰かの為に働き続けているのでいつか心労祟ってポックリ逝っちまうんじゃねぇの??


 体が頑丈な俺でも限界という概念はあるのだから。


「すぅ――……、ふぅっ。愚痴をぼやいていてもしょうがねぇ。今は自分が成すべき仕事を完遂させましょうかね」


 部屋に踵を返して休もうとする足に強烈な鞭を放ち、我儘な台詞を吐き続ける体を必死に説得すると次なる目的地であるパン屋さんへと向かい。断頭台へ送られる死刑囚よりも重い足取りで進んで行ったのだった。




お疲れ様でした。


帰宅時間が遅れてしまったので深夜の投稿になってしまいました。


本日の朝方に投稿してもいいかなぁっと考えていましたが、どうせなら出来立てホヤホヤを投稿しようと考えこの時間帯となりました。



先日、私が大好きな漫画の作者様が亡くなられてしまいました。そう皆さんも御存知のドラゴンボールの作者である鳥山明先生の訃報を聞いた時。その訃報が自分の中で認められませんでした。


鳥山先生が描くドラゴンボールが二度と見られないのは悲し過ぎますよ……。


人はいつかその人生を終える時が来るのですが余りにも早過ぎる旅立ちに今でも驚きと悲しみを隠せません。ですが、鳥山明先生が残してくれた壮大な物語は自分達の心の中で生き続けますのでそれを大切に噛み締めながら過ごしたいと考えています。




ブックマークをして頂き有難う御座います!!


人質救出作戦を行う街に到着した彼等は準備段階を経て作戦行動に入ります。


そのプロットは現在も難航中です……。こうした読者様からの温かな応援が執筆活動の励みになります!! 本当に有難う御座いました!!




それでは皆様、花粉に気を付けてお休み下さいね。



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