第百三十三話 戦士達の束の間の休息 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
満月の夜は狩人の血が目覚め、彼等は夜な夜な獲物を求めて深い闇の中を彷徨い続ける。
狩人で無くても漆黒の夜空に浮かぶあの丸い月は人々の奥深くに潜むナニかを大いに刺激してしまう力を備えていると古い時代からそう言い伝えられてきた。
言葉では説明出来ない神秘的な力に誘われる様にふと目を覚ますと、もう殆ど消えかかった篝火の側には十名を優に超える男共が耳障りな鼾を放って眠り続けていた。
「グゴォゥゥ……」
ある者は泥酔した者の腹を枕代わりに使用して鼾を放ち。
「ゴ、ゴ、ゴフゥ……」
ある者はその寝苦しさからか、困惑した顔を浮かべて寝苦しそうな寝息を続け。またある者は。
「すぅ……」
むさ苦しい男達から少し離れた位置で、お前さんは育ちの良い者かよと思わず突っ込みたくなる寝相を浮かべて眠っていた。
ハンナは一人静かに離れた位置で休み。
フウタとシュレンはその傍らで眠り続けておりその寝顔は苦痛から解放された者の様に安らかだ。
「ふわぁぁ――……。あ゛ぁ……」
ふと目を覚めた理由を探りつつ後頭部をガシガシと掻く。
何でこんな夜更けに起きちまったんだろう??
お花を摘みに行きたい訳でも無く、喉が渇いた訳でも無いのになぁ……。
ぼぅっとしたままの頭で満月を見上げているとあの丸みが本当に恋しくなって来やがった。
ふぅむ?? ん――……。はいはい、そういう事だったのね。
「成程ぉ……。夜這いかっ!!」
己の太腿を一つ大袈裟にパチンと叩くと、俺が夜中に目覚めた理由が即刻で理解出来てしまった。
満月の夜は人の性欲をギュンギュンと刺激してしまうと聞いた事があるので恐らく俺の体は無意識の内に女性の柔肉を求めてしまったのでしょう。
親しい関係の女性に関係を迫るのは何ら問題無い……、とは言い切れませんが。少なくとも床に額を擦り付けて一夜を共に!! と懇願する権利は与えられている。
しかしこの里には俺と親しい関係の女性は存在していない。
「んむぅ……。と、言う事はだよ?? 俺の体ちゃんはきっとあの素敵な双丘を求めているのでしょう!!」
暫し思考を凝らしていると死地で見付けたあの素敵な双丘が脳裏に浮かんだ。
世界中の男性を狂わす魔力を持つ柔らかさと張り、そして見ているだけで分かる弾力具合……。
「ぬ、ぬふふ……。今なら、そう!! 今なら!! 誰にも咎められる事無く存分に世界最高峰の柔らかさを堪能出来る筈っ!!」
善は急げと言われている様に、内側から湧く性欲ちゃんに急かされる様に立ち上がると彼女が休んでいるグルーガーさんの家の方角へと歩みを向けた。
「っと……。まだ酔いが残っているから歩き難いや」
お酒には人の性を引き出す効力が認められているので恐らくそれもこの夜這いに一役を買っているのでしょう。
暴力大好きっ子のラタトスクちゃん、四角四面の教育係の聖樹ちゃんは今現在大変とぉぉおおい場所で休んでいますのでねっ。
誰にも邪魔される事の無い夜這いって本当に素敵よねぇ……。
だが、俺の記憶を容易く覗ける聖樹ちゃんにこの場面をどう説明すればいいのかという最大の問題が存在している事を忘れてはいけない。
「さて、どう記憶を誤魔化すか……」
微妙に左右に揺れながら万人がコックンと頷く素敵な言い訳を考えていると天才的な閃きが頭の中に浮かび上がった。
俺達は今現在、ティスロ救出作戦という名義で行動を続けている。レシーヌ王女様の依頼は彼女の下へティスロを無事に送り届ける事だ。
ちゅまり、五体満足の状態を保たなければ今回の依頼は失敗という事になる。
「これは……、そうっ!! 看病と護衛さ!!」
怪我を負った状態では満足に報告が出来ないし、それにミツアナグマの里の男共の魔の手から守らなければならないという大義名分が俺には与えられているのだっ。
「よぉぉしっ!! これなら……。イケルッ!!!!」
誰かさんの家の玄関先で激しく両方頬を叩くと頭上から男性の声が唐突に響き渡った。
「よぉ、俺様を置いて行くなんてちょっと寂しいんじゃない??」
「ぎぃやっ!? フ、フウタ!?」
俺の頭の天辺で呑気に座る彼が前足で頭頂部をペシペシと叩く。
「これから……。イくんだろう??」
ふっ、流石同士よ。皆まで言わなくても理解してくれるなんて嬉しい限りさ。
「その通り。俺達は……、彼女の身を守らなきゃいけない義務があるのだから」
「そうさ!! か弱い姫を守る騎士達なんだ!! 俺様達は!!」
フウタが後ろ足を利用して勢い良く立ち上がると左前足で己の股間をきゅっと抑える。
「その素晴らしい剣で姫君を守るのかい??」
「その通りさ。この剣はこれまで多くの悪鬼羅刹をぶった切って来た。今宵の剣の切れ味はそれはもう……。ふふっ、びっくりする程に強烈だろうよ」
「うふふ、悪い騎士さんだ。さて!! ここの裏手から侵入しますよ――っと!!」
グルーガーさんのお家の裏手に通じる路地へと向かって忍び足で侵入を開始。
「「……ッ」」
裏手に入ると俺達は互いに示し合わせる事無く無言を貫き、息をするのも憚れる緊張感を身に纏いながら漆黒の闇の中を確実に進み続けた。
この何とも言えない緊張感と体内から沸き起こる性欲の鼓動が堪りませんなぁ!!
地面に転がる小石を踏まぬ様、枯れた砂から音を放たぬ様。
忍び足を越える無音歩法を披露するとフウタが感嘆の声を静かに漏らした。
『へぇ、中々の足捌きじゃねぇか』
『ハンナの生まれ故郷でさ。身を隠す事が異常に上手い人が居てね?? その人から教わったんだよ』
有難う御座います、夜鷹のハインド先生。貴方の教えは今、本当に役立っていますよ。
まぁハインド先生に馬鹿正直にこの事を伝えたら。
『こんなふざけた事の為に教えた訳じゃないぞ!!』 と。
目くじらを立てて絶対怒られますけどね。
軍鶏の里で俺とピー助達に教えを享受してくれた彼に頭の中で礼を述べると……。目的地が漸く見えて来やがった。
い、いよいよか……。
「「ゴ、ゴックンッ……」」
生温かくそして粘度の高い唾を喉の奥に送り込み、息を殺して窓に近付くとそこには世の男共がすべからく口から涎を垂らしてしまうであろう淫靡な光景が待ち構えていた。
「すぅ……」
怪しい月の光を浴びて静かにベッドで眠るティスロの寝顔は本当に安らかであり、この世の安寧の全てを享受して眠り続けている。
静かに呼吸をすれば胸元がゆぅっくりと上下し、シテナの母親から借りたシャツだろうか??
くすんだ灰色のシャツが勘弁して下さい!! と。内側からぎゅうぎゅうと押し上げてくる圧に困惑した面持ちを浮かべていた。
大きさが合っていないシャツを着用している所為か、胸元のボタンは一つ二つ外れておりそこから覗く超大盛の双丘を捉えると俺達の性欲は一気苛烈に上昇してしまった。
「も、もう駄目だ!! 辛抱堪らんッ!!!!」
鼻息荒くフウタが窓枠にへばり付き、厭らしい息を零しながら彼女を見下ろす。
『こらっ!! ここで大声を出したら起こしちゃうでしょう!?』
『そ、そうか。すまん……』
『折角ここまで漕ぎ着けたんだ。もう少し位辛抱しようぜっ』
小さな鼻をヒクヒクと動かす鼠の鼻頭に人差し指をくっ付けてやると大泥棒も思わず唸ってしまう所作で窓を静かに開けた。
「「……っ」」
窓から放たれた強力な女の香りが含まれた空気を胸に取り込むとそれに反応したもう一人の俺が首を擡げて出現してしまう。
くっはぁ……。この香り、堪らねぇぜ!!!!
匂いが含まれた香りを吸い込むだけでもう一人の俺が元気になってしまうって事はそれだけアレが溜まっていたのでしょう。
御安心なさい?? もう直ぐ……。その苦しさから解放してあげますからねっ。
「「はぁっ……。はぁぁっ……」」
他人から見たら絶対ヤバイ顔を浮かべているだろうと判断出来る面持ちを浮かべて窓枠に足を掛ける。
さぁ、いよいよその時だ……。今宵は獣の様に柔肉を貪り尽くしてやるぞ!!!!
「「では……。頂きまぁぁ――っすぅ!!!!」」
期待と欲望を胸に秘め、彼女の胸元へ勢い良く向かって飛び出した刹那。
「――――――。ふほ――侵入は御遠慮くださぁぁ――いっ!!!!」
「「アゲバッ!?!?」」
顔面に強烈な衝撃が生じて二人仲良く後方へ吹き飛ばされてしまった。
「い、いちち……。い、一体何が??」
鼻からツツ――と垂れて来る深紅の液体を右手の甲で拭いつつ窓を見上げるとそこには。
「あはっ、気持ちイイ――音が出たね!!」
寝間着姿に身を包んだシテナが満面の笑みで俺達を見下ろしている姿を捉えてしまった。
彼女の両手には一体何を料理する道具なのだろうかと思わず首を傾げたくなる大きさの鉄鍋が握られていた。
「シ、シテナ!? 何でこんな夜更けに起きているんだよ!!」
「ハンナさんとシュレンが万が一の時の為に備えてティスロさんの側で眠る様にって言われていてさ。んで、不届き者が現れた時の為にこうして鉄の鍋を持って待機していたんだぞっ」
あ、あ、あのクソ真面目な野郎共がぁぁああ――!!!! こんな時位目を瞑ってくれてもいいんじゃないの!?
「不届き者って言うからてっきり里の人達がティスロさんを襲いに来るかと思っていたんだけどねぇ……。まさかそういう意味で襲い掛かって来るとは思わなかったな」
「俺様は腹ペコなんだよ!! べ、別に少し位味見してもいいじゃないか!!」
小鼠が後ろ足で立つと素直な憤りを放つ。
「そ、そうだぞ!! ダンお兄さんもお腹がペコちゃんなのだっ!!」
これに乗じろと言わんばかりに此方も素直な憤りを言ってやった。
「さっき宴の席で沢山食べていたじゃん」
「そういう意味じゃねぇ!! まぁいいさ。俺様達の邪魔をするのがガキんちょ一人で大助かりだぜ」
フウタが小さな鼻をヒクヒクと動かすと巧みな足捌きで一気に窓枠まで登り詰めて行く。
「それ以上近付くとまたこの鉄鍋で叩くよ!?」
「うふぇふぇ……。さっきは不意打ちだったけどよぉ。真面に戦えばガキんちょ一人なんてあっと言う間に抑え付けてやるぜ」
「エ゛ッ!? 私も性的に食べられちゃうの!?」
「「いや、それだけは無い」」
大変驚いた顔で己の胸元を隠すお嬢ちゃんに至極冷静な声色でそう言ってやった。
「うっわ!! 酷い!! 私も数年後にはイイ女になるんだぞ!?」
「数年後よりも今そこにある御馳走なのさ。ささ、皆様お待ちかねの豪華なお食事の時間でぇぇっす!!」
フウタが後ろ足で窓枠を蹴り上げて部屋に侵入しようとするが。
「だから入って来るなぁ!!」
「どわぁっ!?」
シテナの鉄鍋が火を噴き、彼の侵入を防いでしまった。
「畜生が。やたら滅多に振り回しやがってぇ……」
「フウタ、一旦引くか?? これだけの騒ぎだ。そろそろ誰かが起きて来てもおかしくないぞ……」
「いや!! 強行する!!!!」
いやいや!! 駄目だって!! 騒ぎになったらどんな恐ろしい罰が襲い掛かって来るのか分からないんだぞ!?
御馳走に向かって三度突撃して行く大馬鹿鼠の背に向かって作戦中止を伝えようとした刹那。
「「何をしている……」」
「「ッ!?」」
腹の奥にズンっと重く響く魔力が後方から弾け飛んだ。
錆び付いた鉄製の扉の様に、ギギギと歪な音を奏でながら振り返るとそこには大変怖い表情を浮かべている二人の男性が闇に紛れて立っていた。
「あ、あ――……。えぇっと……。これは、そう!! 確認だよ!! 確認!! 俺達はティスロをレシーヌ王女様の下へ無事に送り届けなきゃいけない義務があるだろ!?」
「……」
俺は闇の中で大変鋭い目を光らせているハンナにそう話し。
「お、俺様はほら!! まだまだ体が元気だからさ!! 微妙に寝付けなかったから体力を発散していたんだよ!!」
フウタはシュレンに向かってどう考えても苦しい言い訳を叫んだ。
「はぁ――、良かった。ハンナさん、シュレン。悪いけどその二人を連れて行ってくれる??」
「「承知した」」
「「グェッ!?!?」」
悪鬼羅刹も思わず腰を抜かしてしまう強力な目力を発揮している二人がシテナの号令に合わせて無駄に速い速度で俺達に襲い掛かると、瞬き一つの間に首根っこを抑えられてしまう。
「そのまま警備を続けておけ。コイツ等は馬鹿な目的だが、違う意味で向かって来る輩も出て来るかも知れぬからな」
「あ、相棒……。コ、コヒュッ!! 息が出来ねぇって!!」
「この不届き者を拘束した後。某が夜明けまでこの付近で警備を続ける」
「ぐぇ!! シューちゃん!! その役割を俺に譲ってくれよぉ!!」
強面の二人が有無を言わさず引きずって行くので襟元が喉に食い込んで視界が明滅してしまう。
「ん――、わかったぁ――。それじゃ宜しく――」
シテナが軽く欠伸を放つと窓をピシャリと閉めてしまい、この世の桃源郷への入り口が消失してしまった。
あ、あぁ……。後少しで素敵な桃源郷に到達出来たかも知れないのにぃ!!
「貴様等……。覚悟しておけよ?? 鼓膜が潰れても構わない勢いで説教してやるからな!!」
「ハンナ様ぁ!! ど、ど、どうか御慈悲を!!」
「五月蠅い!! この大馬鹿者が!!」
「いっでぇぇええ――!!」
ハンナの拳が脳天に突き刺さると夜空に浮かぶ満月ちゃんの双肩がビクっと揺れ動いてしまう大音量の絶叫が口から飛び出てしまった。
親鴨の目を盗んで遊び続けていたが、血眼になって探す親鳥に見つかりこっぴどく叱られ首元を食まれて巣に強制送還される子鴨の気持ちを胸に抱きつつ地面を引きずられて行く。
畜生……。どうして僅かな息抜きも許されないんだよぉ。
偶には羽目を外さないと激務続きでいつか体が動かなくなっちまうって……。
両目から零れ落ちて行く涙を拭く事も無く、無情にそして非情に遠ざかって行く桃源郷を名残惜しむ様に涙で歪んだ視界でいつまでも眺めていたのだった。
お疲れ様でした。
この休息パートは一気に投稿したいと考えて二話連続の形となりました。次話から彼等は人質奪還作戦に赴きます。
前回の戦いもそうでしたが、今回の話もプロット作業が難航していまして……。
日々コツコツと執筆している次第であります。
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難航しているプロット執筆作業の嬉しい励みとなりました!!!!
それでは皆様、お休みなさいませ。