第百二十八話 死を齎す雨 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿なります。
戦場には目に見えぬ強烈な緊張感が漂い戦士達の動きを拘束する。
拙くとも決して断ち切れぬ頑丈な糸に囚われた者達はその拘束に抗おうとしていたがそれは何かきっかけが無ければ叶わぬ事であると思い知った。
体中から微かに滲み出る汗が粒となり、その粒が頬を伝い顎先に到達すると音も無く砂地へと落下。
矮小な汗の粒を吸収した砂地はいきなり水を垂らして来るんじゃねぇよと少しだけ苦い顔を浮かべて俺を見上げていた。
俺だってこんな冷たい汗を掻きたくは無いさ。
でもよぉ、あぁんな化け物と対峙して心を動揺させるなって方が無理強いじゃない??
「……ッ」
戦場に存在する敵対分子を確認する様に平屋一階建てと同程度にデカイ頭部をゆぅぅっくりと左右に動かし、その最中に俺達の肉の味を想像したのか。
頭部が微かにカポっと開閉して妙に生々しい赤色が目立つ口腔内を披露している。
あの馬鹿デケェ砂虫は今にも襲い掛かって来そうな雰囲気を醸し出してはいるが……。
これまで会敵した砂虫と同様、音を頼りに行動している所為か。だだっ広い戦場に存在する俺達の場所を特定するのに苦労している様子だ。
『先に動いたらヤバイ』
砂虫との戦いで得た経験により俺達は動こうにも動けず、只々化け物級の大きさを誇る砂虫の体をじぃっと観察し続けていた。
ティスロが瓦礫の上で動かなかったのは恐らくコイツの所為だな。
そして彼女の衣服が俺のイケナイ性欲を誘う形に破れているのはここで、若しくは道中の虫達の戦闘の影響を受けたからであろう。
俺も彼女の賢明な行動に倣って一歩たりとも動かず、このまま危機を乗り過ごしたいがそうはいかぬ。
べらぼうに危険な場所へ迷い込んだ大馬鹿野郎を救い、レシーヌ王女様の下へ届ける義務があるのだから。
畜生……。こぉんな化け物が潜んでいると知っていたのなら今回の依頼は絶対受けなかったのにぃぃいい!!
何で最終最後で特大の危険が待ち構えているのかねぇ……。本当にツイていないぜ。
何んとか穏便に事を済ませる事は出来ないだろうか??
きっとアイツはお腹を空かせて首を擡げて出て来たのだろうから御飯を差し出して食欲を満たせばきっと帰ってくれる筈。
しかしそんな都合良く砂虫が食す御飯は用意出来ないし、超危険な砂嵐を抜けた先にある山の中なら尚更だ。
どうにかして奴を満足させて帰って貰う方法を考えていると残酷なもう一人の自分が非常な現実を叩き付けて来やがった。
何だ、そんな事か。奴が食べる御飯は目の前にあるだろう?? と。
まぁ、そう言うと思いましたよ……。
奴の巨体からして俺達全員の肉体を食べても満足出来るかどうか怪しいものさ。
この世界の何処かに居るカワイ子ちゃん達とまだまだイイ想いをしたいのでこんな辺鄙な場所で死ぬわけにはいかんっ。
最善で最高で尚且つ確固たる安全性が確保されている脱出作戦を考えていると。
「……っ」
直ぐ隣に居るフウタが俺の右肩を本当に静かに叩いた。
「??」
『どうした??』
そんな意味を含めていつものお調子者の表情が消失し、真面目一辺倒の面持ちを浮かべている彼の顔を見つめた。
「……ッ」
フウタが人差し指で俺の大弓を指差し、そして続け様に彼が懐から静かにクナイを取り出す。
お、おいおい。まさかとは思うけど……。
「……ッ!?」
『弓矢とそれで威力偵察をしろって事!?』
己の弓と奴の巨体へ交互に視線を送ると彼は俺の意思を汲んだのか。
「ッ!!」
『その通りっ!!』
そんな意味を籠めてわっるい笑みを浮かべてしまった。
いや、いつかは動かなきゃいけないけどさぁ。何も俺達が開戦の狼煙を上げなくてもいいんじゃね??
ほ、ほら。開戦の口火を切る者にはそれ相応の危険が舞い降りて来ますし??
「……ッ!!」
『俺じゃ無くてハンナ、若しくはシュレンでも誘えよ!!』
少し遠くで微動だにせず砂地の上で立ち尽くしている彼等に向かって勢い良く指を差すが。
「……っ」
『無理無理。めちゃ遠いし』
フウタが右の手の平を左右に振り、俺の願いは虚しく却下されてしまった。
わ――ったよ!! やればいいんでしょ!? やれば!!
「ッ!!!!」
親の仇を見付けた時よりも更に瞳を尖らせてフウタを睨みつけると、本当に静かに右肩から大弓を外して弓を構えた。
音に敏感な個体だ。
弦を引く時はいつもより慎重な所作で、尚且つ極力音を立てない様にしないと……。
女性の寝床へ夜這いを仕掛ける時の様に、消音に努めて弦を強く引っ張るが奴の聴力は並では無く。
「ググッ……」
俺の顔面の真正面に頭部を向けて此方の音を拾おうとしていた。
こ、こんな静かな音でも反応しちゃうのね!!
こりゃ一気に勝負を仕掛けないと此方の位置がバレちまうな……。
弦の張力を右腕の腕力で抑え込み、そして左腕で奴の頭部のド真ん中に照準を定めた刹那。
「ふぅ――……。さぁ、始めようか!!!!」
この一撃でせめて傷を負ってくれ、そして願わくば怯んでくれ。
拙い願いと希望的観測を乗せた矢は俺の想像した通りの軌道を進み奴の頭部に着弾するが。
「……っ??」
「あはっ、ぜ――んぜんっ効かなかったねぇ――」
「うふふ。俺様のクナイも全く歯が立たなかったねぇ――」
残念無念。俺とフウタが飛ばした願いは奴の強固な装甲によって容易く弾かれてしまった。
ってか、今弾いた瞬間に火花が出なかった??
俺の見間違いじゃなければ奴の装甲は鉄と同程度、若しくはそれ以上の強度を持っている様だな。
そして俺達の威力偵察の攻撃が奴の逆鱗に触れてしまったのか。
「グォォォォオオオオオッ!!!!」
超大型の砂虫が怒り狂いながら俺達の方向へと向かって砂を掻き分けながら激進して来やがった!!!!
女々しいと罵られようが、男らしくないと蔑まれようが今はそんな事を気にしている場合では無いと判断した体が脱兎もびっくりする勢いで逃亡を画策。
「イヤァァアアアア――――ッ!! 誰か助けてぇぇええ!!!!」
「や、野郎共!! 俺様達が開戦の狼煙を上げたぞ!! さっさと援護しやがれ――――!!!!」
フウタと共に足が千切れる勢いで砂地の上を逃げ回りつつ奴の足止めをする様に!! と。戦場に散らばる戦士達に援護要請を送った。
「ゴフゥアアアッ!!」
意外とは、はっやっ!!!!
体長がデカ過ぎてその体の全てが砂地の上に出現しておらず、体の大部分が砂地に埋もれているのにも関わらず俺達とほぼ同じ速度で追いかけて来るってちょっと異常じゃないの!?
「ゴァァアアアアアッ!!!!」
俺とフウタの肉体を丸呑みしようとして猛烈な勢いで迫って来る巨大な口から大地が揺れ動いてしまう程の大音量が放たれたその時。
「第一の刃……。太刀風!!」
「全てを断ち切れ我が風刃!! 風切鎌ッ!!!!」
相棒の剣から一筋の強烈な風の刃が放たれ、それと合わせる様にシュレンが浮かべる青緑の魔法陣から幾重にも折り重なった風車が空気を撫で斬りながら巨体の右横腹に着弾した。
「グゥッ!?」
その威力は数十メートルを超える巨体を揺らがせる程であり、直撃を受けた巨大砂虫は微かなうめき声を放つと動きを止めて攻撃された方角へ頭部を向けた。
「相棒!! シュレン!! 助かったぜ!!!!」
相棒の太刀風の威力は何度も見ているから知っているけど、シュレンの風の魔法も中々の高威力だな。
中遠距離を得意とする彼の魔法に思わず唸ってしまうがそれは瞬く間に霧散してしまった。
「ゴルァァアアアッ!!」
巨大砂虫が己の巨躯の最後方の尾を地中から取り出して一際高く掲げると、戦場に存在する者共を一掃しようとして苛烈な勢いで薙ぎ払って来やがった!!
「うっそだろ!?」
その場で勢い良くしゃがみ込むと随分遠い位置から飛来した野太い胴体が俺の頭上を掠る様に通過して行き、尾の先端がシュレンとハンナが立っていた瓦礫の山をたった一撃で吹き飛ばしてしまう。
「ハンナ!! シュレン!! 大丈夫か――――!?!?」
卓越した身の熟しの両者だが、広い戦場の三割程度を容易く吹き飛ばしてしまうこの有り得ねぇ攻撃範囲を完璧に躱せたのだろうか??
「――――。ふん、塵芥を舞い上げるだけの拙い攻撃方法だな」
「某もハンナの意見に同意する」
おぉ!! 無事だったか!!
「よぉ!! どこか怪我してねぇか――!!」
吹き飛ばされた瓦礫と遺跡のなれの果てによって舞い上がる砂塵と埃の先に居る彼等にそう向かって叫ぶ。
「大丈夫だ!! このまま攻撃を加え続けて奴を弱らせるぞ!!」
いや、ハンナちゃん?? 弱らせると言ってもね?? 相手は俺達の攻撃の直撃を受けても傷を負う処か血の一滴も流さないんだよ??
血を流さない超生命体にどう対抗しろって言うのかな??
「どうやって!! 奴さんの装甲はべらぼうにかてぇんだぞ!?」
「俺とリモンが超接近戦を仕掛ける!! ハンナ達は援護を!!」
エ゛ッ!? 幾ら体が頑丈なミツアナグマさん達でもそれはちょっと不味いんじゃない!?
ほ、ほら。大きな御口から丸呑みされたら一環の終わりだし!?
「二人共待ってくれ!! 先ずは奴の弱点を探すのが最優先で……」
今にも勇猛果敢に突貫を開始しようとする二人の逞しい背に向かって叫ぼうとしたのだが。
「皆さん!! そのまま聞いて下さい!!」
俺の代わりにティスロが広い戦場に響き渡る大きな声で彼等に待機を促した。
「奴の巨体には空気を吸い込む気孔が幾つも存在します!! 外皮は御覧の通り強烈な装甲を有していますが、その気孔にだけは攻撃が通用します!!!! 接近戦を仕掛ける際には口腔の攻撃に、中遠距離から攻撃を仕掛ける時は尾の広範囲の攻撃に気を付けて下さい!!」
ほぅ!! 俺達が此処に来る前にその弱点である気孔を見付けたのか!!
これは思いがけない幸運だぜ。
「よぉ姉ちゃん!! それを先に言えよな――!!」
フウタが巨大砂虫を視界に捉えたまま叫ぶ。
「私が指示を出す前に貴方達が戦いを始めてしまったのでしょう!? 死にたく無ければ私の指示に従う事。良いですね!?」
「ちぃっ……。ベッドの上では女の指示に大人しく従うけどよぉ。戦場で従うのはちょっと抵抗感があるぜ」
「フウタ、今はティスロの言う事を信じようぜ」
彼の右肩を優しく叩いてやる。
「皆の者聞いたか!? 強烈な攻撃を躱し続け、そして弱点を攻撃し続ければ勝機は必ず訪れる!! 奴を打ち倒し、勝利をこの手に収めるのだぁぁああ――――ッ!!!!」
「「「おぉぉうっ!!!!」」」
グルーガーさんの雄叫びが戦場に響き渡ると萎えかけていた士気が一気苛烈に上昇。
彼の闘志に呼応する様に戦場に散らばる戦士達が雄叫びを放つとそれぞれが何を言う事も無く己の役割を果たす為の行動を開始した。
「オォッ!!!!」
「フンッ!!」
グルーガーさんとリモンさんは巨体に臆する事無く接近すると膂力任せの一撃を黒ずんだ皮膚へと叩き込んで奴の動きを微かに鈍らせ。
「そこかっ!!」
「逃がさねぇぞ!! この芋虫野郎が!!!!」
「グゥッ!?」
ハンナとフウタが動きの鈍った巨体の死角に迫り、大人の拳大程の大きさの気孔へ向かって剣を、そして小太刀の鋭い一閃を叩き込んで弱点の範囲を広げると。
「シュレン!! 合わせろよ!!」
「承知ッ!!!!」
「ギィィイイイイッ!?!?」
巨体の黒鉄色の表面上に露出した勝利への道標へと向かい矢と風刃の贈り物を届けてあげた。
鏃が生々しい肉を食み、風刃が更に肉を奥深くまで切り裂くと戦闘が始まってから初めて巨大砂虫が大きな隙を見せやがった。
ほっほぅ!! ティスロの言う通りあの気孔への攻撃はかなり有効な様だな!!
恐らく奴はあの巨体を動かす為に体のそこかしこに存在する気孔から空気を取り込んで移動を可能としているのだろう。
地中に潜る時は閉じて、地上に出た時にそれを開く。
大変理に適った器官なのだがそこまで強固な装甲で覆ってしまうと空気を上手く取り込めず絶命に至ってしまう。
気孔の装甲を薄める代わりに体の各所に配置してより効率良く空気を取り込み、更に弱点を一点に集約させるのではなく散開させて生存率を上昇させた。
何処に脳があるのか知らねぇけどよ、良く考えて成長しているじゃねぇか。
だがしかぁしっ!!
小さな体に大きな脳を持つ俺達にとって対処方法を知られる事は死に繋がるという事をその身を以て分からせてやるぜ!!
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。