第百二十七話 死闘の予感 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
う、うぉぉ……。何だよ、この異様に広い場所は……。
天界に住まう神々の足元へと続くのではないかと有り得ない想像を掻き立ててしまう高い位置から天然自然の光が静かに俺達の頭上に降り注ぐ。
完璧とは言い切れない楕円の穴から覗く青空は俺達に心の安寧をもたらし、頭上から降り注ぐ砂の雨が光によって反射すると幻想的な風景をより一層強める。
白一色の白銀の世界に舞う粉雪の様にキラキラと光る砂の雨は砂嵐の強風によってここに運ばれて来た。そして俺達の予想通り遺跡の通路はこの山を螺旋状に下って来たのだと広い円状の室内の高い壁を見れば容易に想像出来た。
あの穴は恐らく山の頂上だろう、そして俺達は壁伝いに此処まで下って来て此処に出た。どういう仕組みで穴が開いたのか分からないけれど久々に青空に挨拶を出来て嬉しいぜ。
人の肌をしっとりと濡らす霞雨の様に、音を立てず降り続ける微量な砂の雨は地面に堆積しており俺達七名の足跡は確実に砂の上に刻まれている。
この広い場所一面に広がる黄土色の地面上にはそこかしこに石造りの建造物の天井部分だろうか?? そのなれの果てが崩れており、砂に埋もれた建造物達が悠久の時間の経過を物言わずとも声高らかに主張していた。
広大な円状の室内の中央にも一際大きな崩れた建造物が確認出来、そこには一人の女性が崩れた瓦礫の上に静かに座したまま……。
まるで囚われの姫君の様な虚ろな表情で天高い位置から降り注ぐ光を見上げていた。
「……」
夏の力強さを感じさせる濃い緑色の長髪、清楚な黒を基調とした服で身を包み激しい砂塵に対応出来る様に俺達と同じく外蓑を被っている。
スラっと伸びた足は男の視線を嫌でも集め、整った顔付のお目目ちゃんは犯罪者らしからぬ優しさを帯びていた。
あいつがレシーヌ王女に呪いを掛けた大馬鹿野郎か……。遂に、遂に見付けたぜ!!
俺を含めた七名が諸悪の根源である彼女の下へ足早に向かって行くと、先行していたチュルが飼い主の下へ一早く到着して喜びの声を上げた。
「ティスロぉぉおお――――!!!!」
「えっ!? チュル!?」
己の胸元に飛び込んで来た使い魔を優しく抱き締めると素直な驚きの表情を表す。
「会いたかった……。会いたかったわ!!!! どうして入り口付近でじっとしていなかったのよ!!」
「貴女が遺跡の奥へ行っちゃったと思って……。ついでに探索している内に此処まで来ちゃったの。そ、それよりも早く此処から出なさい!!!!」
優しき表情が刹那に霧散するとまるで親の仇を見付けたかのように険しい表情へと変化した。
「何で折角見付けたのに出て行かなきゃいけないのよ!! 私はティスロを助ける為に王都へ飛んで……。そしてこれだけの人数を揃えて舞い戻って来たのだから!!」
「――――。よぉ、ティスロさん。レシーヌ王女様の直々の命令で貴女を救いに来やしたぜ」
彼女に近付くとある程度の警戒心を持ったまま第一声を放った。
「う、嘘でしょ!? 何故王女様が……。と、兎に角!! 貴方達が誰か知りませんが一刻も早く地面から足を退けなさい!!!!」
ティスロが此方に体の真正面を向けて叫ぶのはそれ相応の理由があるのだと、彼女の鬼気迫った表情と声色から容易に理解出来ますっ。
しかぁし!! そんな表情よりも俺は彼女の体の一点に目を奪われてしまいこう叫んだ。
「「でっっっっか!!!!」」
あ、俺だけじゃなかったのか。
俺の同士であるフウタも彼女のプクンと膨らんだ双丘に目を奪われていた。
どういう訳か知らんが彼女の服は所々破れて内側の肌が露出しており、世の男共垂涎の場所はかなりの破け具合であったのだっ。
うふふっ、これまでむさ苦しい男連中とお子ちゃまに囲まれていた所為か。久しぶりに現れた心の清涼剤によって体が、性欲が潤ってしまいますよっと。
「ちょっと!! それ以上見るのは禁止だからね!!」
ちぃ……、チュルの奴め。翼を広げていい具合に邪魔しやがって。
「そんな事よりも今は一早く地面から離れて!!」
「巨乳の姉ちゃん。何でそんなに慌てているのか知らねぇけどよ、俺様達と早くこの場所を出ようぜ?? そ、そしてぇ!!!! あわよくば素敵な一夜を共に!!」
性欲に素直な馬鹿鼠が荷物を放り出して魔物の姿に変わると一目散に彼女の美味しそうな果実へと向かって駆け出して行く。
あの野郎!! 抜け駆けしやがってぇぇええ!!
俺だってあのたわわに実った果実の隙間にポフンと顔を埋めたいんだぞ!?
だが今はそんな事をしている場合では無いだろう?? と。
性欲に塗れた欲望に対し、至極冷静な理性が前へ前へ出ようとする俺の行動を咎めてしまった。
「おいフウタ今はそれ処じゃ……。んっ!?」
阿保鼠が砂の上に刻んだ小さな足跡を何気なく見つめていると俺達が立つ地面が微かに揺れ始め、彼が砂に描いた足跡は瞬く間に崩壊。
そしてその数秒後、ティスロが鬼気迫る表情を浮かべて俺達に向かって叫んだその理由が地面から顔を覗かせた。
「「「「……ッ」」」」
地面から生え出て来た生物達は砂嵐の前に見た小型の砂虫の外皮よりも濃い黄土色の体色だ。奴等の体表面には無数の突起物が確認出来、頭頂部と思しき先端の箇所を俺達の方へと静かに向けている。
その胴体の太さは俺の両腕を名一杯回して漸く届く程の直径であり、その事からコイツ等は俺達の体程度の大きさなら容易く飲み込めるのであろうと看破出来た。
い、いやいや!!!! 小型の奴ならまだ可愛げがあったかも知れないけどさ!!
これだけデカくなると結構洒落にならないのでは!?
ほ、ほら。砂虫は自分よりも大きな生物には襲い掛からない習性があるって聞いたし……。
それに一体ならまだしも俺達を取り囲む様に地面から出現した大型の砂虫の数は優に十体を越える数であり、此処から決して逃さんという強き意思が読み取れてしまった。
『グ、グルーガーさん。この大型の砂虫、一体どうしやす??』
俺の直ぐ後ろに居る彼に本当に静かな声量で尋ねた刹那。
「ッ!!!!」
一体の砂虫の頭頂部がグパッ!! と大きく開いて俺の体を頭から丸呑みしようとして頭上から襲い掛かって来やがった!!!!
「どわぁっ!!!!」
あ、あっぶねぇ!! 大きな体なのにかなりの速度じゃねぇか!!
咄嗟に前へ向かって飛び出していなければ今頃アイツのお腹の中にズッチュズッチュと飲み込まれていただろうさ。
「戦士達よ!!!! ここが正念場だ!! 一体も残さず全て駆逐しろ!!!!」
まぁそうなるかと思っていましたよ!!
「了解ッ!! っしゃああああ!! 掛かってこいやぁ!!」
フウタが人の姿に変わると己に向かって来る砂虫に気合の籠った言葉を放って迎撃を開始。
「せいやぁっ!!」
「ッ!?」
砂虫の御口ちゃんの攻撃を巧みな体捌きで回避すると火の力を宿した右の足撃を胴体に直撃させたのだが……。
「あんれまぁ。意外と硬いな!!」
彼の攻撃は体表面に焦げ跡を残す程度であり、絶命にまでは至らなかった。
「皆さん!! 砂虫の外皮は我々の想像以上に堅固です!! 面の攻撃では無く点の攻撃で装甲を貫いて下さい!!!!」
遺跡の上で俺達の様子を見下ろしていたティスロが的確な助言を叫ぶ。
フウタの攻撃が胴体をぶち抜かなかったから恐らくそうだと思いましたよ……。でもね?? それを実行するにはかなりの勇気が必要なんだよね!!
「聞いたか!? 一点集中の攻撃で奴等の装甲を穿て!!」
ハンナが左の腰から剣を引き抜き戦闘態勢を整えながら叫ぶ。
「分かった!! シテナお嬢様!! 大変危険ですので崩れた瓦礫の上へお逃げ下さい!!」
「わ、私は流石に足手纏いか。皆ぁ!! 死んじゃ駄目だからねぇ――!!!!」
リモンさんの忠告を受けたシテナが素早く頑丈な石造りの遺跡の上へと登り、俺達に檄を飛ばした。
さ、さぁ――ってと。俺に襲い掛かって来る砂虫ちゃんはどいつかしらねぇ。
右前方に居る奴か将又左後方から様子を窺っている個体か……。
腰から黒蠍の甲殻で制作した短剣を引き抜き、その時に備えて集中力を高め続けていると。
「ッ!!!!」
き、来ちゃった!!
左後方の死角から砂虫が俺の頭に目掛けて一直線に襲い掛かって来やがった!!
「ふんがっ!!」
咄嗟に上半身を屈めて初手を回避。そして襲った勢いで離れて行く砂虫の胴体に向けて短剣の切っ先を鋭く突き刺してやった。
「ギギッ!?」
お、おぉ!! あの精神的苦痛を呼覚ます白濁の液体が噴出するではありませんか!!
血が出るのなら勝てるぜ!!!!
「さぁ俺は此処だぞ!! 食えるものなら食ってみやがれ!!」
「ッ!!!!」
俺の言葉に呼応した個体が巨大な体を左右にくねらせながら這い寄り、馬鹿の一つ覚えで頭上から襲い掛かって来る。
来ると分かっている攻撃なら余裕で回避出来る!!
「ふんっ!!」
体を斜に構えて妙に生々しい赤色の口腔で俺の体を捕らえようとした砂虫の攻撃を回避、そして先程短剣の切っ先を突き刺した箇所に鋭い視線を向けた。
「食らいやがれぇぇええ――――ッ!!!! ぜぁっ!!」
右足の爪先に火の力を集約させて左足を軸にして素早く回転。
今も粘度の高い液体を噴出させている唯一の弱点である負傷箇所へと向かい、人体の中で自重を支える為に最も強力な筋力を備えている足の力を利用した足撃をぶち込んでやった。
「ギィシィィッ!?!?」
「おぉ!! 綺麗見事に吹き飛んだじゃあり……」
巨大な砂虫の胴体が真っ二つに分かれたのは良かったのだが、千切れ飛んだ上半身と下半身から大量の白濁の液体が宙へと解き放たれてしまう。
その間近に居た俺は大変生臭い雨を頭から被ってしまった。
「くっさぁぁああ!! 畜生!! 大人しくくたばれよな!!」
体中に絡みつく白濁の体液を手で払い除け、砂の上でビッタンビッタンと跳ね回る砂虫の死体を思いっきり蹴飛ばしてやった。
何はともあれ一体撃破!! 他の連中の手助けに回るとしますかね!!
右肩に掛けてある大弓を外して大変お強い仲間達へ視線を送った。
「ふんっ!! その程度の速さでは某の体を捕らえるのは叶わぬぞ!!」
シュレンに襲い掛かった砂虫は彼の小太刀で綺麗に両断され。
「ギャハハ!! どうしたよ!? 俺様の攻撃に恐れをなしたのかぁ!?」
フウタの前後から襲い掛かった二体は火の力を宿した小太刀で絶命。
「ふぅぅんっ!!!! これがミツアナグマ一族の膂力だぁぁああ!!!!」
「さぁどうした!? これでお終いか!?」
二人の強面ミツアナグマさんは曲刀で傷付けた箇所へ御自慢の筋力が備わった拳を無理矢理捻じ込み、力任せで砂虫の胴体を引き千切ってしまった。
そして、この中で最も戦闘が大好きな彼は……。
「第一の刃……。太刀風!!!!」
「「ギィィイイッ!!!!」」
二体纏めて屠れる位置へと素早く移動すると、彼の得意技である風の刃で二体の砂虫の頭部を同時に刎ね飛ばした。
う、うわぁぁ……。ひっでぇ戦場だな。
普通の奴なら前後左右から襲い掛かって来る砂虫に右往左往して逃げ回る筈なのに、あの人達ときたら喜んで死地へと向かって行き。そして大変わっるい笑みを浮かべて敵を屠ってしまいますもの……。
喧嘩を売る相手を間違えた大型の砂虫ちゃん達にちょいと同情しちゃったぜ。
「こっちは終わったぜ!!」
「某の方も状況終了した」
敵と思しき姿が消失しながらも戦場には微かな熱気が漂う。
「「「……」」」
誰一人として動く事無く周囲の砂に視線を送り続けていたが……。どうやら増援の見込みは無さそうだ。
「ふ、ふぅ――……。これで勝利、か。そこのお嬢さん、俺達はあんたを救助しに王都から来た救助隊だ。此処から救い出す前にちょいと色々聞かせて貰うぜ」
張り詰めていた心の弦を元の位置へと戻して未だ周囲の様子を窺い続けているティスロへと近付きながら口を開く。
レシーヌ王女に呪いを掛けた理由がくだらねぇ事だったなら此処に捨て置き相棒達と共に帰る若しくは執行部に突き出してやるか。
いずれにせよ此度の事件の張本人から真相を聞くまでは救いの手を差し伸べねぇぞ。
「まだ戦闘は終わっていません!! 気を抜かないで!!」
「はい?? 大型の砂虫は既に退治したぞ??」
「大型?? いいえ、あれは奴に比べたら中型よりも劣る大きさです!! 私が危惧しているのは……。ッ!?」
「お、おぉっ!?!?」
な、何だ!? 地震か!?
彼女が叫ぶと同時に立って居られない程の揺れが足元を襲い、その余波を受けた俺達は砂地に片膝を着けて揺れに対抗する。
「いいですか!! 奴は物理攻撃に耐性を持っていますが生物である以上いつかは力尽きます!! 挫けぬ心を持ち!! 鋼の魂を籠めて戦闘に臨みなさい!!」
「その奴って一体何の事だよ――!!!!」
刻一刻と酷くなっていく揺れと地鳴りの音量に負けじと叫ぶ。
「恐らく此処を守る守護者でしょう!! さぁ、来ますよ!! 皆さん戦闘態勢を整えて!!!!」
ティスロが一際強力な声量で叫ぶと俺達から随分と離れた位置の砂が大量に弾け飛び周囲に砂の大雨をもたらす。
濃厚な砂のカーテンが徐々に薄まって行き、そして地下深い位置から地上に出現した化け物の正体が露呈した。
「…………」
砂の上に出た体は凡そ六階建て位の建物の高さだろうか??
遠い位置にいやがるのでその大きさは性格には計り知れないが……。遠目でも見ても俺達が見上げているって事は相当な大きさである事は容易に伺い知れる。
黒鉄を彷彿とさせる黒ずんだ体表面には大人の上腕程の大きさの棘がびっしりと生え揃い、極太の胴体は森にひっそりと生える大木を連想させティスロが話した通りアレに物理攻撃を通すのはかなり困難なものであると理解出来てしまう。
微かにゆぅぅっくりと上下する頭が俺達の方へ向けられ、そしてこれまで会敵して来た砂虫と同じく頭頂部がゴパッと開くと信じられねぇ光景が目に飛び込んで来た。
「ゴグルゥゥ……」
生命体を細切れにする事を可能とした大量の大きな牙が蛇腹状の口腔内にびっしりと生え揃い、それは光が届く範囲全てに確認出来る。
人間や大型の牛は勿論の事、あの口腔の直径は小さな平屋程度なら余裕で一呑み出来てしまう大きさだろうさ。
「あ、あははぁ……。成程、成程ぉ。確かに俺達が相手にしていた砂虫は中型以下ですねっ」
いや、アイツの大きさに比べれば寧ろ小型に位置付けられるかも知れない。
そして恐らくティスロの服がボロボロなのはアイツと戦っていたから。
魔法戦を主とする彼女があれだけの痛手を負う程なのだ。一体奴はどれだけの力を備えているのやら……。
想像するだけで背筋が寒くなりますよっと。
「「「……ッ」」」
俺達は目の前に聳え立つ壁の高さに茫然としながらも心に宿る闘志だけは決して絶やすまいとして強固な戦闘態勢を維持し続けていた。
お疲れ様でした。
さて、これから本話でも登場した巨大芋虫との激闘が始まるのですが……。何んと本話で連載開始から数えて千話に到達する事が出来ました!!
一話を読むのに三分掛かったとして、全話を読み終えるのは三千分。つまり五十時間掛かる単純計算になりますね。
こうして考えると最高の暇潰しを提供させて頂いているなぁとしみじみ感じます。
思い返せば今まで色んな話を書いて来ましたよね。読者様のお気に入りの話はありましたか??
まだ納得していないからさっさと続きを書きやがれという読者様からの痛烈な往復ビンタが光る画面越しに届きましたのでプロット執筆作業に戻りますね。
ブックマーク、そして評価をして頂き有難う御座いました!!!!
連載開始千話の祝福として受け取らせて頂きます!! 本当に嬉しいです!!
これからも読者様達のご期待に応えられる様に精一杯精進させて頂きますね。
それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。