第十三話 傾国の子女 その一
お疲れ様です!! 本日の投稿になります!!
それでは、御覧下さい。
街の中央地点よりも随分と歩き易くなった歩道の上を通常の歩行速度で進む。
行き交う馬車の蹄と車輪の音。
人々が地面を踏み均す音。
何れも鼓膜が最適だと判断出来る音量であり、適度に緊張している精神を落ち着かせていてくれた。
貴族、ね……。
お偉いさんと会うのは初めてではありませんが。身分の違いという事象が要らぬ緊張感を生み出してしまっている。
片や末端の兵士且ド庶民。
片や国の政治に携わる貴族。
どう接すればいいのやら……。まぁ、でも。
護衛の任ですので会話を交わすのは必要最低限で構わないか。何事も無く四日間が過ぎる事を祈りましょう。
街の南出口に差し掛かり、左手に存在するこんもりと盛り上がった丘。
その上に鎮座する屋敷へと方向転換し。丘の上に築かれた歩き易い石畳の階段を上る。
一段、また一段。
屋敷へと近付くに連れてその全貌が明らかになっていく。
白を基調とした格式の高い建造物。
屋敷の主を守る様に背の高い鉄の柵が周囲をぐるりと囲み、石畳から続く道の先には堅牢な門が備えられていた。
貴族が住むに分相応の屋敷、という感じですね。
政治家の御家ですもの。我が師匠と同じく、木造平屋一階建てに住む訳にはいかないか……。
大層御立派な鉄の門の前に到着し、さてどうしたもんかと考えていると。
「――――――――。お待ちしておりました。レイド=ヘンリクセン様」
重低音を響かせつつ門が開き、門の向こう側に広がる美しい庭園から一人の女性が現れた。
黒と白を基調とした使用人の服。
裾の長いスカートは踝に向かうに連れてふわぁっと広がっており、全体的にゆったりとした服装に身を包む。
漆黒の髪を後ろに清楚に纏め、少しだけ鋭い目付きに尖った眉が良く似合っている。
第一印象は……。仕事が出来る女性って感じですね。
「あ、初めまして。本日、護衛の任を拝命致し。此方へと参りました」
背骨全てを天へと向け、彼女に指令書を手渡す。
「拝見させて頂きます」
女性らしい細い指で受け取り。
「――――。確認致しました。それでは、此方へどうぞ」
指令書を返して貰うと、彼女に促されるまま庭園へと足を踏み入れた。
「おぉ……」
恥ずかしながら……。庶民らしい第一声を放ってしまいました。
左右に広く広がる均一に刈られ、整えられた緑の絨毯。
右手奥には美しい花々が添えられた花園が見ている者の心を潤し、屋敷へと続く石畳の道沿いにも色とりどりの花が添えられていた。
広大な面積の庭園の中。
素敵な景色を堪能しながら進んでいると、前を歩く彼女が口を開く。
「申し遅れました。私の名はアイシャと申します」
足を止め、キチンとお辞儀を放つので此方も彼女に倣って頭を下げた。
態々ご丁寧にどうも。
「御忙しい中、この様な任を受け賜わって頂き。誠に有難うございます」
「いえ、これが仕事ですから」
「ベイス様から軍人だと御伺いしていましたが……。随分と真面目な御方なのですね??」
うぅむ……。
最近の御時世なのか、どうも軍人の評判は余り宜しく無いようですね。
軍人とは粗暴という印象を抱いてしまっているのでしょう。
「中にはアイシャさんが想像している御方もいらっしゃいますが。任務に忠実なのが軍人足る本来の姿なのです。くれぐれも誤解を招かぬ様、お願い致します」
「ふ、む……。成程……」
ピタリと足を止め、此方を品定めする様に爪先から頭の天辺までじぃっと見つめる。
私、何か悪い事をしましたでしょうか??
「あの、何か??」
「いえ。たかが使用人である私に対し、敬意を示して下さったので。素直に好感を抱いただけですよ」
「はぁ……」
どうぞ、此方へ。
再び彼女に促され暫くの間。心地良い散歩を満喫していると、遂に屋敷へと到着した。
扉だけでも一階建て平屋の天井までの高さに届き、取っ手には美しい銀の装飾が施されている。
屋敷そのものの高さは入り口からでは窺えぬ程に高く。人に威圧感を与える程であった。
この扉……。一体幾らするんだろう。
こういう所だよなぁ。俺が庶民であるが所以は。
富裕層の方々は一々扉の値段等、気にも留めないだろうから。
「では、お入り下さい」
彼女が扉を開くと、御裕福な家庭の屋敷に必ずといっていい程敷かれている赤い絨毯が御目見えする。
入り口から真っ直ぐ進んだ先にはこれまた大きな扉。
その左右には二階へと続く木製の階段が設置され。玄関の右手、左手にはずぅっと奥まで続く廊下が確認出来た。
シエルさんの屋敷と似た建造方法だな。
まぁ、屋敷なんて大体同じ作り方になっちゃうでしょう。
「ベイス様の執務室にご案内致します」
アイシャさんが右手側の廊下へと進むのでそれに倣い。
おっ!!
フカフカだ、この絨毯。
最良な踏み心地を提供してくれる絨毯の上を進み始めた。
「ベイス様はこの後、屋敷を発たれます」
背の高い窓から覗く景色を眺めながら歩いていると、彼女から小さく。
しかし、確実に聞き取れる声量が放たれる。
「差支えなければ何処に発つのか教えて頂けますか??」
「隣町へと向かいます。とある議員の方との会食を済ませ、此方へ戻って来るのは三日後。その間、レイド様にはこの屋敷内を警護して頂きます」
うん。
間違いなく俺に課された任務ですね。
「この屋敷には常時十名の使用人が仕えております」
多っ。
それだけの人数を雇うだけでも一体幾らになる事やら……。いかん。
また銭勘定が働き始めてしまった。
「十名の内、この屋敷に残るのは僅か二名で御座います。その内の一人が……」
左手へと廊下を直角に曲がると。
黒みがかった小麦色の髪の女性が廊下の壁際に佇んでいた。
「此方のピュセルと私。両名でレイド様の任を補助させて頂きます。ピュセル、此方がレイド様です」
「初めまして、レイド様……」
「あ、どうも……」
静々と頭を下げたので、歩みを止め。彼女の所作に倣って頭を下げた。
すっと横に伸びた一直線の瞳に、女性らしい細い顎の線。
服装はアイシャさんと同じく白と黒を基調とした服に身を包んでいる。
視力が悪いのかな??
此方の顔を常時、目を細めてじぃぃっと観察する様に覗いていた。
「では、お嬢様に伝えて参ります」
ピュセルさんがそう話すと、反対側の廊下へと進んで行ってしまった。
歩く時のブレない芯、そして僅かに匂う武の香り。
この二人……。
何か訓練を受けているな??
シエルさんの屋敷で見た給仕の方もそんな匂いを漂わせていたし……。昨今の使用人の方々はそういった訓練を受けなければならないのでしょうかね??
使用人にそこまで求める時代が来てしまったと言うべきか。
アイシャさんの背中に通った一本の筋を観察し続けていると。
「此方がベイス様の執務室になります」
歩み止め、これまた一枚お幾らですか?? と、問いたくなる木製の扉の前で歩みを止め。
「ベイス様。レイド様をお連れ致しました」
軽いノックを行い、澄んだ声色で俺の到着を告げてくれた。
「――――――。どうぞ」
「畏まりました。レイド様、お入りください」
「ふぅぅ……。失礼します」
高まる緊張感を抑える為、一つ大きく呼吸を行い。
相手に不快感を与えない様、努めて静かに扉を開いた。
「――――――――。やぁ、良く来てくれたね」
灰色に染まった髪、人中に生え整った髭も壮年を感じさせる灰色に染まっている。
黒を基調とした上等な背広に身を包み、外見からでもそれ相応の地位に就く者だと此方に思わせる風貌だ。
しかし、壮年の男性とは思わせない力強い所作で執務机の前から立つと柔らかい声色で俺を迎えてくれた。
「本日より四日間。護衛の任に就く様、拝命致し。此方へと参りました。レイド=ヘンリクセン二等兵であります」
「ようこそ、我が屋敷へ。私はここの当主、ベイス=アーリースターだ」
机越しに握手を求められたので快くそれを受け取った。
ふぅむ……。
中々に強き握力だ。
年齢を感じさせない力の握手に此方の手の筋力も御満悦です。
「申し訳ないね。下らない雑用を押し付けちゃって」
軽快な笑みを浮かべ、すっと手を放して下さる。
「いえ。これも重要な任務であると考えておりますので。此方が……。指令書になります」
幅の広い革張りの椅子に着席された彼の前に指令書を差し出し。
「拝見させて貰おうかな」
彼が指令書に目を通す間、何気なく室内を見回す。
壁際に添えられた棚には分厚い本やら、書類がキチンと整列されている。
机の上には印章と上質な羽筆、捺印された紙の数々。
先程まで執務中だったのか。数枚、乱雑に積まれている紙に目が留まった。
えぇっと……。何々??
予算案の先議における……。増税……。
「――――。うん、確認したよ。正式な指令書に間違いないね」
おっと。
盗み見は此処迄。
俺はどこぞの准士官とは違うのですよっと。
「はっ」
彼が面を上げ、此方に指令書を差し出すのでそれを受け取り。
懐へと仕舞った。
「既に聞いたと思うけど、私が留守の間。この屋敷を警護して貰いたい。本来であれば……。娘も私に帯同させようと考えていたけど。ほら、お年頃って奴でね」
お年頃……。
まぁ十五歳の子ならごねるのも致し方ないでしょう。
多感なお年頃ですのでね。
「屋敷を出たくないと言うんだ。レイド君には申し訳無いけど、この屋敷で行われる継承式典が終了するまで私の娘の護衛を務めて貰いたい」
「継承式典??」
えっと、御免なさい。それは初耳です。
「あれ?? 聞いていないの??」
「はっ、申し訳ありません。説明を求めても構いませんか??」
直立不動の姿勢を貫いて話す。
「堅いなぁ……。もう少し砕けた姿勢で話して貰っても構わないよ?? 私まで肩が凝っちゃうからね」
「はぁ……。では」
休めの姿勢を取り、彼の言葉を待つ。
「もっと砕けた感じでも良いけど……。我がアーリースター家では十六になると当主の座に就く権利が与えられるんだ。まだ私は当主の地位を娘には譲らないけど、ほら一応形として執り行っているからさ。通過儀礼みたいなものだよ」
「その継承式典には何名の来客を予定されていますか??」
「凡そ百人くらいかな」
「ひゃ、百名……」
おいおい。
もしも、その中に凶悪な人物が紛れ込んでいたら……。とてもじゃないけど一人じゃ対処出来ないぞ。
「安心しなさい。信在る者にしか招待状は送っていないから」
「はぁ……」
「使用人だけでは心許ないから、私の友人に無理を承知でお願いを聞いて貰って。君を寄越して貰ったんだ」
多忙な軍務に身を投じる者を召喚、か。こう言っては何ですが。民事で解決出来る内容ですよね??
まぁ……。
俺が所属する部隊は便利屋みたいなものですから構いませんけども……。
「娘の我儘は大分堪えるかも知れないけど、大丈夫かな??」
「御安心下さい。体力には自信があります」
「それを聞いて安心したよ」
ふぅっと体の力を抜き、椅子に背を預ける。
「他に何か質問はあるかな??」
此処でマイ達の存在を伝えておくか。
「実は、ですね。私一人では護衛に心許ないと考え。強力な仲間を四名連れて参りました。その者達は軍属の者ではありませんが……。私よりも数段上の実力を持ち、私が誰よりも信を置く者共です。差し支えなければ…………。彼女達にも私の任務に帯同させて頂く許可を頂けますか??」
「――――。ほぉ。仲間、ね」
おっと。
急に鋭い視線に変わりましたね??
「はい。オークの襲来によって皆両親を失い、その影響で心因性失声症を罹患していますが。此方の言葉は理解出来ますので任務には支障ありません。先の任務中に知り合い、大陸の地理にも詳しいので共に行動を続けております」
「君が信を置く人物か……。ふぅむ、興味がそそられるね。して、今は何処にいるの??」
「屋敷の外に待機しております。了承して頂ければ直ぐにでもお呼びします」
さぁって。
どうなる事やら。
暫しの沈黙の後、彼が静かに口を開いた。
「――――。うん、許可を出そう。君一人だけじゃ大変だろうからね」
「有難うございます!!」
むっ。
いかん。もう少し声量を抑えようか。
目上の人に失礼ですからね。
これで、何んとか了承の許可を得る事が出来た。
念話で皆を呼ぼう。聞こえるかな??
『皆、聞こえるか??』
街に滞在するであろう四名の者達へと念話を送ると。
『レイド様ぁ!! 聞こえて居ますわ!!』
うん、届いたね。
でも、もう少し声量を落とそうか。頭の中で乱反射して頭痛の種になりますからね。
『任務の帯同の許可を貰えたよ。当主であるベイスさんに紹介したいから屋敷に向かってくれ』
『分かりました。今から五分後に到着予定です』
五分、か。
相当近くで待機してくれていたんだな。
流石、我が隊の隊長殿です。
「直ぐ外で待機して居ますので、宜しければ御屋敷まで御呼びしましょうか??」
「いや、私は此れから直ぐに発つからね。屋敷の門で顔を窺うよ」
そう話すと椅子の側に置かれていた鞄を手に取り、椅子から立ち上がる。
背広も上質であれば、鞄も上質ですね。
俺の使用する鞄とは雲泥の差だよ。
「じゃあ、行こうか」
「了解しました」
彼に促され、直ぐ後ろについて扉へと向かうと。
「お父様。いらっしゃいますか??」
万人を魅了する歌手も思わず歌声を止め、聞き入ってしまう声が扉の向こうから放たれた。
「丁度良い。娘を紹介しようか。どうぞ、入ってくれ」
「――――――――。失礼します」
静かな声が放たれた後、扉が開くと…………。
俺の時間が停止してしまった。
白みがかった美しい金の長髪を嫋やかに揺らし此方へと女性らしい歩みで向かい来る。
この女性を守りたくなると男性の本能を刺激する頼りない丸みを帯びた肩。
川の清流の様に流れる顎の線の先には慎ましい顎が待ち構え、その上には丸みを帯びた薄い桜色の唇が端整な御顔に良く似合っている。
紺碧の海を想像させる青の瞳に見つめられると心がドクンと嬉しい声を叫び、口角を上げて笑みを浮かべる唇から矮小な息が漏れると。
冬眠中でぐっすりと熟睡中の熊でさえ上体を起こして猛烈な勢いで彼女に抱き着くであろう。
橙の色の薄手の上着を羽織り、裾の長い白いスカートから僅かに覗く白い肌に視線を奪われ。
この女性は絵画の中から出て来たんじゃないかと摩訶不思議な錯覚を覚えていると……。
「初めまして。私の名は、レシェット=アンヘル=アーリースターと申します」
スカートの端を小さく摘まみ、お上品な御挨拶を頂けた。
「――――――――。どうかされました??」
「あっ!! いや……。申し遅れました、レイド=ヘンリクセンと申します」
いっけねぇ……。
凄く可愛いから思わず見惚れちまっていたよ……。
慌てて頭を下げ、此方の心情を見透かされまいと彼女から視線を外して壁の一点を見つめた。
「娘のレシェットだ。我儘な子だけど、面倒を見てあげてね」
ベイスさんが優しく娘さんの肩を叩くと。
「まぁ……。ふふっ、お父様ったら」
片手を口元に添え、上品に笑った。
お上品な家族って感じですねぇ。
まぁ貴族ですからね。そりゃ当然か。
「じゃあ行って来るから。部屋で待っていなさい」
「分かりましたわ。お父様」
彼に一つ頷くと、再び此方を見つめる。
「レイド君、行こうか」
「あ、はい」
彼に促され、今も此方を捉え続ける彼女の瞳から逃れる様に部屋を後にした。
びっくりしたなぁ……。
まさか世の中にあんな可愛い子がいるなんて。あれでまだ十五だろ??
大人になったら……。エルザードと肩を並べるかも。
「どうだい?? 娘は??」
「丁寧な口調に、淑女足る服装。素敵な娘さんですね」
心に思った事を一切装飾を加えずに話す。
「素敵、ね。私が居るからそう感じたと思うけど。私が目を離すと物凄く我儘になるんだよ??」
「あはは、まさか。そんな空気は一切感じませんでしたよ」
「う――ん……。まぁ、大丈夫か」
少しだけ不穏な空気を滲ませた声を放ち廊下を進む。
十五、六の子に振り回される程俺は情けなくありません。何より、常日頃から狂暴な彼女達に鍛えられていますのでね!!
それよりも問題なのは、マイ達だよな。
護衛任務中にポカしなきゃいいけど。特に!! アイツの食欲だ。
しっかりと釘を刺しておこう。
静かに、そして力強い歩みで進み続ける彼の後ろにつき。そんな事を考えていた。
お疲れ様でした!!
気が付けば、この御話で百部目。
連載を始めまだまだ日が浅いですが、こうして連載を続けられているのも御話を読んで下さっている皆様のお陰です。
これからも慢心する事無く、執筆活動を続けさせて頂きますので。どうか温かい目で見守って下さいませ。