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第32話 雪

「ママー、ママー」


 娘の呼ぶ声で目がさめた。モリーは、カーテンのむこうに隠れているようだ。もう少し寝かせてくれてもいいのに。


 わたしは、天蓋ベッドから降りてカーテンをあけた。


「わっ! 雪ね」

「ゆきー!」


 モリーが元気な笑顔を見せる。わたしはカーテンを全開にし、いったん窓辺から離れ、長椅子にすわった。


 お城のアーチ型の窓から、しんしんと降る雪を見る。手前のテーブルには、スノードロップの新しい蕾が花ひらいていた。わたしは思わず胸を押さえた。できすぎたぐらい、いい景色。


 しばらく、モリーと雪を眺めた。思えばモリーとこうやって、じっくり降る雪を眺めるというのは、はじめてかもしれない。


 それから、ふたりでシャワーを浴び、着がえた。この日に用意されていた服は、母娘おそろいのズボンとセーターだ。自分たちに仕立てなおされた服というのは、ほんとうに着心地がいい。モリーが思わず、かけっこするように足ふみしている。気持ちはわかる。動きやすいのだ。


 まだ早いが誰かいるだろうと、モリーと下に降りていく。あては外れて、人の気配はない。調理場をのぞいてみたが、そこにも誰もいなかった。


 モリーが「おなかすいた」と言う。あなた昨日のパーティーでも、ずっと食べ続けてた気がするけど?


 娘の食欲にはおどろくが、なにか作ろうと思った。勝手に使うのは失礼だが、メイド長のミランダは怒らないだろう。パンと卵でも焼くことにした。


「いい匂いがすると思った」


 戸口に立っていたのは、誰でもない城主エルウィンだった。この時期になると、急に眠くなるのは聞いたが、逆に寝れない時もあるらしい。


 エルウィンの分も用意して、三人で窓ぎわの席にすわった。こんがり焼けたトーストに、たっぷりバターを塗っていると、彼が言った。


「なにやら、前と同じ景色だ」


 たしかに、三人で食べるのは二度目だった。でも場所がちがう。


「同じじゃないわ。わたしの家のリビングは、ここのバスルームより、せまいんだから」

「そうかもしれないが、食べているものは同じだ」


 わたしは大真面目に、首をふった


「それは同じでも、質が、ちがいすぎる。特に卵とバターは良すぎるわ」

「ママ、オムレツ美味しい!」


 となりでモリーが、よろこんで食べている。


「そうね。ちょっと食べたことがないぐらい、美味しい卵ね」


 モリーに答えながら、自分も卵を口にいれた。これは高級というより、恐ろしく新鮮なんだろう。風味がはっきりしている。


「そう言われると、僕の努力ではないが嬉しくなるな。卵もバターも、ここの自家製だ」

「自家製! 鶏と牛まで飼ってるの?」


 おどろくと同時に、あきれた。


「昔は多くの農作地を使っていたが、いまは、ほとんど放置だ。あの丘のむこうには、牧草地もある」


 エルウィンは、そう言って窓の外を指した。


「牛さん見たーい!」


 わたしは、モリーをにらんだ。


「昨日、お願いを叶えてもらったでしょ。もう、わがままはだめよ」

「牛舎に行くぐらい、わがままでもない。日が差して暖かくなったら行こう」


 動物園ではない生の動物を見るのは、実はあまり機会がない。好意に甘えることにした。


「そうだ、プレゼントがツリーのところにある。あとで行こう」

「プレゼント?」

「昨日は、クリスマスパーティーだ。主催者のモリーへ、プレゼントぐらいは用意するさ」

「あ、あの人数よ!」

「大丈夫。帰りは家まで運ぶから」


 いや、家が埋まる。朝から、あたまが痛くなってきた。


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