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第26話 メイド長のむすめと前執事

 娘の姿は、探すまでもなく食堂で見つけた。


 前メイド長のドロシーと、テーブルの上で、なにやら絵を書いている。反対に、現メイド長ミランダの姿はなかった。ほかには一〇人近くのメイドたちが、ところせましと働いている。これは新旧のメイドが勢ぞろいなんだろう。


「ちょっと通りますよ!」


 わたしたちの前を女性が横切った。メイド服に身を包んでいたが、ほかのメイドにくらべ、太っていて松葉杖をついている。ひざに包帯を巻いているのを見ると、ひざが悪いのだろう。


「レベッカ」

「レベッカ?」

「ああ、何ヶ月かまえに辞めた女性だ。そうか、足が悪かったのか」


 レベッカは、エルウィンに気づかなかったようだが、十二か十三歳ごろの、小さなメイドが、わたしたちの前に来た。


 スカートを持ち、すっとしゃがんで挨拶をする。なんて上品な子。


「クロエと申します。母ミランダが、いつもお世話になっています。本日は、お招きいただきありがとうございます」


 メイド長の娘! これは、さすがと言うべきだろうか。


 わたしが、もし死ぬことになったら、モリーはメイド長に預けよう、そう思った。そして、この子はエルウィンの秘密を知っている。彼を見る目が、きらきらに輝いていた。それはそうだ。伝説の王子様なのだから。


 クロエに聞くところ、モリーは邪魔になってないようだ。いまはドロシーと一緒に「七色のババロア」を考えているらしい。長居をして、みんなの邪魔をしても悪い。ほかに行くことにした。


 お城の中は、いたるところで大忙しだ。とくに掃除婦が走りまわっている。それでも決して誰も、あわててはいない。


 エルウィンが「舞踏会場を見に行こう」と言い、心がおどった。彼と彼女が出会う、運命的なシーンの場である。


 いまで言うダンスホールは、内庭をひとつ抜けたさきにあった。入り口には大きな扉。その扉をあけると会場かと思ったら、なんと待合室。それでも、かなりの広さ。落ちついた雰囲気の客室とはまたちがう、豪華な豪華な部屋づくり。


 壁は大きな壁画になっていて、なにかの神話が描かれていた。地上の女性を巡って、空と海の神が戦う。おそらくそんな話。その壁画の両端には、金糸の刺繍がされたビロードの幕が垂れさがる。


 あちこちに目を奪われながら、いざ会場へ入ろうとすると、男が立ちふさがった。さきほど上から見た、バトラースーツの老紳士だ。


「もうしわけございません。準備中でございます」


 扉のむこうからは、トンカチを叩く音や、作業の声が聞こえる。


「バートランドだな、前の執事の。エルウィンだ」


 エルウィンは手を差しだした。


「もちろん、存じあげております」


 うやうやしく、前執事が両手でにぎり返す。ふるえているのに気づいた。それほど敬愛しているのに、会うのが今日やっと、というのがやるせない。


「リベラ婦人、ようそこ我が君の城へ」

「ジャニスで」


 わたしも握手しようと手を差しだしたら、手の甲にキスされて、びっくりした。


「あなたが、後任にグリフレットを選んだ、前の執事さん?」

「左様でございます」

「ずいぶんちがうタイプですね。あなたと比べると」

「私は元々、ここの農夫でして」


 そう言われれば、ふれた手は、ごつごつした大きな手だった。


「いまは複雑な時代でございます。数字に強いほうが良いでしょう」

「でも、まだまだ、お元気そうです」


 前執事は高齢そうだが、背筋もしっかりし、まだ充分に働けそうだった。


「明日の天気さえ気にしておれば良い時代は、とうの昔に去りました」


 笑った前執事は、少し、さみしげに見えた。


「まあ、センチメンタルの欠片もない男のほうが、この時代を乗り切れると思います」


 なるほど、執事の世界も色々と大変そうだ。


「それで、僕らは見てもいいだろう?」

「なりませぬ。主催者である、モリー様以外はご遠慮ください」


 ぴしゃり! そう言われると、むりに入る理由もない。ダンスホールをあとにし、庭に出ることにした。


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