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第16話 おおきな誤解

「チェン!」

「ジャニス? 良かった。元気なんだね」


 執事が聞きたそうにしているのを見て、スピーカーに変えた。


「チェン、あのね」

「ジャニス、いまどこ?」


 返答に困った。


「うまく言えないわ」

「言えない?」

「でも、わたしは大丈夫だから」


 しばらく、反応がなかった。


「そうか、この会話は聞かれているんだな」


 思わず執事と目があった。当たってはいるが完全に誤解している。


「親戚よ、親戚のところ!」

「わかった。親戚のところだね。しゃべれることだけで、いいよ」


 わかってない。


「チェン、勘ちがいしないで!」

「ところで、なにしに市民病院へ行ったんだい。同僚がジャニスを見たって言ってたよ。すごい顔で看護師に、つめ寄ってたって」

「あれはね」


 またも返答に困った。


「親戚のおじいさん、おじいさんが危篤なの!」

「へー、どんな、おじいさん?」

「どんなって、ふつうよ。えーと」


 わたしは執事を見た。


「丸眼鏡をかけてて、目は細いの。眉毛も細い。嫌なやつなのか、優しいのか、よくわかんない人よ」


 執事が興味深そうに、わたしを見た。失敗! 余計なことまでしゃべった。チェンの返答はなく、しばらく無言のあと聞いてきた。


「娘さんは元気?」

「モリー? モリーは元気よ」

「そばにいる?」

「えーと、ここにはいないわ」

「そうか。娘さんと離れてるのか」


 思わず言葉につまった。勘ちがいすぎる。


「それはちがうわ。チェン、ちょっと聞いて!」

「あなたは、なにか妄想に取り憑かれていますね」


 とうとつに執事が横からしゃべった!


「来たな。犯人グループだな」

「つまらない質問ですが、シラフですか、それとも質の悪い薬でもやってらっしゃる?」

「ごまかされないぞ。グリフレット」


 なんで名前を? わたしは思わず、執事室を見まわした。執事は、わたしに落ちつくよう手をあげた。


「ほう、どこでその名前を?」

「医療タクシーにジャニスを乗せただろ。その会社に難クセをつけた。駐車場で、おれの車にこすっただろうと」

「なるほど」

「グリフレット会計事務所に、請求しろって言われたよ」

「請求しますか?」


 一瞬の沈黙のあと、怒鳴り声が帰ってきた。


「ジャニスを返してくれ! 娘のモリーも!」

「そこですが、勘ちがいされておられます。ジャニス様は休暇で来ております」

「それはおかしい。休暇なら、エアコンぐらい切って行きそうだ。ジャニスの家には行った。エアコンのファンは、まわりっぱなしだった!」


 そうだ、あの日は寒かった。すぐ帰ると思って、エアコン点けっぱなしだった!


「チェン、ちがうから!」

「大丈夫だよ。ぜったい助けるから」

「助けなくていい!」


 電話口のむこうで、電車の音が聞こえる。電話は、ぷつりと切れた。


「鋭いのか、鈍いのか、よくわかりませんな」


 なんてこと。なんでこうなっちゃう。わたしは頭をかかえた。執事があらためて、わたしを見る。


「病院からは、どういう電話をかけられましたか?」

「えーと、親戚が病気でと」

「ほほう、親戚はいらっしゃる?」


 あっ! と声が出た。


「いないわ。それはあの子も一緒。そんな話を昔にした!」

「では、そこが、きっかけですね」


 わたしはひたいを押さえて、大きく息をついた。ほんとに大失敗だわ。チェンはどうするつもりだろう。そう思うと、ひとつ思いついた。はっとして、顔をあげる。


「ここまで、くるかしら?」

「さて、会計事務所の本社は、ここになっています。調べようとすれば調べられると思います」


 どうしたらいいんだろう? わたしは執事の書斎を、ぐるぐるまわった。すぐに連れて帰りたい。でも、どこにいるのか。


「ご報告しますか?」


 わたしは足を止めて、執事を見た。


「エルウィンに?」


 執事は小さくうなずいた。


 どうしよう。こんな馬鹿げたことで時間を使ってほしくない。でも、だまっていて迷惑をかけるのも、したくない。


「秘密にしましょう」


 執事の言葉におどろいた。


大事おおごとにはならないでしょう。エルウィン様の、貴重な時間を使うべきではありません」


 やっぱり執事も、そう思うのね。


「歴代から執事のおきては、たったひとつ。我が君をわずらわすな、です」

「わがきみ?」

「私の主君、という意味です」

「なるほど。わずらわさないよう、来たらすぐに連れて帰ります」

「お店への派遣は、人数を増やしましょう」


 わたしは、もう一度おどろいて執事を見た。


「帰ってクビになっていた、では、あまりに不憫ふびんです。あなたも、この子も」


 さきほど「嫌なやつ」と言ったのを後悔した。わたしは執事に、心からの感謝をのべた。


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