58 オトギリ荘の者達
——2018年12月某日
「かんぱーい!」
景気の良い声に導かれるように僕たちは乾杯をした。
ガチャンと音がしてビールの泡がグラスからあふれる。それをおっとっとなんて言ってガラスの淵に口をつけた暗丘さんは、ビールを一気飲みした。
僕の部屋のコタツに入って。
「狭いんだけど、そっちつめろオッサン」
「寒いから無理。つかオッサン言うな」
「わたくしも狭いです。表屋さんも狭そうですし、どいていただけます? 毒島さん」
「アタシが退くのっておかしくなぁい? 潔子が退けばいんじゃない? そしてアタシが空くんの隣に座るの」
「全員出て行くといい。八重子が空の隣に座りたい」
「どうでもいいからみんなちょっと離れなさいよ。特にそこのがガキんちょ二人。若いんだから、食べたくなっちゃう」
「あの、ボクの近くに座るのやめてください鬼山さん」
「どうでもいいですけど、なんで僕の部屋なんですか」
好き勝手話していた彼らの視線が集まる。
この状況、前にもあったな。と僕は思い出して薄く笑った。
季節は冬。しんしんと雪が降るこの季節を、僕は初めてオトギリ荘で迎えることになった。
不思議と防寒対策もしっかりされているらしいこのアパートで、僕は炬燵をだしてわずかな寒さを乗り越えることにしたのだ。で、炬燵を出した翌日、どういうわけか僕の部屋にオトギリ荘の住人が集まっている。
まったくどこから情報を仕入れたんだか。
ああ、進士くんか。
僕はいつものように好き勝手な住人を一通り眺めて、小さくため息を吐き出した。
今年の春。僕はオトギリ荘に越してきた。そして夏。僕はこれまでの人生のすべてをひっくり返すような事件に遭遇してしまった。
けれど、相変わらず僕の日常は変わらない。
バイトに行って、大学に行って、それからオトギリ荘の不思議な住人たちと話すのだ。
毎日。毎日ね。
「空くんてさぁ誕生日冬?」
集まった面々をにらみつけて、どうしてここにいるかを問いただしたいのを必死にこらえる僕に、一笑が言った。
「まあね」
「じゃあ、もうすぐぅ?」
「来年だよ」
つまり一月以降。正直詳しい日付は教えると面倒な気がするので僕は黙る。
それを見越したように一笑は進士くんに視線を向けた。
「進士くん調べてよぉ」
「はぁ? めんどくさっ」
「ひっどお」
「あ?」
「だー! 喧嘩すんな二人とも!」
進士くんと一笑の関係は相変わらず。それをいさめる暗丘さんも相変わらず。
変わったことと言えば……。
「空。みかんおいしいぞ」
「それ僕の家のみかんね」
というような会話を八重子ちゃんとするようになったことだろうか。
あるいは。
「ちょっとガリガリ。近づくんじゃないわよ。あんたまずいんだから」
「ひどい言い草ではありませんかね。あの、鬼山さんこそ近づかないでくれませんか? 寒気します」
という会話をするほどに仲がわるい白塗沢さんと鬼山さんのやりとりがここに追加されたことだろうか。
いやいや、普通に考えたら、この部屋に鬼山さんがいて一緒にみかんを食べていることが一番おかしいというか。普通に怖い。
明らかにみんなの距離感が変わったし、もしかしたらそれが一番の変化なんじゃないかと僕は思う。
そんなことを思って、僕は鬼山さんをみる。
少し前までは、会うたびに拒絶反応のようなものもあったけれど、最近はそれもない。
というのも、彼女は今は長い黒髪をバッサリ切って八重子ちゃんほどの長さになっているし、髪も金色に……何度も言うようだけど金色に染めてしまって、別人のようになっているからまったく問題ない。
ついでに爪のネイルカラーはブルーになっている。色のチョイスが謎だ。
ただそのへん、どうやら管理人さんの指示らしい。
ちなみに、一笑の髪は今赤とピンクが混じったような色合いだ。曰く、彼女の前は黒髪だったそうで、それも管理人さんの提案で変えたそうだ。
色々最初から知っていたんだろう。
僕はそんな管理人さんとあっていない。
わざと会わないようにしているのかと思いきや、基本部屋から出てこないらしい。
いつごみを捨ててるのかも知らない。
もし人と会わないように試行錯誤しているのだとしたら、すごいステルス能力だ。うん。
「そういや表屋くん。最近バイト忙しいみたいだけど、どうした?」
暗丘さんに話しかけられて、思考の渦から抜け出すと、みんなの視線が僕に集まっていた。
苦笑いを返す。
なんで知っているんだ。とかそういうことはいまさらの話だ。
「いえ、クリスマスだったので忙しかったんですよ」
「あ」
「え?」
呆けた声を出したのは暗丘さんだ。
思わず問い返すと不思議と口を開けっぱなしにして、なんとも阿呆な表情をしている。
それから横をみると、驚いた様子の進士くん。白塗沢さん。八重子ちゃん。潔子さん。
僕と同じように、不思議そうに首をかしげているのは、一笑と鬼山さんくらいだ。
僕、何かへんなこと言っただろうか。
「クリスマスって……」
「はい?」
暗丘さんが言葉を繰り返す。
クリスマスでカフェも忙しかったし、パン屋もケーキを作ったりして大変だったのだ。
だから僕も忙しくしていた。でもクリスマスも過ぎて、ようやく僕は一息ついている。
まあ、これから正月もあるわけだけど。
「クリスマスってなんだ?」
爆弾発言を相変わらず落っことしていくのは八重子ちゃんだ。
驚きに視線が集中する。
またもや八重子ちゃんの無知……これは無知と言っていいのか不明だが。が出てきてちょっとどころかものすごく驚く。
そういえばこの子学校に行っているかも怪しいし。
一笑はさすが女子高生。「えー!」という悲鳴にも似た叫びをあげた。
「まってぇ、もしかしてみんなクリスマスしらないのぉ?」
「……知らないわけないだろ。忘れてただけで」
進士くんが口をとがらせてぼそぼそと言うのにあわせて、暗丘さんや潔子さんは深くうなずいて同意を示す。
白塗沢さんを見れば、すでに興味を失ったのか、みかんをむくのに必死になっていた。
僕的にはこの人が一番つかめない。
「じゃあさぁ。やらない? パーティ」
言うと思った。けど。
意気揚々と身を乗り出した一笑に僕は視線を向ける。
「もう年末なのに? まさか今、ここで?」
「うん」
うんじゃなくて。
正直言えばなんでここで。と思うのだけど、ほかの人の部屋って何があるかわからないしなぁ……。
「クリスマスか……やったことほとんどねーな」
と暗丘さん。
「俺も。めったにケーキとか食べないし? めんどくせーし」
同調するのは進士くんだ。
ケーキ。食べたいのかな。
「わたくしは元々クリスマスというイベントには興味がございませんので」
今度は潔子さん。
とにかくあれこれと言い訳をする彼らだが。
「八重子。クリスマスってやってみたい」
と八重子ちゃんが言うと、全員押し黙った。
なんだかんだ言って、なぜだか八重子ちゃんに甘いのがここの住人達だ。
「んじゃあ、ケーキ! スポンジと、生クリームとイチゴ! 買ってこようよ、空くん!」
「え。作るの?」
「だって、空くんが作るのが一番いいんでしょ?」
たしかに。人からもらったものは、食べたくないし。
一から作ったほうがいいけれど……。
「まてまて、表屋くんはいいが、お前は待機!」
「なんでぇ⁉」
「お前すぐ毒入れるだろうが‼」
と暗丘さん。
そうだった。ちょっと目を離した隙にそういうことをする子なんだ。迷惑にもほどがある。
「むぅ。でも一人で買い物はたいへんだよぉ」
「よし。俺がいく」
「オッサンがいなくなったら、鬼山を誰がとめるんだよ!」
と進士くんが焦ったように怒鳴るのをみて、僕も頷く。そうだそうだ。鬼山さんを残すのは不安だ。
「じゃあ、私が買い物いこうか? 甘いお菓子なら人間がいいけどねぇ」
少し枯れた低い声で鬼山さんが八重子ちゃんをじろじろ見ながら言う。こういうところは本当に鬼山さんが面倒臭い。
若い子が好みだからって見すぎ。
ていうか鬼山さんと二人で買い物は辛すぎる。
「だめぇ! 空くんと二人っきりにはさせないんだから! 潔子もだめだかんね!」
一笑の言葉に、面倒臭そうに「それでよろしくてよ」という潔子さんに僕は苦笑してみせる。一笑と喧嘩するのは面倒なのだそうなので、それを避けようとしたのだろう。
ふむ。しかしどうしようか。
「じゃあ、僕と……進士くんで?」
「ふっざけんな! 俺そんなめんどくせーことしねー!」
と僕の提案は一蹴される。
八重子ちゃんにはサプライズしたいからつれていくのはちょっと。
暗丘さん、鬼山さん、一笑、進士くん、潔子さんは連れていけないし。
てことは、消去法で……。
「白塗沢さん?」
ぎろりとにらまれる。
そんな顔されても……。
「じゃあ、表屋くん一人で行ってくればいいんじゃないか?」
あ、それ言ってほしくなかったやつ。
と僕は思ったけど、全員賛同したようにうなずいた。いや、唯一、一笑だけは不満そうだ。そんなに一緒に行きたかったのか。君が毒殺魔じゃなければ行けたかもしれないが、残念。
しかし、この寒空の下、僕だけ外に放り出そうだなんて無体だ。ひどい。しかもここ僕の部屋なのに。
と僕は思いながらも、僕はしぶしぶ立ち上がった。
その僕の裾をつかむ手があって見下ろすと、八重子ちゃんが「手伝うか?」と尋ねてきた。こういうところ、いい子だ。
やんわり断って僕は財布をとる。
八重子ちゃんにはサプライズしたいからね。厚意はありがたく受け取っておこう。さあて、買い物に行くか。さむいけど。
「それじゃあ行ってくるんで、大人しくしててくださいよ」
「やーんアタシもいきたいー」
「毒女はダメだって言ってるだろうが」
「その毒女っていうのやめてよぉ」
と再び喧嘩。
心配すぎる。僕は暗丘さんに視線を向けた。目をあわせて互いに頷く。なにかあったらお願いします。まかせろ。という無言のやりとりをして、僕は後ろ髪を引かれる思いで部屋のドアを開けた。
「いってらっしゃい」
複数人の声に僕はふりかえる。笑顔で振られた手にはにかんでかえし、僕は部屋をでた。
真っ暗で外は暗い……。
街頭がチカチカと明滅して、影が伸びたり縮んたりする。
歩き出せば、足音がもう一つ聞こえた気がした。
まぁ、いいか。
だって、僕はひとりじゃないし。
さて、どこのスーパーに行こうか。
「ねぇ」
彼が笑った。
僕も笑う。
影は一つ。
足音も一つ。
僕たちは、二人で一つ。
僕たちは小さく笑って歩き出した。




