57話 真実と事実
進士くんは、部屋の中で椅子に座っていた。
その表情はどうにも暗い。
けれど、僕が部屋に入るといつも通りの──小馬鹿にしたような表情に変わった。緊張していたのを隠しているように僕には見えた。
一方の僕は緊張を隠しきれていない。
それに気づいているのだろう、目の前に立つ僕に進士くんは苦笑する。
さらに深呼吸をする僕をみて、かれはニヒルに笑った。「覚悟はできてるらしいな」と進士君が言った。僕は小さくうなずく。
僕の反応に気を良くしたように彼は微笑んで、モニターに椅子を向け、そしていろんな資料をモニター上に映しはじめた。
モニターの画像や資料はものすごい速度で変わっていき、僕には何がなんだかわからない。同様にキーボードをたたく速度も早く、何をしているのだろう、と思いながら見つめるのでいっぱいいっぱいだった。
それが途中でピタリと止まる。
進士くんは回転椅子を回して再び僕に向かい合うと肩をすくめた。
「これが資料全部。でも結果はかわらねーよ」
と進士くんが唇を尖らせる。
モニターには古い新聞の写真や、どこかの週刊誌の見出しが並んでいた。
それを覗き込む僕の横で、進士くんは右に左にくるくると回転椅子を回して遊んでいる。
いや、僕にはそれが彼が考えている証のように思えた。
新聞には母が死んだときのことが数行だけ書かれていた。犯人は逃走中。
まさか、これだけが情報とは言わないよね。
そう思って進士くんに視線を向ける。
進士くんは大げさに肩をすくめてみせた。
「母親を山に捨てたやつがいるが、そいつは母親を担いでいった可能性があったらしい。だから大人の男の仕業と考えられた」
なるほど。確かに子供がやるとは思わないだろう。
「でも、死因は……」
「窒息死。だったらしいけど」
僕は顔をこわばらせた。
おぼえがある。あの夢のシーン。
首をしめたのは虚か僕か。
「首を絞めて人を殺すことは子供でも可能なのかな……」
僕の疑問に彼は顔を顰め考え込む。
「……うまくやれば、可能じゃないか」
うまく。つまりできないこともないということだ。
そうか、それなら、それじゃあ。
「僕が、やった可能性は?」
僕は恐々《こわごわ》と尋ねた。どうしようもなく不安で僕は目を逸らしてしまいたかった。それでもあえて進士くんの目をじっと覗き込む。
「……虚じゃなくてアンタ? どうかな……」
不思議そうに目を瞬かせた進士くんは、眉間にシワを寄せてうなる。
「うーん。虚なら可能って俺は思ったんだよね。虚の力は異常に強かった。この腕みればわかるだろうけどさ」
そう言って吊っている腕を僕に見せる。たしかに彼の手を折ったのは虚だし、聞けば白塗沢さんのことを押さえつけたり、暗丘さんとやりあったりしたという。聞いた話ばかりになるけれど、虚の力は人間離れして強い。ということなのかもしれない。
それが子供の頃からそうだったのなら、虚になら可能だったのかもしれない。
なら僕には?
「子供のころからそうなら、首を絞めることも可能だし、山まで捨てに行くこともできる。……すくなくとも捨てに行くのは虚じゃなきゃだめだと思うけど?」
たしかに、僕にはそんな力はない。
でも……。
「……捨てに、行ったことは、虚だとしても……首をしめて……殺す、のは……」
声が震える。
やがて、進士くんは考えこみながらつぶやいた。
やがて頷く。
「たしかに、親を殺したのは虚とは言い切れないかもな。むしろ虚じゃない可能性の方があり得るか?」
「どうして?」
「たとえば、弱い力で首をしめていた場合、うっ血のあとがでないことがある……逆を言えば、虚が首を絞めたのなら首に絞めたあとが出たはずなんだ。あいつ馬鹿力だったし、だからもしかしたら虚じゃなく……………」
そこまで言って、進士くんはハッとした様子で口を閉じた。そして僕へ視線を向ける。
僕は、彼が話している時から、ああ、そうなんだ。そうだったんだ。と諦めに似た感情をいただいていた。
正直言えばもう僕は漠然とではあるけれど、真実を知っているようなものだった。
それでも僅かな希望を捨てきれなかった。誰かに『お前じゃない』って言ってほしかった。だって、覚えがない。あるのは夢に見た光景だけなんだ。
でも、だめだった。
全身の血はすでにひいている。寒くてしかたない。
ああ、やはり、そうだったのか。
僕が母さんを殺したんだ。
ざわざわと胸が音を立てているようだ。
恐ろしい。
僕はきっと逃げたいだけなんだ。それも全てを虚になすりつけて、なすりつけたことすら忘れて、彼の存在が兄だと信じて。でも全部それが僕の逃げから始まった妄想だった。
全ての始まりはこれだったんだ。
母さんを殺したという事実からただ逃げていただけ──。
言葉もなく、ただうつむいて黙り込む僕に、進士くんは言葉を選ぶような様子で声をかけた。
「確証はないし。……でも実際そういう事例もなくはないんだよ……子供が首を絞めても、あとが残らないことはある……からさ」
「……うん」
罪悪感があるのだろうか、しどろもどろに言葉を選ぶ進士くんに、僕は小さくうなずき返した。彼も、母さんを殺したのは虚だと確信していたのだろう。
でもね、そうではない可能性があった。
そして今の会話で、彼は、殺したのが虚ではないという可能性に気づき、その確率が高いことを知った。
ところが、それを突きつけられた当の本人は、殺した自覚がない。
進士くんとしても気分は良くないだろう。
彼は落ち着かないのか、そわそわと僕をみる。
それが普段の彼と違いすぎて、なんだか奇妙な感じがした。
普段はとても淡々としていて何事にも動じない……ということもないけど比較的焦りとかの負の感情を感じさせないところがあるのに。
気にしてくれているのだろう。
気にするくらいなら鬼山さんに情報をわたさなければいいし、僕に虚の正体をつきつけるようなことしなくてもいいはずなのに。不思議な子だなぁ。
ふと、オトギリ荘の人々の顔が浮かんだ。
そういえば、毒島さん──一笑も、暗丘さんも、潔子さんも、八重子ちゃんも、白塗沢さん……は違ったけど、とにかくみんな僕のことを心配してくれていた気がする。
「ここの人は優しいね」
思わずそういうと、「はあ?」と進士くんが素っ頓狂な声をあげた。
「頭おかしくなった? いや。最初からか?」
「ひどいなぁ」
笑って僕は彼に言葉を返す。
気味悪そうに「変なやつ」という進士くんのそばで、僕はふと気配を感じて隣を見た。
そこに、虚が立っていた。
「虚」
呼びかけてみる。虚はこちらを見たけれど、なんだかとてもつらそうだった。
ごめんよ。
「僕が母さんを殺したんだね。」
虚はしばらく迷った様子で目を彷徨わせていたけれど、やがてコクリとうなずいた。
「また、同じことを僕がしないように、変わりに君が罪を犯してきたんだね。そうして僕が罪を侵さないようにしてきてくれた。そうだろ?」
虚は再びつらそうに顔を歪めて、目を閉じた。
僕はそれを肯定とうけとって、うなずく。
「僕は、虚がいないと、母さんのときと、鬼山さんのときと、同じことを繰り返すのだろうか」
ささやくと、虚はこれに小さく首肯を返した。
そっか。それなら僕は……。
ごめんよ。虚。
虚は、薄く笑って首を振った。
「構わない」そう彼は言ってくれた。
──ありがとう。
「表屋?」
進士くんの声に、僕は再び虚から視線をそらした。
僕を困惑した様子で見上げる彼に薄く微笑む。
「大丈夫。ありがとう進士くん」
僕がそう言ってニコリと笑いかけると、彼は身を引いて一言「気持ち悪」と言った。
まったく、ひどいなぁ、もう。
そう思うだろ? 虚。
僕の隣で、虚が微笑んで小さくうなずいた。




