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54話 夜が明けて



 腹部の痛みに目が覚めて、僕は上体をおこした。

 暗丘さんから渡された薬を飲んで、ゆっくりと体を動かす。じわじわと痛みが治まっていくのを感じて僕はようやく立ち上がった。

 カーテン越しに入ってくる光がまぶしい。外、晴れてるんだ。そう思ってカーテンを開ければ、予想通りの晴天があった。


 あの殺伐とした夜が明けたんだ。そう思えば、すこしだけほっとしてしまう。

 まるで、すべてが嘘か夢だったみたいだ。

 まさかそんなことがあるはずもないのだけど。

 嘆息して、僕はいつも通りごみをまとめて、部屋の外に出る。そういえば昨日はあちこち血だらけだったみたいだけど、どうなったんだろう。

 まさか一夜でどうにかしたとも考えられない。どんな悲惨な状況になっているだろうか……。

 

 って思ったのだけど。

 

 血がついていた白塗沢さんの部屋の扉もきれいになっているし、潔子さんの部屋も同じ。

 部屋の中はどうなっているかわからないが、まるで何もなかったかのようにまっさらなオトギリ荘があった。

 本当に夢だったかのようじゃないか。

 僕は深呼吸をしてみる。すがすがしい空気だ。不思議な気持ちで僕は空を見上げた。もう、すべて夢だったらいいのに。

 なんて、思った僕をあざ笑うかのように、ごみを捨てて帰ってきたところで、ちょうど階段のそばで、白塗沢さんと遭遇した。

 片手を吊って、頬や指先まであちこち治療の跡がある。


 夢じゃないよね、そりゃあ。

 僕は若干げんなりした思いで彼に話しかけた。

 

「大丈夫なんですか?」


 おはようございますより、先にそんな言葉をかける。

 彼は潔子さんより重傷だったはず。と言っても腕の肉がごっそり持ってかれたくらいだけど……。ってその程度って思っていいのか、僕にはよくわかんないな。僕刺されてるしな。

 ともかく白塗沢さんが平然とした様子で立っていたから、僕は思わず尋ねる。

 白塗沢さんは眉を寄せた。


「これが大丈夫に見えますか? ボクは痛いのは苦手なんです」


 それは申し訳ない。

 いや、得意な人もいないと思うけど。


「だいたいこれでは満足にコーヒーも飲めませんし、コレクションを直す暇すらありません。部屋がめちゃくちゃになってしまいましたカラ」


 なんのコレクションだろう……。彼が肩をすくめるのを眺めながら僕は苦笑いを返す。この人のことは相変わらず良くわからない。


「そういえば聞きましたか? 表屋さん」


「なんですか?」


「彼女、鬼山真澄きやまますみさんというそうですよ」


 きやまますみ。


「えっと、誰です?」


 唐突な話題に驚いて尋ねると、不思議そうな顔をして白塗沢さんが視線をオトギリ荘の二階に向けた。そこにあるのは203号室。

 そして再び僕のほうをみる。

 ああ。


「昨日の人……」


「そうです。ボクをかじった人ですよ。あの人にかじった理由を聞いたらなんと言ったと思いますか?」


 興奮した様子の白塗沢さんが僕のほうに詰め寄ってきた。

 至近距離で鼻息荒く彼が僕に「なんて言ったと思います?」と再び聞いてくる。

 し、知らない。と慌てて首を振ると熱のこもった声で。


「味見ですよ。味見。ボクがおいしいか味見したっていうんです。味見でかじられたらたまりません」


 いや、味見だろうがなんだろうがかじられたらいやだけど……。

 ていうか、かじるって、味見って、いったいなんだそれは。なんのためにそんなことするんだ。……味見か。……いや。わけわからん。


「しかもまずかったとかいうのですよ! ボクは彼女のような美学のない人は嫌いなんです」


「はあ」


 美学? 何の話?


「だいたい刃物で切り刻んで食べるだなんて、死体の完成度が低くなります。そういう無粋なことが好きな人がいるなんて、嫌な話です」


 まったくわからない。

 死体? この人何言ってるんだろう。


「あの、白塗沢さん……言ってる意味が……」


「え? ……ああ、そうでしたね。表屋さんは知らないことでした。話したのはお兄さんのほうでしたね」


 と彼は言った。

 兄のほう。

 虚は彼についていったい何を知っていたのだろう……。


「それに──暗丘さんから聞きました。あなたもまた、同じなのだそうですね」


「同じ?」


「あなたのお兄さんと」


 言われて、僕はそうだろうかと首をかしげる。

 そしてすぐにそれが僕の本性がいかに恐ろしいか。それを指していると気づいて、僕は顔をひきつらせた。

 そして次に思ったのは『虚はそんな狂った人間じゃない』ということだった。

 

 はっとして僕は顔を伏せる。

 事実、虚は殺人犯だ。なのに今、僕は虚のことをかばった。たしかに、僕は人を殺した彼をかばったんだ。


 思わず手を口元に持っていく。妙な声が漏れてしまいそうだった。

 白塗沢さんが僕を見つめながら薄く笑う。


「多くの女性を殺してきたのは、本当にお兄さんなんですか?」


 ギクリと肩を揺らす。

 それは……。

 それだけは、僕が一番はっきりさせることを怖がっていることだ。


「あなたの母親を殺したのも、どちらなのか……」


 僕は何も言えなかった。 

 言えるはずもなかった。

 どちらも今の僕にはわからない。知るすべがない。


「……わからないんです。それを虚に聞きたいけれど、会えないから……」


 振り絞るように、僕はそう告げる。


「虚さんに会わなくても、方法はあるではないですか」


「え?」


 さらりと彼は言った。

 僕ははっと顔を上げる。方法?

 そんなものあるだろうか。確認する方法なんて……。


「知りたいことがあるなら、情報屋に頼んでみればよいのです」


「それって……」


 ふと思いだす。そういえば、僕がかあさんを殺したんじゃないかって話も、最初に教えてくれたのは確か……。


「進士くん」


「ええ、そうですよ。彼は凄腕の情報屋なんです」


 白塗沢さんの言葉に茫然とする。

 初耳だ。



 ◇ ◇ ◇



 その日、僕は進士くんの部屋を訪れた。

 僕の依頼に、彼は予想外にも笑って快諾してくれた。ちょっと、不気味だ。


「じゃあ。お願いしていいんだね」


「しつけーな。いいよやっといてやるって。ただし、菓子と金わすれんなよ」


「そんなに出せないけど……」


「有り金全部出せとか言ってないだろー」

 

 と彼はそっけなくこちらを見ずに、モニターに向かったままそういった。

 後ろ手に手を振って僕を追い出す。

 なんだかなぁ。適当だなぁ。

 がめついと聞いていたんだけど、意外過ぎる。どうしてしかも追い出すような感じなのか。不思議だ


 僕は彼の部屋を出た。ギイィと音がして扉が閉まる。オトギリ荘の扉ってちょっと丁番が古い気がする。

 薄暗い廊下を歩きながらそんなふうに思っていた僕は、階段に差し掛かる少し手前で動きを止めた。前に進めなくなる。

 脚が見えた。はっと息を詰める僕の前にぼんやりと人影が浮かぶ。


「こんばんは。表屋空くん」


 黒髪の女性が、廊下に立っていた。


「あ……」


 嫌な何かが僕の中に流れてくる。

 それは恐怖なのか、よく、わからない。


「あなたは……」


鬼山真澄きやまますみ。よろしく」


 その人は、うわさのカニバリズムの人。

 先日僕たちを殺そうとした人で、そして。


 僕が殺しそうになった人だった。

 




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