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43話 虚のいない302号室



「あなたが否定したからですよ」


 打ちひしがれる僕に、潔子さんはそう言った。




 あれから、虚は現れなくなった。

 そうなってみて初めて、本当に存在しなかったということを知った。

 使った形跡のないあらゆるものが僕の部屋にはある。どこに外出していたのかすら知らない兄。いままで、どうやって存在を信じてきたのか。それすらもあいまいだ。

 潔子さんが言うには、虚は消えたのではない。

 僕が兄の存在を否定したから現れないだけ。という。

 本当に、まるで幽霊みたいだと僕は思った。


 そうして現れなくなると、まるで暗闇に取り残されたみたいに感じた。

 うまく言えないけれど、何かを失ったという焦燥感。不安。困惑。それらが押し寄せてきて、たまらない。


 僕達は僕達ではなかった。


 僕は僕で、虚も僕で、二人なんて存在しなかった。

 それを僕は気づいてしまった。

 気づかなければよかっただなんて、思えない。思ってはいけない。


 ──人を殺したという。


 女の人を、虚が。僕はそれを知らなかったけれど、殺したのは虚で、虚は僕で……。

 僕は人殺しなんだ。


 自首すべき? 自覚もないのに? そんなことを考えて、気づけば何日もたってしまっていたのに……僕は相変わらず普通に学校に行き、バイトに行っている。

 まるで何事もなかったかのように、普通に。

 

 唯一の問題があるとすれば、夜眠れないということ。それだけ。

 それだけが、僕が虚を見失って起きた弊害で、唯一僕が普通に人間としてショックを受けているという事の証拠のように思えた。

 それだけが、僕がこの手で人を殺してしまったという事実に打ちひしがれているという証拠のように思えた。

 


 部屋にこもっていると、窓をたたく雨音がした。


 止まない梅雨の音。

 この音には覚えがある。

 ずっとずっと昔のこと。一人で眠れない夜。

 そばにはいつも誰かがいて。僕はいつも彼にすがっていた。


 『うつろ』と呼べば。『何?』と答えは返ってきた。


 『ここにいるよ』という変わらない答えがいつも、いつだって返ってきたんだ。


 なのに。

 今はいない。僕の隣には誰もいない。

 僕たちは二人で一人だったのに。


「ここにいて。そばにいてよ。僕のヒーロー」


 囁いてすぐに唇を噛みしめる。

 そんなこと、望んではいけないんだ。

 だからぼくは今日もこの言葉を口にする。


「僕にはもう、虚は必要ない」



 ◇ ◇ ◇




毒島ぶすじまさん」


 オトギリ荘の朝。

 このアパートにすがすがしい朝というのはどうにも似合わないけど、同じく似合わない人に呼びかけられて、アタシは足を止めた。


 相変わらず白いタートルネックに、黒くてきれいな髪が映える、美人管理人さんの渦道隠うずみちかくれさん。

 男だけど。が、めずらしく101号室の外に立っていた。


「あれぇ? 外にいるなんて珍しいねぇ、かくれさん」


 めっずらしい。 

 いつも部屋の中にいるのに。外で会ったのって初めてかも。

 土曜日のごみ捨ても終わって、今から家に帰ってのんびりしようと思ってたのに、隠さんはアタシを待ってたのかな……。

 だったらしかたないなぁ。無視するわけにいかないじゃん。で、なんだろう急に。


「どしたの? なんか用?」


「最近、盛り上がっているようですねぇ」


 その一言に、アタシはわかりやすく固まっちゃった。

 しまった。と思ったけどもう遅い。隠さんがにっこりと笑う。


「やはり毒島さんも一緒でしたか。事の中心は──表屋さんですね」


 なんて核心をついてくる。


「……騒いでごめんなさーい」


「いいんですよ。部屋を壊したりしなければ、誰が誰を呪っても、誰が誰の腕を折っても、毒リンゴを渡しても一向にかまいません」


 と、こないだの夜のことを見てきたように言う。

 むう。怖い人だ……。


「部屋は、壊してないよ」


「ええ。ですから大丈夫ですよ。ただ――」


「ただ?」


 続きの言葉が来ない。なに? ただ……何よ。

 ただ次やったら許しません。とかそういう? だから何も汚してないし、壊れてもいないんですけど!

  隠さんは腕を組んで、101号室の扉によりかかる。

 見た目がかっこいいからそれも様になってるけど、それどころじゃないのよ。本当に何言いにきたの?


「いえ、実はですね、空いている部屋がもう一つありまして、そこに入居する方が決まりました」


「へ?」


 ああ、そうなんだ? それで?


「今回も少し特殊な……いえ、癖のある方ですので、できればお静かに」


 と隠さんはアタシに向かってほほ笑んだ。

 また胡散臭い。

 それにしても、今までそんな風に言ってくることなかったのに。やっぱりなんか変な気がする。


「いつもそんなにうるさくしてないと思うけど」


 と、とりあえず文面通りに受け取ってみる。

 すると隠さんは小さく苦笑した。

 

「それでも。くれぐれも目立たないようにお願いしますよ」


 っていわれてもなぁ。

 アタシがうるさくするんじゃないもんなぁ。

 こないだのだって、八重子がへんなことしなきゃよかった話でしょ。空くんかわいそう。

 ん? ちがうのか、空くんが発端なのかな?

 てゆうか、空くんが二重人格なのが発端? でも空くんにとってはお兄さん……。なんかかわいそうかも。

 空くん。大丈夫かなぁ。


「ほかの皆さんにもお伝えいただけますか?」


「え! やーよ。仲良くないもん」


 そこまで言って、やっぱり空くんのことが思い浮かぶ。空くんは、仲良い、のかな。だってそういえばアタシ、空くんにはあんまり邪険にされてない気がするもん。

 いつも普通に? 接してくれるし。

 こないだから会ってないから、様子も気になるし……。


「そうね、空くんには伝えとく」


「おや、そうですか?」


 意外そうな顔をされて、アタシはちょっと不服だけど……。まあいいか。それよりアタシはすぐにでも空くんに会いに行かなきゃね。


 じゃあね。と一言告げてアタシは隠さんに背中をみせる。警戒とか知らない。とにかくやりたいことをやる。それがアタシなんだから。



 階段をいつものように駆け上がり、3階にたどりついたところで、アタシは一瞬迷う。

 部屋にリンゴを取りに行くかどうか……。ううん。いいや、今日は殺したくて行くわけじゃないもん。隠さんの伝言を伝えるために行くんだもん。

 ついでに様子を見に行くだけだもん。


 なんか、へんな言い訳でもしてるみたい。

 そう思いながら、アタシは空くんの部屋にいくことにした。

 あの日から、彼はどうなったのだろう。

 アタシはなるべくいつもどおりの表情を作ってチャイムを鳴らす。


 しばらくして扉が開いてから、アタシは笑顔をつくっていつものセリフを言った。


「おはよう! 空くん、リンゴ食べる?」






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