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懺悔室の神父さん

懺悔室の神父さん Ⅵ

 懺悔、それは過去に行った事が罪だと気づいた者が神仏に告白する行為。

 今宵、既に日は落ち静かな波の音だけが耳に届いてくる時刻、この教会へと新たな子羊が来訪した。


 その人物とは……


「私は……ザスタリス王国第一王妃、アーライア・ザスタリスと申します……」


 既に漁師達も仕事の後の一杯を終え、自宅で眠っている真夜中。

 遠く離れた地の大国、ザスタリス王国の姫君が来訪した。それだけでも驚きだが、アーライア姫君と言えば……


「それはそれは……遥々ようこそおいで下さいました。して……サラスティア姫君の姿が見えないようですが……」

 

 そう、かの転生者、サラスティア姫君がベタ惚れだった人物だ。

 サラスティア姫君によってフィアンセを奪われ、その腹いせにステーキハウスで大食いチャレンジを強行したアーライア姫君。そのせいで、姫君は国民から小ぶりなハムスター……略して小ハムと呼ばれる程にぽっちゃり目になってしまった。


 しかし以前サラスティア姫君と話した時は……ダイエットは成功したと聞いていたが。

 今現在、アーライア姫君は再びぽっちゃり目になっていた。懺悔室の薄い壁で隔てられた向こう側に、ぽっちゃり目な姫君……小ハムが鎮座している。


「今日は……サラスティアは居ません。彼女には黙って出てきてしまいました」


「そうなのですか。何かあったのですか?」


「はい……今宵はその事で神父様に聞いて頂きたい事があるのです」


 つまりは懺悔の内容。

 そうか、恐らくサラスティア姫君と喧嘩でもしてしまったのだろうか。

 彼女はその時に犯した罪を私に告白しにきたのだ。しかしそれは罪と言うのだろうか。喧嘩の切っ掛けなど、大抵の場合互いに原因がある。直接的でなくとも、日ごろ積もりに積もった物が爆発してしまう事もあるのだから。


「わかりました。では迷える子羊よ、己の罪を告白なさい」


 私はお決まりのセリフを、アーライア姫君へと。

 すると姫君は何やらガサゴソと袋を漁りつつ……っていうか何か咀嚼音が聞こえてきた。


「実は……んむっ、私は……はむっ……」


「あの、出来れば教会内での飲食は控えて頂きたいのですが……」


「はっ、失礼しました。つい癖で……」


 成程、大方読めてきた。喧嘩の原因はこれか。

 以前、サラスティア姫君はダイエットは成功したと言っていた。しかし今アーライア姫君はぽっちゃり目に戻ってしまっている。恐らく我慢できずに食事を続け、リバウンドしてしまったのだろう。ちなみにリバウンドとは、転生者達の世界での言葉だ。確か……復活という意味だったか。


「実は……先日、私とサラスティアでザスタリス王国の街を散歩していた時、残酷な出来事が起きてしまったのです」


「残酷な……? それはどのような?」


「私はその時、ダイエットに成功しぽっちゃり目ではありませんでした。ナイスバデエな体を取り戻していました」


「バデエ……? あぁ、はい、それで?」


「街を散策している時、とてもいい焼き菓子の香りに惹かれて……一件の御菓子屋さんに入ったのです」


「成程。それで残酷な出来事というのは……」


 アーライア姫君は一拍置くと、我慢出来なかったのか一口御菓子を口に。

 飲食禁止や言うとるやろ、という言葉を飲み込みつつ、私は返答を待つ。


「神父様は……転生者、という者をご存じですか?」


 ゾクっと背筋に寒気が。転生者、知らぬ筈が無い。私はこれまで、何人もの転生者のドタバタに巻き込まれてきた。つい先日も。


「その御菓子店は、その転生者の方が経営されているお店でした。なんでもこちらの世界に転生する以前、お菓子の作り方を習っていたとかで……」


「成程……かつての知識を生かし、こちらの世界で商売していると言う事ですな」


 エンリさんが目新しい服を次々と生み出しているのと同じく、その転生者は御菓子を制作していると。

 そのくらいの転生者なら無害……いや、むしろこちらの世界に新しい風を生み出してくれる有意義な存在だ。


「サラスティアはその店主が転生者だと気づくと、すぐに意気投合して……私には分からない言葉で話し出したのです」


 それは恐らく“日本語”という物だろう。転生者達が前に居た世界で使っていた言語だ。


「私はしばらく二人の会話を聞いていました。しかしさっぱり意味が分からず、蚊帳の外だったのです」


「まあ、それは仕方ないですな。久しく会えたかつての友というのは……恋しい物です」


 キズナとエンリさんも、楽しそうに会話していたし……


「ですが小一時間……いえ、もっと……私はずっと放置されっぱなしで……だんだんイラっとしてしまい……」


「それで……サラスティア姫君と喧嘩に?」


「いえ、その時はまだ……。ただ、お店の御菓子を少し摘まみ食いしたら……この体型に……」


 いやいやいやいやいや、絶対少しじゃないだろ。どれだけ食べたら体型が変わる程……いや、どれだけ食べようとも無理だ。即座に体型が変わるわけが無い。もしやこの姫君、特殊な体質を……。


「ダイエットが成功する前の体型に戻ってしまった私を見て、サラスティアは驚きのあまり……こう言い放ってきました。あれ? タイム風呂敷でも使ったのか? と」


「良く分かりませんが……とりあえず驚くでしょうな。いきなり体型が戻ったら……」


「はい……。でもとても美味しいお菓子だったので……それに食べれば食べる程、幸せな気分になれて……最高でした。正直悔いはありません。あるとしたら、ダイエットに付き合ってくれたサラスティアに申し訳ないという気持ちだけで……」


「成程……。それが貴方の懺悔ですか」


「いえ、実はこの話には続きがあって……」


 何、まだあるのか。


「先程、サラスティアと喧嘩になったと言いましたが……私は心無い言葉を彼女に投げかけてしまったのです。正直に言って、あの子は完璧です。男女問わず誰もが見惚れる程の美貌の持ち主で、しかも誰も敵わない程の強さを持ってて……私は彼女が疎ましかった。日頃お世話になっている彼女を、私は妬んでいたのです」


「それは……致し方ないでしょう。人間は誰もが、自分の持っていない物を持っている他人を疎ましく思います。私もそうです。私にはこれといった才能が無かった。強いて言えば他人に少し優しくできるだけで、神に仕える身となったのも……正直流れとしか言いようがありません。しかし後悔はしていません。私が一歩づつ歩んできた結果が、今の私なのですから」


「神父様……言葉もありません。私は彼女に本当に酷い事を言ってしまって……今になって私は後悔しているのです」


 一体……どんな事を言ってしまったんだ、この方は。


「私はサラスティアに……こう言ってしまったのです」




『貴方に私の気持ちなんて分からないわ! どれだけ食べても太らない貴方に、私の気持ちなんて! 私はかつてのフィアンセに捨てられてからという物、食べる事でしか自分を慰める事が出来ないのに! 食べて食べて太って……もういいのよ! 放っておいて! 完璧な貴方に私の気持ちなんて分からないわ! 私はこのまま醜い姿のまま、誰にも愛されず孤独な人生を送って……世の中を恨みに恨んで世界を滅ぼしてくれるわぁ!』




「と、言ってしまったのです」


 成程、とりあえず世界を滅ぼすのは勘弁して頂きたい。

 実際アーライア姫君にはそれが可能だ。彼女自身、ただぽっちゃり目な可愛いお姫様だが、サラスティア姫君はそんな彼女にベタ惚れしている。そんな彼女が世の中を恨みに恨んで……世界を滅ぼしたいとか言い出したら、実行に移すかも……って


「あ……もう言ってるやん」


 思わず素で反応してしまう。

 いやいや、流石にあのハチャメチャな転生者であるサラスティア姫君でも、そんな世界を滅ぼすなんてことは……。


 


 そして後日、私はとんでもない事態に巻き込まれる事となった。





 ※





 「神父さまぁ! お助けください!」


 アーライア姫君が来訪した数日後、久しぶりにこの世界の神様が教会に駆け込んできた。

 一体何だ、また厄介な転生者絡みか? 懺悔室は胃痛の薬ではないと何度言ったら……


「そんな事言わずにぃ! 大変な事態なのです! あのサラスティア姫君が……ついに本性を露にし、暴れ出してしまったのです!」


「……は? 一体何の話を……」


「彼女は……完全にダークサイドに落ちてしまったのです! 黒い甲冑に身を包み、シュコー……シュコーと荒い息遣いを響かせながら兵を率いて、この世界を蹂躙しようとしているのです!」


「お、落ち着いて下さい、あのサラスティア姫君が? 何故そのような……」


「彼女の主張によると……愛する人が世界を滅ぼしたがっている、だから私は剣を取ったと……」


 その時、私の脳裏に蘇るアーライア姫君の言葉。


『この世を恨みに恨んで……世界を滅ぼしてくれるわぁ!』


 ま、まさか……本当に?! サラスティア姫君はアーライア姫君の言葉で世界を滅ぼそうとしていると言うのか?!


「神父様! どうかサラスティア姫君を止めてください! それが出来るのは貴方だけなのです!」


「一体何故そんな結論に……! 貴方神様でしょう! 貴方こそ何とかするべきでは?!」


「無理ですぅ! サラスティア姫君はどうやったか知りませんが、自国、他国を問わず腕利きの人間を数万単位で洗脳し最強の軍団を作り出してしまったのです!」


 それはまさか……チート能力か?

 しかしサラスティア姫君は、その自身の美貌と強さ自体がチートだった筈だ。そんな洗脳する能力など……


「それについては私が説明致しましょう」


 その時、新たな来訪者が。

 泣きわめきながら私に詰め寄ってくる神様をどかし、その人物は私の前へと。まるで厨房に立つシェフのような恰好をした少女。何処か甘い匂いが漂ってくる。


「あ、貴方は?」


「私の名はディーゼ。転生前の名は久遠と申します。製菓科二年、出席番号十五番、好きなお菓子はどら焼きです」


 ん?! 転生前って……まさか


「転生者?!」


「その通りです。私はザスタリス王国でお菓子店を経営していまして……先日来訪されたサラスティア姫君から、とある注文を受けたのです」


「……注文?」


「はい。それは……サラスティア姫君に対し、忠誠を誓うお菓子を作って欲しいと」


 私と神様は顔を見合わせ、首を傾げる。

 一体……何が起きているのだ。お菓子で忠誠を誓うとは一体……。


「私のチート能力は……御菓子を食べた人を幸せな気分に浸らせる事が出来る力。些細なチート能力ですが、使い方を工夫すれば洗脳にも使えるかと……。サラスティア姫君は、お菓子を食べて幸せな気分に浸れるというのを、自分に仕える事でお菓子が貰える、イコール幸せ、というのにすり替えたのです」


 つまりサラスティア姫君の軍勢は御菓子中毒に陥っているという事か!

 

「それを解除するにはどうすれば?!」


「既に供給は絶っています。私が作らなければいいのですから。しかしサラスティア姫君は既に軍勢を従え、世界を滅ぼすべく出立してしまいました」


 何と言う事だ。どうすればいい? 一体どうすればサラスティア姫君を止められる。

 

「お困りのようですね、神父様」


 その時、港町に集う転生者達が私の目の前に現れる。

 

 自分の兄の嫁を寝取った魔王。


 巨大ワニを従え、街の警備をする聖女。


 闇を自在に操り、漁師として働く元お嬢様。


 彼らが私の元に集ってくれる。


「貴方達は……まさか、サラスティア姫君を止めてくれるのですか?」


「当たり前でしょう、川瀬は俺の親友です。親友が暗黒面(ダークサイド)に堕ちたと知って、放っておくわけにはいきません。っていうか魔王は俺だし」


「私も同意見です。川瀬さんにはワニをテイムして貰った恩があります。彼が道を間違えたというのなら、それを教えてあげる事も恩返しだと思います」


「……ぶっちゃけ私は恨みしかないんだけど。まあ、いい港町を紹介してもらった事には感謝してるし」


 三者三様に、サラスティア姫君への思いを告げる。

 何と言う事だ。こんな頼もしい若者達が、この世界を、サラスティア姫君を救うべく立ち上がろうとしている。


 それに比べて……


「はぅぅぅぅ、神父さまぁ……その軽蔑の眼差し、クセになりそうですぞ」


 この世界の神様は如何な物か……。


「……まだ居たのですか、神様」


「ひぃ! だって、だって……サラスティア姫君が本気になると私でも手が出せないというか……。なら私はアーライア姫君を救いに行きますぞ! 私の本気、神父様に見せてやりますとも!」


 ……?

 アーライア姫君? ちょっと待て、救うって一体何の事だ。


「いえ、実はアーライア姫君は……自分のせいでサラスティア姫君が暴挙に出たと思い、再びダイエットロードの旅に一人で……。その途中で転生者を中心とする盗賊団に誘拐されましてな。彼女は私が救い出しますぞ!」


 一瞬、思考が追い付かなくなる。

 アーライア姫君が誘拐された? それも転生者を中心とした盗賊団に?


 まさかその盗賊団とは、先日耳にした……鼓動する心臓は美しい(ブレイングハート)では?!


「おや、既にご存じだったとは。流石は神父様、そのご慧眼、感服致しま……」


「何故にそれを今さら言うのですか! さっさと助けに行かんかい!」




 ※




 神様の話によると、アーライア姫君が誘拐されたのは、先日教会を訪れ、その帰りにグランドレアへ御忍びで来訪された時だと言う。


 グランドレアへ滞在中、アーライア姫君はサラスティア姫君が暴挙に出た事を耳にし、自分が心を入れ替え痩せる事が一番の近道だと悟ったという。


 しかし、いざダイエットロードへと出たアーライア姫君は、あろうことか転生者を中心とする盗賊団に誘拐されてしまった。


 急ぎ私と神様、それにキズナの三名でアーライア姫君の救出に赴く。

 

「ここが……その鼓動する心臓は美しい(ブレイングハート)の本拠地ですか」


 グランドレアの山岳地帯、その巨大な洞窟の前へとやってきた私達三人。

 ここまで私達は、神様の瞬間移動でやってきた。キズナは瞬間移動時の感覚で酔ってしまい、再び修羅場を迎えていた。


「大丈夫ですか、キズナ。リヴァイアサンに乗った時といい……貴方は酔いやすいのですね……」


「うぅ、船は大丈夫なのにぃ……」


 ん? リヴァイアサン? そういえば彼女はどうしたのだ。さっき港町では見かけなかったが。

 いつもなら漁師達と一緒に戯れているんだが。


「キズナ、リヴァイアサンはどうしたのですか? 彼女を見かけませんでしたが」


「あぁ、あの魚は……サラスティア姫君の下僕なので……物の見事に向こう側の軍勢に加わりました」


 なんだって。まあそりゃそうか……。たしか転生前はサラスティア姫君に恋をした少女だったと言うし……。


「もう大丈夫です、神父様。さあ、アーライア姫君を助けに行きましょう!」


 復活したキズナは元気よく洞窟の入り口へと向かい、先行して歩み始める。

 しかしその瞬間、その体に勢いよく巻き付く鎖が!


「ぎゃぁぁああ! いきなり何?!」


 あの鎖は! まさか先日……あの保母志望の男が使ったチート能力?!

 鎖に縛られ地面に倒れるキズナ。すると洞窟の奥から、黒いマントを羽織った人物が出てきた。

 見るからに盗賊という風情の男。その手には鎖が巻かれており、何処か不気味な黒い光を放っている。


「堂々とした侵入者だな、オイ。っていうかアジトの入り口で吐くとか……。なんだお前等。爺さん二人に若い女の組み合わせなんて珍しいな」


 その時、キズナは自身の闇で鎖を切断。そのまま男へと闇をかぶせるように展開させる!

 しかし男はその闇をいとも簡単に避けた。まるでキズナの能力が何であるか分かっていたかのように。


「そうだ、思い出した。そっちの爺さん、あんた神様じゃないか? と言う事は……この女はチート能力者か。まあ、闇を操る時点で決定だが」


「あ、あんた何よ! 何処のどいつ?! 私は二年普通科の柊! あんたもプライバシー情報提示しなさい!」


「やなこった。というか柊? あぁ、あのいつも図書館で本の虫になってたチビか。あの根暗が随分活発になったな」


 男は再び鎖を展開させる。今度は縛る為では無く、我々を滅多打ちにするつもりなのか、両手に幾重にも鎖を握り締めた。それを見たキズナも闇を展開させようとするが


「柊、お前の夢は叶ったのか?」


「は? 一体何……」


「お前の小学生の時の卒業文集に……将来はお姫様になりたいって書いてあったよな」


 瞬間、キズナの闇が消えうせ、そのまま硬直してしまう!

 

「な、ななななな、なんで……ナンデソレヲ!」


「すきありぃー!!!」


「ぎゃぁぁああ!!!」


 あぁ! キズナが一瞬で鎖に囚われてしまった!


「その鎖を切断してみろ! お前の卒業文集で書いた事を……一字一句正確に読み上げてやるわ!」


「や、やめてぇ! っていうかアンタ! もしかしないでも図書委員の根村でしょ! 芸能科二年の!」


「その通りだ! 図書室にお前の小学校の卒業文集があった時はビビったぜ! 思わず家に持ち帰って全て丸暗記する程に読み漁った! まさかそれが今役に立つとはなぁ!」


 なんという事だ! よく分からんがキズナの力が封じられてしまった!

 こうなれば神様になんとか……


「良いでしょう、神父様、たまには私もカッコイイ所を見せなければ」


 神様が一歩前へ。それを見た鎖男……根村君は神様を睨みつけつつ


「オイ、神様。あんた忙しい忙しいって言いながら、超適当に俺達のチート能力を割り振ってたよな。特に今噂のサラスティア姫君……そして俺達のリーダーにも……」


「ギクゥ!」


 おい、なんだ今のあからさまな「ギクゥ」は。

 まさか……この神様、この盗賊団のリーダーにもとんでもないチート能力を……。


「まあ、そのおかげで俺達は好き勝手出来るんだけどな。おい、そっちの神父みたいな恰好した爺さん。知ってるか? 俺達のリーダーのチート能力は……」


「わーわーわーわー! いわないでー! マジで軽蔑される! ホントに軽蔑されるから!」


「だったら大人しくしてろ」


 そのまま、ハイ……と縮こまってしまう神様。

 おい、待てコラ。一体貴方は何をしでかしたので?


「はぅぅぅぅ、神父様……どうかそれだけは御見逃しを……あぁ、神よ、お助け下さい……」


 神はあんただろうに。

 というか完全にこちらの戦力が押さえつけられてしまった。

 私はただの神父。勿論戦う術など……


「さあて、じゃあ三人とも大人しく捕まってもらう。クックック、ちょろいもんだぜ」


 そのまま我々三人は捕まってしまう。

 もうこうなれば……祈るほかない。神様にではなく、あの若者達を。

 

 今更ながら自分の無力を痛感させられる。今頼れるのは、転生者と呼ばれる……あの若者達だけなのだと。




 ※





 洞窟の奥深くへと連行された私達。

 そこには十数名の、皆一様に黒いマントを羽織った男女が。

 

「おい、大物を捕まえてきたぜ。なんとこの世界の神様だ」


 根村君がそう言い放つと、盗賊団のメンバー達は驚きつつも拍手喝采。

 するとリーダーらしき人物がマントを脱ぎ捨てた。その人物は黒髪長髪の、美しい女性。

 

「神様、お久しぶりです。こんな汚らしい場所へようこそ」


「……! あ、あんた! 進学科の……なんで見た目そのままなの?!」


 その時、キズナが声を荒げた。どうやらリーダーらしき人物を知っているようだ。


「あらあら、話は聞いてたわ、柊さん。随分可愛らしい姿になったのね。よっぽど転生前の自分が気に食わなかったのかしら? 私は結構好きだったんだけど。リスみたいに可愛らしくて、いつも本ばかり読んでて……」


「ちょっと! 質問に答えなさいよ! なんであんたはそのままの姿で……」


「それは簡単よ。私はこのままの姿が一番美しいの。両親に美しい姿で生み出された私は、神様にこのままの姿で転生させてほしいって頼んだの」


 ……?

 確か根村君は……リーダーにとんでもないチート能力を神様が授けたと言っていたが……。

 一体どういう事だ? その願いで何故トンデモなチート能力を授かる事が出来るのか。


「フフ、そっちの神父様の事は私も知ってるわ。だってずっと見てたんだから。厄介な転生者に絡まれて大変だったでしょう?」


「い、一体何を……どういうことですか? ずっと見ていたとは?」


 リーダーらしき女性は、指をパチンと鳴らす。すると我々の鎖が解除された。

 しかしキズナも神様も大人しい物だ。よほどそれぞれの弱みを言われたくないのだろう。


「神父様、神様の手前、私のチート能力をお話する事はできません。約束は守る方なので。でも一つだけ教えてさしあげると……。そうですね、今噂のサラスティア姫君でも、私を倒す事は叶いません」


「それは……貴方がそれほどまでにとんでもない力を持っているという事ですか?」


「力だけで言うなら、あのサラスティア姫君の右に出る者は居ませんわ。しかし力には相性があります。例えば、根村の鎖は如何なる物でも切断不可能です。しかし柊さんの闇の力は、そんな根村のチート能力を切断する事が出来る。これは我々も驚きでした。どうやら神様は、切断、という言葉を物質的な解釈をしたのでしょう。どちらかと言えば、柊さんの闇の力は魔法的な力でしょうから」


 相性……。

 つまり彼女が言いたいのは、自分のチート能力はサラスティア姫君の物とは全くの別物だと言う事か。

 しかし神様の焦り様は……相性云々の話ではないような気がする。


「さて、アーライア姫君をこちらに。神様が居るなら話が早いわ」


 盗賊団は更に奥の部屋からアーライア姫君を連れてくる。ぽっちゃり目なアーライア姫君。鎖でつながれているわけでも無く、乱暴された形跡もない。ひとまずは安心か。


「神様、我々の目的はただ一つ……。私達が居なくなった元の世界がどうなっているのか、それを知りたいだけなのです。どうか教えてはくれませんか?」


 その瞬間、神様はさらに震えあがった。

 彼らが元々いた世界がどうなったか? 確か神様は、隕石を学び舎に落し、彼らを殺してしまった。その罪滅ぼしとして、好きな姿、そしてチート能力を授け新たな世界に転生させたというが……。


「そ、そそそそそれは……天界の規約で教える事は出来ないというか何と言うか……」


「私達の仲間に、隕石とかそういうのに詳しいのが居るんです。あのマンモス高校が吹き飛ぶ程の隕石が地球に落ちたなら、間違いなく、その環境は変貌、または滅びていると」


 な、なんだと?

 

「どうなのですか? 私達の家族は……無事なのですか?」


 神様は泣きそうな顔でこちらを見つめてくる。

 いや、そんな顔されても……


「言えない、というのなら……致し方ありません。サラスティア……いえ、川瀬にこの世界を滅ぼしてもらいましょう。アーライア姫君の亡骸を見れば……彼は間違いなく激高し、本格的に止まらなくなるでしょうから」


 な、アーライア姫君を殺すと?!


「そ、それだけは勘弁してください! こ、この世界が滅ぼされるとなると……も、もう私は神様をクビにぃ……」


「だったら教えて頂けませんか? 地球は無事なのですか? 私達の家族は……」


 神様はもう既に泣いている。

 もうどうしようもない状況に置かれ、全身震わせながら……。


 しかし彼女の言う事は尤もだ。家族の無事を確認する事は当然の要求だ。

 そして今回の件に、神様に同情する余地はない。


「……ち、地球は……結論から言えば無事です……」


「本当ですか?」


「は、はぃぃぃぃ! もう何事も無く、隕石なんて落ちてない事になってますぅぅぅ!」


 ……? 隕石など落ちていない事になっている?

 何故そんな……それならば、わざわざ彼らをこちらの世界に転生させたのは何故だ。

 そんな事が出来るなら、元の世界で普通に過ごさせる事も出来る筈だが。


「じ、実は……あの隕石は私のミスでも何でもなく、巡りに巡って地球の運命だったのです……」


 神様の言葉に驚きを隠せない私達。

 彼女もそうだ。目を見開き、神様へと事情の説明を求める。


「そうなのですか? 私達が天界に召された時、貴方は自分のミスと……おっしゃったではないですか」


「はいぃ……確かに、あの時はそう言いました。そう言った方が……納得して頂けると思って……」


 納得して頂ける?

 この神様は一体何を隠しているのだ。


「どういう……事ですか?」


「それは、地球は我々天界にとっても貴重な存在なのです。あの広い宇宙の中、我々が手を貸さずとも生命を芽生えさせた……とても貴重な存在なのです。それを巨大隕石で無に帰す事は我々としても本望ではありませんでした。しかし隕石が落ちるというのは、我々でも覆す事の出来ない事だったのです……」


「……続けてください」


「あの隕石から地球を救う術は、あまり残されては居なかった。我々の力で隕石を抹消する事は可能です。しかしそれをしてしまっては、地球の生命体に我々の存在を明るみに出すのも同義……なので我々は……苦渋の決断をしました。前途ある若者を……三千人、生贄とし……地球の生命体を守るという……」


 な、なんだと?!

 

「そ、そんな事が許されるとでも?!」


 思わず声を荒げてしまう。

 しかしリーダー格の女性は冷静に、私に落ち着いてと手を翳してくる。


「私達が犠牲になって……地球は守られたと?」


「はい……今地球では、貴方達の存在は無かったことに……貴方達の家族も無事に……」


 馬鹿な……そんな事があっていいはずが無い。

 彼らはまだ若い、彼らには家族がいる、両親が居る、兄弟が、友人が……それらの人間の記憶から、無かった事にされたという……なんと残酷な。そんな事があっていいはずが無い。


 しかしリーダー格の女性は一度深呼吸をしつつ、地面へと座り込んだ。

 その表情は安心した、と言いたげに安らかだ。


 それは他の転生者達も同様に。

 キズナも、涙を流しつつも「良かった……」と安心しきっている。


 何故、何故そうなる?

 こんな事は間違っている。三千人もの若者が犠牲になった。その代わりに救われた命は確かにある。

 だが、しかし……


「何故……ですか。彼らという尊い命を無くしてまで、地球を存続させる理由が何処に? 貴方は……貴方方はそれでいいのですか?! こんなのは間違っている! 前途ある若者を三千人、それを犠牲にしてでも守る命など、何処にあると言うのですか!」


 思わず私は興奮し、そこに集う若者達へと……そう訴えていた。

 しかし彼らは一様に……安心しきった顔を浮かべたままだ。


 まさか、これも神様の仕業か?

 こうなるように仕組んだのも、神様の……


 リーダー格の女性は、そんな私に対し、あろうことか笑顔を向けてくる。

 まるで女神のような笑顔を。


「神父様、その御心だけで私達は救われます。確かに神父様の立場からなら……そうなるでしょう。これは私の勝手な言い分ですが……私は、今この現状に満足しています。神父様がお怒りになるのも理解出来ます。しかし私達は……それで良かったと心から思えるのです」


「何故……ですか。家族が無事だったからというのは……分かります。しかしそんな神様の身勝手な理由で……」


「巨大隕石から私達は地球を守った、神父様は怒るでしょうが、私達はそれで満足なのです。家族が、友人が、可愛い弟が……無事ならそれでいいのです。この異世界に来て、私達は多くを学びました。地球では学べない事の多くを。しかし地球の事だけが気がかりだった。私達が居なくなった世界で、家族は悲しんでいるのではないかと。しかしそれは杞憂だったと……」


「杞憂……ですか。しかしそれで貴方方は……本当に……」


「良いのです。異世界への転生、これは人類が夢見た事象です。小説やアニメの中でしか起こりえない事だと思っていた事が、自分達の身に起きた。それだけで凄い事なのに、地球が無事だと知る事も出来た。神様の様子からして、嘘を言っているようには思えません。私達は満足しています。ええ、もう……思い残す事はありません。全力で……今のこの世界を楽しむ事が出来る」


 そうして立ち上がった彼女。再び指を鳴らすと……周りの盗賊達はマントを脱ぎ捨てていく。


 その面々は全て十八歳の若者達。皆転生者。


「さあ、行くわよ皆。まずは手始めに……ダークサイドに堕ちた姫君を止めにいくわよ。いくら魔王でも、あの軍勢は手に余るでしょうから」


 まさか……止めてくれるのか?

 ダークサイドに堕ちた姫君を。


「アーライア姫君、貴方のその体には呪いが掛けられています。恐らく転生者による物でしょう。その呪いを解く事の出来る人間を、私は一人だけ知っています。グランドレアの第一王位継承者です」


 呪い? まさか、すぐに太ってしまうのは、その呪いが原因なのか?

 そしてグランドレアの王位継承者である彼は……確か如何なるチート能力も通じぬ能力。そうか、彼ならばその呪いも解く事は可能だろう。


「まずは彼の元に赴きましょう。呪いを解けば、その体も元に戻る筈です。そしてその姿で川瀬……いえ、サラスティア姫君の元へ。荒事は我々にお任せを。ご心配せずとも、原住民の方々には傷一つ付けません」


 そして彼らは洞窟から出ていく。

 その顔は頼もしい若者の、希望に満ち溢れた表情に。


 リーダー格の女性以外、全ての盗賊団が出ていく。

 そして最後に残った彼女は、私に対し深々とお辞儀を。


「神父様、私達の境遇にお怒りになられて……ありがとうございます。これからも私達は道を間違える事はあるでしょう、その時に叱って頂けると……助かります」


「い、いえ。私は何の役にも立たない無力な……」


「そんな事はありません。私のチート能力によると……神父様にはとても厄介な力が付与されていますよ」


 それだけ言って立ち去っていく彼女。

 厄介な力? 一体何の……


「ぎゃぁぁぁぁぁあ!!!!」


 その時、神様が突然叫び出した。

 洞窟に残された私とキズナは、突然の叫び声に肩を震わせる。


 なんだ、一体どうした。


『神様、規約違反。世界の真実を伝えた罰とし……地上人として過ごすべし!』


 どこからか声が聞こえてくる。

 その次の瞬間、神様から太陽のような光が溢れ、それは何事もなく消え去ってしまう。


「だ、大丈夫ですか?」


「ぁ、ぁっ、わし……神様クビに……ガクッ……」


 気を失う神様。

 私とキズナを顔を見合わせ……とりあえずと、キズナの闇の中へと神様を収納し連れて帰る事とした。





 ※





 それから数日後。

 サラスティア姫君の暴挙は静まり……平和な世界が戻ってきた。

 かの盗賊団、鼓動する心臓は美しい(ブレイングハート)の活躍もあり、サラスティア姫君は無事取り押さえる事に成功したとのこと。

 

 しかしその折、サラスティア姫君は王家から勘当される事に。

 そして今現在、彼女は私の……そう、懺悔室へと赴いている。


「神父様……私はとんでもない罪を……うぅ」


「まあ、少々……ハメを外し過ぎましたな。しかし貴方の人生は始まったばかりなのです」


 そう、神様の身勝手な行為で、生贄として差し出された若者達。

 彼らの人生は、始まったばかりなのだ。


「これからも……この世界を謳歌して下さい。しかし少々……手加減して頂けると助かります」


「はぅぅぅぅ、神父様……私は……」


 サラスティア姫君は何か意を決したように……


「わかりました、私は……罪滅ぼしとして……神父様の犬として働き続けますぅ!!」


「はい?! な、何故そんな……!」





『……神父様にはとても厄介な力が付与されていますよ』







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