6:港町サンプトン ※
序章は結構あちこち移動します。
「それじゃあ気を付けて行ってくださいね。無茶な依頼を受けたらダメですよ」
まるで母親のようなことを言いながらハンカチで涙を拭くマリッサちゃんに私は苦笑せざるを得なかった。なんでそんなに心配されるんだろうか私は?
黄昏の夕陽亭の皆にそろそろワイトを発つことを伝えたのはここで生活し始めてからだいたい1ヵ月くらい経った頃だった。マリッサちゃんやレーネお姉さんはここで暮らせばいいと言ってくれたけど……ってちょっと待って! レーネさんも根無しのグラスワーカーだよね?
記憶を探しに行きたいこともあるしそろそろ外へ出て行ってもいい頃じゃないかなと。
マリッサちゃんは寂しくなると言ってくれたし、親父さんは弁当を作ってやるよと言って約束してくれた。宿に泊まっているグラスワーカーの皆も気をつけろよ、またなって言ってくれたから、初めて泊まった宿がこの宿で本当に良かったと思う。
こうしてワイト島を出ることにした私は船のチケットを買って準備を済ませておいた。今日はマリッサちゃんとレーネさんが港町のカウスまで見送りに来てくれた。
「また必ず来るからね」
「はい、その時は私がご飯を作れるように頑張ります!」
マリッサちゃんがそう言ってちからこぶを作る真似をしているんだけれど何か可愛かった。親父さんのお弁当はずっしりとした重みがあってボリューム感満載だ。
「でも気を付けてね、最近本土の方は不穏な話ばかり聞こえてくるから」
レーネお姉さんがそう言いながら私を抱き締めてきた。何でも数年前に王様が亡くなったらしいのだけれど、その後王様になったのは幼い子供らしくその母親のお妃さまが今は国を動かしているのだとか。
今は王都の方は王妃様のわがままと好き放題で荒れ始めているらしく、国全体に圧制が敷かれ始めているらしんだよね。このワイト島までその噂が広がるのは遅かったせいで私もつい最近知ったんだけれどね。
「はい、あんまり関わらないようにするつもりです」
本土に行くのも何か手掛かりが無いかを探しに行くためだし、王都まで行く予定は今のところ無い。
「とりあえずゆっくり観光でもしながらどこに行くか決めようと思っています」
黄昏の夕陽亭に泊まっていたグラスワーカーのお兄さんから聞いた話なんだけれど、この島を出て着く街のすぐそばに遺跡があるらしんだよね。もっとも何も無い遺跡らしく、あったとしてもすでに持ち去られているから無いんだって。
でも遺跡ということはもしかしたらあの研究所みたいなところかもしれない。行ってみる価値くらいはあると思うんだよね。
「あ! そろそろ船が出ちゃいますよ!」
いけない! これ逃したら2日待たなきゃいけなくなる!
「それじゃ、行ってきます!」
「本当に気をつけてくださいね!」
「私ここで根有りになっとくからねー」
船に乗って二人に力いっぱい手を振って別れを告げる。いい人の多かった街だったなぁ。いつか必ずここに来よう。
船は何事もなく目的地のサンプトンへとたどり着いた。もしかしたら何か起きるかもしれないと思っていたけれどそんなことは無かったわけで。
サンプトンの街は他の国からの船も到着する港で、レンガ造りの家が多い大きな街だった。中央に鐘の付いた建物があってそれには大きな時計が付いている。街のあちらこちらには太陽灯と呼ばれる明かりがついていて夜でも明るく過ごせそうだ。そういえばこの太陽灯はレーネお姉さんがお祈りをしていた宗教組織が設置しているって聞いたことがあるんだよね。確か名前はアーティラス教だったかな? 細かい所は分からないから今度調べた方がいいのかな? 多分中央に見える鐘のついた建物が教会だと思うんだよね。
そう思って街を見回してみると貿易の拠点になっているからか沢山の商人であふれていた。中央の教会に向かうように大通りが通っていて、道に沿うようにいろいろなお店が並んでいた。少し道を外れると屋台街があるようで賑やかな声といい匂いがしてくる。
おっと、いけない。宿を先に確保しないと……お腹空いたけれど。
「とにかく宿を探さないとね」
適当に歩いて宿を探しているとどこからか焼き立てのパンのいい匂いがしてくる。香ばしい小麦の香りが鼻を刺激してくるんだけれど……どうしよういい匂い過ぎて我慢できないかも。
親父さんの弁当は贅沢にも肉とチーズに野菜がこれでもかと挟んであるサンドウィッチでおいしく船の中で頂いたのだけれど、どうやら私のお腹はまだ足りないらしい。
「こっちから匂いがする」
フラフラと誘われるように匂いに導かれるまま角を曲がるとそこにはパン屋が存在していた。看板にはアレサのパン屋と書いてある。あまり人が来ないような場所なのでもしかしたら知る人ぞ知る系のお店かな?
とりあえず入ってみようかな。ドアを開け入るとベルがカランカランと音を立てて鳴った。その音に気が付いたパンを並べていた女の子がこっちを振り向いた。
「いらっしゃいませー」
女の子は暗めの茶色の髪をまとめてスカーフで出ないように覆っていた。ちょっと痩せぎすだけど大きな目が印象的な可愛らしい子だった。年は15くらいかな?
「どうかしましたか?」
「あ、いいえいいえ! パンが美味しそうだなぁと思っただけです」
いけないいけない、ついマジマジと見てしまった。私は棚に並んでいるパンを見ながらどれがいいか選ぶことにしたんだけど……どれがいいか分からない。
「あのー、どれがおススメとかありますか?」
「そうですね、お客さんはグラスワーカーですか? でしたらこのチーズ入りのパンなんかどうでしょうか? これなら野営することになっても焼けばそのまま食べられますし、結構長持ちしますよ」
チーズ入りパンかぁ、ワイトで食べていたパンは普通のパンだけだったから試してみるのもいいかも。一応普通のパンも買っておこうかな。
「ありがとうございます。チーズ入りのパン1個と普通のパン2個、合計で80ルードになります」
渡してもらったパンは焼き立てみたいで少し暖かかった。そういえば袋に入れてくれたけれどこれ紙なのかな? ちょっと気になるけれどこんなこと聞かれても困るだろうし行こうかな。そろそろ本当に宿を見つけないといけないし。あ、そうだ聞いてみようっと。
「すみません、この辺で宿はどこがいいですか? 今日着いたばかりで何も知らなくて」
私がそう言うと女の子はそうですねと言った後、犬の尻尾亭を紹介してくれた。なんでもこの時期は船が多く着くので宿が満杯になりやすく、今から行ってもまともな宿は無いらしい。ただ犬の尻尾亭は食事がマズいかわりに奥まった場所にあるおかげで空いていることが多いそうだ。しかも食事と店員の愛想以外はいい宿らしく寝るだけなら悪くないらしい。
「ありがとうございます。だったらご飯はここのパンを買いにくればいいですね」
「バレました?」
そう言って恥ずかしそうに笑う女の子につられて私も笑ってしまった。この子は不思議と話していて面白いかも。
女の子に別れを告げて教えてもらった宿まで行ってみることにした。そんなに歩かずに宿まで着いたんだけれど、何と言うかツタが壁一面に生い茂っていて雰囲気があるかも。勇気を出して入ってみると中に座っていたおばさんからじろっとした目で見られた。これは愛想が悪いというレベルかなぁ?
「泊まり?」
「は、はい。取り合えず1週間くらいで」
「家は食事は別料金だから必要な時に言ってちょうだい。1週間なら2800ルードだよ」
おばさんはそう言って手を出してきたので大人しくお金を渡しておく。言われた部屋は2階のようでそのまま上がって行くことに。部屋の中は入ってみると意外と綺麗なことが分かった。ベッドも綺麗にシーツがかかっているし、埃だって落ちてはいなかった。
「あの女の子の言う通りだね。明日またパンを買いに行こうかな」
とりあえずしばらくはここを拠点に活動しようかな。そういえばここはワーカギルドはやっているのかな? 明日聞いてみようかな。
木の上から見下ろしながら目標を良く観察する。目標は以前も倒したことがあるアーマーボア。1m位の大きさで鎧みたいな甲殻が頑丈で銃弾すら弾くことがある魔物なんだよね。こいつが出た場所は近くに畑がある場所なので、人に気付くと襲いかねないんだよね。だからそうなる前に駆除しておいてくれって言う依頼。
サンプトンについてから2週間位経ったある日、私は魔物駆除の依頼を受けていた。本当は戦いなんて嫌だししたくないのだけれど、残っている依頼がこれしかなかったのだから仕方がないよね……あとはゴーレム退治だけだったから……正直関わりたくないし。
「戦いは嫌だけど……」
ゴーレム何かに関わりたくないからこそこういう依頼でお金を稼がないと。師匠のおかげで魔物は倒せるようになったし、油断大丈夫さえしなければ。
音も無くアーマーボアの背後に着地して全力で蹴り倒す。回し蹴りの要領で側面を蹴られたアーマーボアは転がりながら無防備なお腹を曝け出すわけで。
「おしまいです」
少しの反動と引き換えにPM10RLアサルトライフルが火を噴いてアーマーボアをハチの巣にしていく。20発くらい撃ち込んでやれば魔物と言えどもお陀仏南無南無。
「こいつは食べれないからなぁ」
正確には食べられないわけじゃないけれど、美味しくない。筋張って固い肉に臭みが強烈なのだ。しかも筋は頑固でちょっとやそっとでは柔らかくならないという筋金入り。
駆除した証拠の甲殻を剥いで残りは油を撒いて焼いておく。ある程度焼いたら埋めてしまえばいい。こうしておけば後から掘り返される可能性が少しは減るしね。肉につられて余計な生き物を呼び寄せるわけにはいかないからね。剥いだ甲殻は売れるからちょっとした収入になるんだ。
後始末を終えた私はワーカーギルドへ向かっていた。今泊まっている宿はワーカーギルドはやっていなかったので他のやっているところを探した結果、宿の近くの酒場が見つかったんだよね。この街にも大分慣れてきたかな。
心配していた圧制はまだこの街までは届いていないようで皆も特に何の問題も無く生活しているようだった。ただ、他の街では税が上がっただの横暴な兵士が来ただのといった噂はちらほら耳にはする。うーん、この国を早めに出ることになるかもしれないなぁ。出るにしてもいろいろ調べてから出たかったのに。
そんなことを考えながら歩いているとワーカーギルドへとたどり着いていた。見慣れた酒場のドアを開け入るとのんびりとした声が出迎えてくれた。
「あらぁ、おかえりなさい。無事に終わったのね~」
酒場で働くには心配になるくらいのんびりとした喋り方をするお姉さんが受付をやっている。このお姉さんはこのワーカーギルドを運営している酒場の看板娘らしく、若い男性のグラスワーカーがお姉さん目当てにやってきていた。
ワーカーギルドに来ると思い出す。マリッサちゃんやレーネさんは元気かな? またいつかワイト島に行けたら顔を出さないと。その時は記憶を取り戻していたらいいなぁ。
そういえばジェームズさんのお店を出す町はここからそう遠くないんだよね。ジェームズさんが出発してから1ヶ月くらいしか経っていないからまだお店は出ていないかも。今度近くに寄るようなことがあれば行ってみようかな?
「アーマーボアの甲殻です。買取でお願いします」
「あら、綺麗な甲殻ですね~。いい鍋になりそうです」
驚くことにこの甲殻は防具にもなるのだけれど、熱にもかなり強いので鍋にされることが多いらしい。生きているうちは熱を通さないのに、剥ぎ取ってからは熱の通りがよく熱に強いので壊れにくい鍋になるそうだ。これが本当のイノシシ鍋。
「状態も良いですし、報酬込みで2500ルードですね」
やったぁ! 戦うのは嫌いだけれど報酬はいいんだよね。もっとも命がけの仕事だし、毎回あるわけじゃないからこれを頼りにしているとえらいことになるけれど。
「最初クーディグラさんが魔物を倒すと言った時は心配しましたが、大丈夫みたいですね~」
心配してくれただけありがたいかな。グラスワーカーなんて仕事は自己責任でしかなく、依頼で死んだら自分の実力を見誤った結果でしかない……って師匠に言われているし。
正直銃が無かったら魔物退治なんてやっていないからね。何度でも主張したいけれど戦うのも命を狩るのも好きじゃない。まぁ、師匠が慣れさせてくれなかったら今頃旅なんかできなかったわけで。
「しばらくはここにいますから討伐以外の依頼があれば教えてください」
「根無しの人でも受けられそうなものがあれば教えますね~」
受付のお姉さんがそう言って手を振ってくれるのを見ながらワーカーギルドを出る。お酒は飲んでいいのか分からないから今は飲みません! 未成年の飲酒はダメだからね。
よし、今日はこれでおしまい。夕飯用にアレサのパン屋に行こうかな。
ワイト島を飛び出しました。次からはサンプトン周辺でしばらく活動します。
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