5:お仕事は大変だ
師匠と別れてから二週間。私はグラスワーカーとして活動し始めたのだけれど、何と言うか思ったのと違っていた感じだったんだよね。漫画やアニメみたいな魔物を討伐して遺跡を潜ってみたいな感じじゃなかった。
「あ、クーディグラさん。お疲れ様です」
体は疲れていないけれど精神的に疲れた私は泊っている黄昏の夕陽亭のカウンターに座ると崩れ落ちた。もう陽は暮れ始めていて窓から差し込んでくる夕陽の赤が目にちょっと痛い。
「お疲れ様~。今日は倉庫の片づけで疲れた……」
「クーディグラさんはそんな簡単に疲れないと思いますけれど……」
この宿の一人娘でワーカーギルドの受付をやっているマリッサちゃんがそんな失礼なことを言ってくる。私だって疲れるんだよ……。疲れないのはバレているけれど。
マリッサちゃんはブラウンの髪を頭の上でお団子状にまとめている女の子でこの街のグラスワーカーのアイドルみたいな子なんだよね。店主であるマリッサちゃんのお父さんはあまり外には出てこない。人が苦手らしく料理に没頭したいんだとか。お母さんは亡くなっているらしいから実質この店の支配者はマリッサちゃんだったりする……まだ12才だけど。
ワーカーギルドはグラスワーカーに仕事を仲介するのが主な役割で、グラスワーカー同士のトラブルには関与しないんだって。あくまでも紹介所なのでサポートも特には無いし。基本的に宿同士で仕事の情報を共有しているから多くは宿の主人が依頼の管理をしているらしいんだって。あと次に多いのが酒場。
だからグラスワーカーって言うのは実は誰でもなれる仕事で要は何でも屋みたい。だから今日みたいに力仕事系の仕事もあったりする。私が人よりも力持ちだということが判明してからはこういう仕事が回ってくることが多いんだよね。私は依頼の完遂証明の木札をマリッサちゃんに渡しておく。
「クーディグラさんみたいに根無しの人が倉庫の片づけとか依頼されるのは珍しんですけれどね」
木札を受け取ったマリッサちゃんがそう苦笑しながら小さな穴の開いた緑色の球を持ってきてくれた。グラスワーカーは仕事を終わらせれば球が貰えるんだよね。護衛なら赤色、討伐なら青色、採取なら黄色、その他は緑色って決まっていて、10個で次の大きさの球に交換できるんだ。
同サイズ同色のスフィアを10個集めればランク昇格試験に挑むことが出来て失敗すれば一個分返却して集め直しになるシステムなんだとか。だからランクを上げないグラスワーカーもそれなりに存在しているみたい。
初めてワーカーギルドを訪れた時にマリッサちゃんが教えてくれたんだよね。ちなみに仕事の難易度次第では貰える球の数や大きさには変動があるみたい。基本的にはどんな仕事も一番小さい球なんだけれどね。
だからこの球とランクは実力を測る目安にはなるけれどあくまでも目安でしかないんだよね。そうそうランクが変わると球を通す紐の色が変わるんだよね。だからもし球が溜まり過ぎて通さなくなる人でも紐でランクが分かるようになっているんだって。
紫の紐はフィフス、水色の紐はフォース、黒の紐はサード、白の紐はセカンド、全色使った紐はファーストって呼ばれているんだとか。もちいろんファーストが一番トップだけどね。
私はマリッサちゃんから緑の小さな球を紫の紐に通す。これで五つ目だね……緑色が。今回の倉庫整理は本来は三日の予定で出されていた依頼だから本当は明後日までの予定だったんだよね。ところが私が力持ちだという噂を聞きつけて私に依頼が回ってきたわけで、結果的に一日で終わってしまったというわけ。まぁ、依頼主は凄く喜んでくれて私1人で3人分の働きをしたからということで報酬を多めに2500ルードもくれたからありがたいんだけれど。
師匠からお金を貰ってはいたけれど余裕があるわけじゃないからね。宿代は稼げているし、それなりに少しずつお金は貯まってきている。あと2週間もすればこの島を出て行くくらいのお金は貯まるはず。
「というわけで今日の夕ご飯プリーズ!」
ガバッと起き上がって私は今日のご飯をお願いする。メニューなんて無いから出てくるものはその日作れる物だけだけどここのご飯は美味しいと思う。私と同じグラスワーカーの皆さんも夕飯を楽しみにしているようだし。この宿に泊まっているグラスワーカーの皆さんは優しくて親切な人が多いんだよね。
ちなみにワーカーギルドを兼ねている宿の飯は美味いというのは割と珍しいらしい。大体は仕事の仲介を頑張って宿の方はそれなりなんだとか。昨日一緒にご飯を食べ根無しのグラスワーカーのお姉さんが教えてくれた。
「はーい。150ルードになりまーす」
ルードはオルデント王国のお金でだいたい平民の1家族が普通に1ヶ月生きていくのに5万ルードあれば生きていけるみたい。明かりは魔力を使った太陽灯があるから光熱費はそんなにかからないし、水は基本タダ。だから必要なものは食費と服や消耗品などが主な出費みたい。もっともこれはワイトがそこそこ大きい街だからであって小さな村とかはまた違うらしいけれど。
「クーディグラちゃーん。今からご飯?」
私が夕食を待っていると昨日夕飯を一緒に食べた根無しのお姉さんが声をかけてきた。根無しというのは1つの拠点に住まないで旅をしながら活動しているグラスワーカーのことを言うんだとか。反対に根有りは住んでいる人で地元に密着した依頼を受けやすかったり、信頼されていたりするのが特徴かな。根無し根有りと呼ばれるのはグラスワーカーのグラスが古い言葉で草を意味するからだとか。
「はい、レーネさんもですか?」
「今日はなかなかめんどくさい仕事だったからね。クーディグラちゃんみたいに根無しなのに地元の依頼を受けれる子はなかなかいないんだぞー」
これに関しては仕事を真面目にしていることと、私がオートマータ?だからいろいろ人とは違う無茶が出来るからだと思っている。私がそう言うとレーネさんは私には無理だわーと言いながらその綺麗な金色の髪を掻いている。せっかく綺麗な金髪なのに手入れをしないからボサボサなんだよね。スタイルも良いし美人なのにその言動であまりモテていないことを私は知っている。
「それにしてもその布の中には何が入っているの? 全然使ったところ見たことが無いんだけれど」
レーネさんはそう言って私がいつも背負っている布の塊を指さした。実はこの布の塊はPM10RLアサルトライフルをてるてる坊主で包んだ物なんだよね。師匠が黒い外套を買ってくれたからお役御免にはなったけれど、捨てるのは嫌だったので見せないように包んで肌身離さず持っていることにしているんだよね。
それに実は弾がもう300発くらいしかない。このPM10RLアサルトライフルは装弾数が50発だから下手に使うとすぐに弾が切れてしまう。そうなったらただの鉄屑なので迂闊に使えなくなっているんだよね。もっぱら今の獲物はナイフです。
「これは武器ですよ。使う機会が今は無いので仕舞っているだけですよ」
「なるほどね。クーディグラちゃんは討伐依頼とか受けないの?」
「街の皆さんのお願いを優先していると受けそびれるんですよね。それにまだ五回しか依頼やっていませんし」
本来グラスワーカーなんて連続で仕事はしないらしい。1回依頼を受けて働いたら1日から2日休んでまた働いてという風に不規則になるみたい。そもそも依頼によっては何日かかかる依頼もあるし、戦う可能性すらあるからこまめに休まないと体を壊したら命に係わる。
「お待たせしましたー。野菜とトマトのスープパスタです」
マリッサちゃんが持ってきてくれたパスタは今日もおいしそうだった。マリッサちゃんも一緒の席についてフォークなどを準備してくれている。私が一人は寂しいと呟いたことがあってからは暇なときはこうやって一緒に食べるようになったのだ。最近はレーネお姉さんも加わってき始めたけれど。賑やかで嬉しいから私としては満足です。
「待ってましたー。今日も太陽の輝きに感謝します」
「今日も太陽の輝きに感謝します」
マリッサちゃんとレーネお姉さんはそう言って胸の前で手を合わせてお辞儀をした後、嬉しそうにパスタをすすりだした。このパスタという物はこの宿の店主兼マリッサちゃんのお父さんでもあるバーゾンさんが若い頃アーティラス教国で修行した際に習った物だとか。
それにしても食事の前のお祈りかぁ。私もやった方が良いのかなぁ? なんかしっくりこないからやってないんだけれど。
「美味しー!!」
「えへへ、お父さんのご飯は店の自慢ですから」
「美味しい!! マリッサちゃんおかわりある?」
何となく記憶にパスタは美味しいに違いないってあるから好きだったんだと思う。何となく嬉しくなりながら私は今日の夕食を平らげてしまった。もうちょっと食べたいかも……え、おかわりはない?……無念。
夕食を済ませて部屋に戻る。一人になるとどうしても自分の記憶が無いことが気になってしまって頭から離れない。自分がどこの誰でどういう人間なのか、どういう家族がいたのか、好きな人はいたのか……どれも分からない……自分という人間を構成する記憶が無いというだけでこんなにも不安になるなんて。
「……怖いよう……お母さん、お父さん」
毎日じゃないけれどたまにこうなる。恐怖がじわじわと私を包んでくるようで震えが止まらない。助けて欲しい……でも、こんなことマリッサちゃんにもレーネお姉さんにも頼ることなんて出来ない。仲良くはなったけれど……自分でもどうして欲しいか分からないのに……それに頼り方も分からない。
もしかしたら実は酷い人間なのかもしれないとかいろいろ考えてしまう。こんな日はなかなか眠れないんだよね。ベッドの上で膝を抱えて丸まっている私は日が昇るのをただ耐えながら待ち続けていた。
それから3日後、私は頼まれていた家の解体の仕事が終わったので宿へと帰る道を歩いていた。昼過ぎに終わったから今日は時間があるぞー。依頼主の大工のおじさんがいやー予定より3日も早く終わったからこれオマケなと言ってくれた臨時収入があるから少しだけ寄り道してから帰ろうかな。ショッピングとかしてみたい。
大通りを歩きながら何かないかなと探していると道の端っこで地面に布を敷いてその上に商品を並べているお兄さんに気が付いた。落ち着いたブラウンの瞳が印象的なお兄さんだ。並んでいるのは銀細工ばかりでどれも凄く綺麗だった。
「何かいいのがあったかな? お嬢さん」
近づいて商品を見始めた私にそう声をかけてきた。優しそうな人だなぁ。
「どれもこれもすっごく綺麗です! 私こういうの初めて見ました!」
銀細工なんて見たことが無いと思う……記憶ないけど。どれもこれも丁寧に作られていてうっかり触ったら汚してしまいそうだった。
「ははは、ありがとうお嬢さん。そう言ってもらえると嬉しいよ。もっと見るかい?」
お兄さんはそう言って表には出していなかった色々な銀細工を箱から出して見せてくれた。箱の中にちらっと物凄く綺麗な髪飾りが見えたけれどあれは売り物じゃないのかな?
複雑繊細な造りの物からシンプルな作品まで色々出てきてちょっとだけビックリした。
「お兄さんは——」
「ジェームズだよ。僕の名前はジェームズ、君は?」
「クーディグラです。それでジェームズさんは銀細工師なんですか?」
多分、銀細工師は今まで見たことがないと思うから分からないけれど、こうやって売っていることから考えるとそうだと思う。
「うん、そうだよ。ここワイトに凄い有名な銀細工師がいてね、その人の下で修業していたんだ」
「いた? ということは今は?」
「無事修行も終えたからね。明日には故郷に帰るためにこの街を発つつもりなんだ。最後にちょっとだけ路銀を稼ごうと思って店を出してみたってわけさ」
確かにどれを見ても素敵だし欲しいけれど……街を出る際の船代やかかる費用を考えると少しだけ厳しい。明後日までいてくれれば十分買えそうなのに。
「……お財布が断固として許可をくれません。ごめんなさい冷やかしになっちゃって」
「はは、それはしょうがないね。もし次会うことがあったらその時に買ってくれればいいよ」
しょんぼりした私を見てジェームズさんは笑ってそう言ってくれた。
「ちなみに何処に行けばいいのですか?」
「オルデント王国のウィンチェスターという街出身なんだ。そこで店を開く予定なんだ」
ジェームズさんはそう言いながら少し恥ずかしそうにしている。もしかして……これは。
「故郷に待っている人がいるんですね?」
「え!? どうしてバレたの!?」
だって荷物の中にそんなに大事そうにしまってある髪飾りが見えたからね。女性物を大事そうにしまっていて、帰ることを嬉し恥ずかしな空気で話すとなると答えは一つでしょう?
「まいったなぁ、そんなに分かりやすかったかぁ。うん、そうだよ。帰ったら幼馴染の女性と結婚するんだ」
ジェームズさんは私に帰ったら幼馴染に渡す予定の髪飾りを見せてくれた。ちらっと見ただけでは分からなかったけれど、真っ白な真珠が中央に飾られていた。
「凄い……綺麗です」
「僕の最高傑作さ。師匠にも褒めてもらえたんだこれは」
これを貰える恋人は羨ましいかも。それくらい凄く綺麗だった。
「クーディグラさんが買えるようになったら店に来てよ。サービスするからさ」
「はい! ぜひお伺いしますね!」
これは頑張って働く理由が出来たということだね。ウィンチェスターは本土の街らしいから本土へ渡ったら行ってみようかな。私はジェームズさんに別れを告げて歩き出した。いつか自分で買うであろう銀細工をいろいろ想像しながら。
グラスワーカーは基本自己責任という厳しい仕事ですが、危険な仕事程稼げるようになっています。
あとグラスワーカーに仕事を仲介するワーカーギルドは仲介しかしてくれないのでよくあるギルドのように手厚いサポートなどしてくれない組織です。