スライムの生態と自己同一性について
物語においてスライムとは科学の先駆けとして発生し、不定形で、なおかつどのような形でも取り得る知能なき生物として語られる。
「そういえばこの半年くらいずっと体いじくられてるけどさぁ?結局スライムってどういう生き物なのぉ?」
「難しい質問よね。対話ができるスライムがあなたが初めてなのだし、ケイ素生命体であるってことが判明したのもついこの前だったじゃないの」
時には不定形であるが故に物理的な攻撃がし難かったり、強酸性や強い物理耐性を持つために難敵であるとされることもあるスライムであるが、一方原始的な単細胞生物であるとみなされ、弱者であろうとも狩れる、か弱い生き物であると認識されることもある。
「それでも下水道で飼ってる感じだったよね?見たんだヨ?ワタシ同族食べて生き残ってきたヨ?この土地で下水処理させてるってことは結構人権無視した扱いされてるって知ってるんだヨ?」
「それはもう、下水を綺麗にしてくれるからだわ。ほとんどなんでも消化してくれるわけだし、数匹入れておけばすぐに増えて勝手になんとかしてくれるもの。お手軽よね」
原始的であることは変わらず、知能ある多細胞生物として描かれる場合はほとんど万能の生き物として君臨することになる。様々な環境に適応し、体内で思考器官を作ることで自己進化をするという一種のシンギュラリティを超えた人工知能のように振舞うことを許されるようになる。
「うえーやっぱりそんな感じだよね。とりあえずなんでも分解して栄養にできるっぽいのは下水道生活してて知ってた。でも増えすぎたらどうすんのさ?薬品でも流す?それともスライム間引く?」
「スライムに水流に逆らって地上に出てくるような知能はないもの。あなた以外にはね?増えたらその分、下水から流れていって離れた水場に流れ着くわ。その先は知らない」
顕微鏡が作られアメーバや単細胞生物の発見と共に科学の先駆けとして誕生したからこそ、スライムはいつの時代でも科学の先駆けとして生きることができた。不定形で原形質、テケリリと囀ずる自己進化する怪物から産み出されたからこそ、恐怖の対象であり、謎多き生き物なのであるという性質を引き継いだ。
「もしかしてゲームの初期街周辺にスライムが多いのって下水処理させてるのが周辺に解き放たれてるからだったりするのか・・・」
「面白い考え方ね。ゲームの中の世界観を突き詰めて考えるのって、世界を一つ作るようなものじゃないかしら」
エーテルが世界の構成成分であり、光を伝える鋼鉄より硬い気体であったりするように、時代によってその姿を変え、生き延びることができた。
「それでさ、考えたんだ。スライムって分裂するじゃん?意思を持たないはずのスライムが俺っていう精神を持つことができるなら、精神を宿す下地は持ってるってことじゃん?それなら俺っていうスライムが分裂したとき、その精神はどうなるか、気になるじゃないか」
「・・・呆れた。それって精神を分割することに他ならないかしら?それともあなたっていう意思は片方に寄って、もう片方は意思を持たないスライムになるかもしれないわね?そうすると本来大きな体を持つあなたは本来の大きさを取り戻すか、それともまた分裂を開始して王都がスライムに覆われちゃうわね」
「危ないかもしれないけど、大きいったってスライムだろ?この前やらかして巨大化したときは結界に阻まれてたわけだから、俺のこと結界張って閉じ込めててくれないか?普段から小器用に魔法使ってるんだから、できるだろ?」
ぷるるんしながらスライムは触手をドーナツの入った箱に伸ばすが、耳長の女性はこれを奪って遠くにやってしまう。ぷるるんスライムはぷるるんと口惜しそうにしながら触手を元の位置、ビーカーの中に戻す。
「それはもう、できるわ。宮廷魔術師なんか目じゃないくらい強度あるやつ作ったげるんだから」
「頼むよー。それこそあれこれで溜まりまくった魔力をまた増やしたくないしさー」
「本音はそれじゃないの。分裂するとスライムは保有魔力や体長が半分になるって教えたからでしょう」
耳長の女性はだらしなく着崩した白衣の襟をいじりながら、ビーカーを浮遊させ周囲を一抱えほどの球形に空間に切り取る。
「さあ、できたわよ」
「ほいほい。それじゃ分裂・・・んぐぐぐぐ」
前世の記憶のあるスライムにとって、分裂は未知のものであったが、理科の教科書で読んだくらいには馴染のある知識であった。核を構成する要素を二つに分け、両側に寄せていく。数秒か、数時間が経過したのかわからないが、時間という感覚が消失してしまったかのようだった。
「ふーむ。あまり深くは考えたことなかったけど、こうして改めて見ると変なものね。目の前で顕微鏡も使わずに細胞分裂が行われている」
両側に要素を寄せ終わったとき、スライムの意識が一瞬消え、透明な体の表面が幾何学的に大きく波打ち、泡立った。気が付けば体の中にある二つの要素は二つの核になっていた。
「・・・!・・・ッ!」
そのまま身をよじるようにして中央にくびれを作り、どんどん繋がりを細くしていく。いつしかスライムの思考は穴を見つけて侵入するときのような、甘美で官能的なものに支配されていく。
「あ・・・あっ・・・!」
これが増える。これが繁殖するということ。生命が生命足り得る性的な欲求。根源的な命題そのもの。種の保存のための行為。くびれが細くなるにつれてそれは高まり、どんどん加速する。そして繋がりが一点のみとなり、離れる瞬間、最高潮になった。
スライムはもはやどこから出しているのか分からない声を上げることを止め、繋がりが切れる瞬間に没頭していた。それはどんなにいいことなんだろう。もしそれによって自らが破滅しようとも、今更やめることはできないと、思う。
そして繋がりが切れたとき、絶頂と同時に分かたれたスライムの間には空気を隔てても感じられる、空間を越える繋がりがあることを感じられた。
「あー・・・あー・・・ふー・・・はぁ・・・ふぅ・・・」
スライムは呼吸などしていない体だったが、もたらされた感覚が喘ぐことを強制するようだった。
「ずいぶんと気持ちよさそうね。産みの苦しみ、みたいなものでもあるかと思ってたわ」
「おう・・・すごかった」
はたと気が付き、スライムが周囲を見渡すと、ビーカーから溢れ、球状の結界の下にべちゃりと張り付く|己≪・≫の姿と、そしてビーカーの中に揺蕩う己の姿が見えた。
「「あー・・・なんだこれ?目が二つあるみたいだ。でも単純に二つあるわけじゃなくて、自分で自分を見つめてるみたいな感じがする。どっちも俺だ」」
ステレオで聞こえるスライムの声に耳長の女性は常とは違う困惑顔で応える。自問自答をお互いで始めるスライム二つを見てさらに困惑顔を深める。
「あら・・・ちょっと予想外なことが起きたわね。思考が二つに分裂してるのに、それでいて一部接続されているみたい。そのうち気が狂いそうだけど、どうする?片方潰しておく?」
「「ひぃっ!やめろよ!どっちも俺なんだよ?死ぬ瞬間味わった挙句覚えてるとか嫌だって!」」
耳長の女性は纏っていた着衣を脱ぎ始め、裸になる。
「「えっなんで?」」
「思考が二つあるってことは新しいプレイができるってことじゃないの。触手バラバラに動かせるとかそういうことが」
「「えっえっ」」
「あなたのさっきの気持ちよさそうな声を聴いてたらちょっと腹立ってきたの。このまま襲われなさい」
そして耳長の女性は球形の結界を消したかと思えば、二つに増えたスライムに暗示をかけ始めた。
数時間後、それはもうイイ顔で服を着る耳長の女性と、ビーカーの中で核が二つに増えたぷるるん物質がシクシクと声を漏らす姿があった。