スキャーリィ編 31話 特異能力4
「蕗羽衣先生……?」
「10年前……あの漆我紅事件で殉職された、元大将補佐よ」
漆我紅事件ーー死喰い《タナトス》の樹の贄の前任者、漆我紅が原初の感情生命体……『自死欲』に意識を乗っ取られた事により、『自死欲』自体になりかかった事件。そして、私の父が死んだ事件でもある。
「また……樹教関連か……奴らどこまで」
「いいえ、その時はまだ、樹教は教祖不在で宗教団体としてもかなりマイナーな方だった。問題は現在、教祖を務めている漆我紅の方……」
漆我紅、彼女もまた当然特異能力者であった。能力の作用は不明であるが、現状況を鑑みるに確実に『感情生命体を操る能力』を持っている。そして、彼女自身が感情生命体そのものになりかけたのだから、当然『衝動』も使えたのであろう。
「羽衣先生は漆我紅の『自死欲の衝動』……つまりは特異能力者でも精神汚染を喰らってしまうような『衝動』をも打ち消す事が出来た特異能力者なの」
「つまり、テルテルさんが言いたいのはそのハゴロモって人がエリカの血縁関係で、同じ特異能力を持っていたという事か?」
ふみふみちゃんが頭のアホ毛をくるくると回しながらいう。
「ええ、簡単に纏めるとそうね。同じ『痛覚支配』ーーいいえ、そもそも痛覚支配ではなく人間の感覚を支配すること自体がその特異能力の本質だったかもしれないわね」
続けて、てるてるさんは話続ける。
「そして昨日の『恐怖』との闘いで、衿華ちゃんが感情生命体の衝動をその特異能力でかき消した。それはあの場に居た二人なら憶えているわよね?」
私とふみふみちゃんはうんと頷く。
「衿華ちゃんの特異能力が『衝動』に効くのは羽衣先生の件が理由ーーだけど」
「何故、そんな話が今になってで出来たかという訳だな? テルテルさん」
ふみふみちゃんの言う通り、衿華ちゃんの特異能力にそんな力が有るという事を事前に知っていれば、私がDRAGを使う事で、衿華ちゃんの死を防ぐ事ができた可能性は有る……どちらにせよ、あの場で衿華ちゃんに拘束されて使えない状態になっていたかもしれないが……
「羽衣先生が自分の家族を特異能力者にしない為に、彼等を勘当して息子さんのいる事を隠していたのよ」
それを言い溜息を吐きながら、テルテルさんは遺書らしきものを机の上に置いた。
「私もこの先生の遺書を読んでからその事を知ったわ。羽衣先生は紅葉ちゃんのお爺さん……筒美封藤と同じく護衛軍結成に関わった一人。しかし、その時既に先生は衿華ちゃんのお父様に当たる息子さんを出産していた……」
「マジかよ……」
「ええ……でもそのままなら衿華ちゃん自身も今頃普通の女の子として人生を謳歌していたでしょうね……」
だが、現実は衿華ちゃんも特異能力者となり、護衛軍に入った。そこで衿華ちゃんがバスの中で言っていた病気が関わってくるのか……
「だけど、衿華ちゃんは10年前……漆我紅事件が起こる前、感情生命体由来らしき病気にかかったの。勿論、それは護衛軍に隣接されている病院で入院する事になったわ」
「そして、その病気の痛みで衿華ちゃんは特異能力者の才能を目覚めさせた結果、護衛軍に発見され機関に入学したという訳ね」
「うん……大体はそんな感じ。そして先生の遺書には衿華ちゃんに対して羽衣先生の存在や家族を勘当したことは彼女の気持ちも考えて言わないで欲しいと書いてあったわ」
なるほど……だから衿華ちゃんは誰にその話題を振ろうとしても誤魔化されたって言っていたのか……
「そんな事があったなんて……」
「一応、私らの同年代以上の人らは全員知っていた。機関であの子の担任を務めた泉沢にも話した……でも、それがこんな事になるなんて……!」
そう、今回対峙した『恐怖』は『衝動』だけなら、あの『自死欲』にも引けを取らないとテルテルさんは評価していた。
だから、今回の件はそもそもそれ自体がかなりの異常事態だったこと。加えて現在護衛軍の力量は将棋で例えるとするなら、飛車角落ちどころの騒ぎでは無い。
元大将で私の祖父、筒美封藤は樹教の調査と死喰いの樹の麓ーー『自殺志願者の楽園』での感情生命体殲滅の為護衛軍を引退。事実上、表立って護衛軍の指揮を執る事は彼にはもう不可能であった。
そして、彼に匹敵……もしくはそれ以上の実力者である最強の特異能力者ーー元旅団長、止水題は一年程前、漆我紅により殺された。それにより護衛軍の一佐であった瑠璃くんのお姉さん……色絵紫苑さんもヒステリックを起こし護衛軍を辞めた。
次に現旅団長であり、てるてるさんの夫でもある、浅葱氷華は唯一渡航が可能な外国、朝鮮半島での感情生命体関連の事件を行なっている。その為、現在日本本土には彼は居ない。
現在、大将補佐の泉沢は未来ある特異能力者を育て、守る為に機関を離れる事はできない。
唯一動くことの出来た、てるてるさんは妊娠中の為、全力を出す事は出来なかった。
そんな状況での『恐怖』襲来。
「やっぱりこれを話せなかった私達幹部にも責任は有る……それに彼女自身に不本意な行動と発言をさせてしまったのは私の慢心だった……」
「……っ!」
「分かりますわ、大将補……ですが!」
私は薔薇ちゃんの前に手を出して、私が言うと合図をした。
私は黄依ちゃんと決めた。みんながそれでも前に進むなら私達でなんとかしなきゃいけない。
「違うよてるてるさん。出来なかった事は悲しいけど諦めるしかない。今はやるべき事をやらなくちゃ……ちゃんと教えてくださり、ありがとうございます」
「紅葉ちゃん……」
そして、私は鞄から携帯を取り出して、青磁先生に電話をかけた。
「こんな話を聞いた直後です……だから今から衿華ちゃんのDRAGを使いましょう」