スキャーリィ編 28話 特異能力1
幾らか時間が過ぎて、朝になった。皆が起きる前に一つだけ確認しておきたい事があり、今は黄依ちゃんと二人で海岸にいた。
「綺麗な海だね」
「夏とかには海開きがされて海水浴に来る人でいっぱいらしいわよ」
「まだ春近くで良かったよ、あんな感情生命体いたんじゃ、絶対開けない」
潮風が髪をたなびかせる。
私は身体を動かす為に伸びをしたり、準備運動をする。
「んーいい風。たまには自然に触れるってのもいいねー」
「そういえば紅葉の実家ってここから近いんだっけ?」
「そうだねー。祖父もとんでもない所に家を使ったもんだよ。なんせ、あの自殺志願者の楽園の中なんだよ?」
「感情生命体が沸いて出てきそうね」
黄依ちゃんが笑いながら返す。
「さてと、黄依ちゃんから貰った特異能力確かめてみなきゃ」
「とりあえず、側から見てるわ。一応コツとかも教えられそうだから困ったら言ってちょうだい」
「ありがとう、黄依ちゃん」
私は全身の力を抜いて、自身が加速するイメージをする。
「『速度累加』ッ!」
瞬間、風圧が巻き起こり、辺りの砂が空中へ散布した。
「ゴホッ……ゴホッ……失敗したぁ……」
「いやいやいや、普通そんな事起こらんて。どんだけERGを分解してるのよ?」
黄依ちゃんは手を横に振りながら呆れる。
「大体いつも『花間』を使うくらいかな」
筒美流奥義対人術『花間』は相手との間合いを詰めたり、伸ばしたりする技。『速度累加』と同じく速さに関係する技だから、試しに同じくらいの調整でやってみたのだけど。
「なるほど……これだから脳筋は……とりあえず、10分の1くらいにしてみたら?」
「へっ⁉︎ ちょっと待って何っ脳筋って!」
「……まぁとりあえずやってみなよ」
「もぅ……脳筋って言ったこと後悔させてやるんだから!」
もう一度、リラックスをして自分が加速するイメージをする。
「『速度累加』」
瞬間、身体が音速に近いスピードで引っ張られる。勿論身体が強張って抵抗する為、無意識の中で筒美流奥義を使いながら逆向きに走る。
「ちょっ……ねぇぇえ、これやばいって! やばい引っ張られる!」
「どうして一発でその速さまでいくのよ」
全速力で走るがどんどんと引っ張られていく方向へと下がっていく。
「止めてぇええええ!」
「駄目。これは紅葉の特異能力に慣れる為の訓練でしょ? それに減速はできないのこの特異能力」
「うそん」
「とりあえず、頭の中を空っぽにしな、そうすれば止まるから」
言われたとおりに頭を空っぽにする。その瞬間、引っ張られる力がなくなって、勢い余った身体が砂浜にのめり込む。
「どうやったらそうなるのよ。逆に才能ありすぎてドジ踏んでるパターンか」
「ゴホッ……ゴホッ……何この特異能力。私のイメージと全然違うんだけど!」
「というと?」
「だって、黄依ちゃん以外の特異能力者のみんな特異能力を使うとみんな息切らしてるじゃん」
「そらまぁ……それだけの事やってるし」
当然の如く、それを言われる。
「ってことはわりと黄依ちゃんの特異能力ってコストパフォーマンス的に良いやつなの?」
「『速度累加』はそうだけど、『僻遠斬撃』はそうでも無さげ。そもそも人によってそーいうの全然違うからあてにはならんよ」
「うぅ……特異能力難しい」
「いやむしろ、最初から完璧にコントロール出来たらこっちが凹むわよ」
そこで、私が黄依ちゃんの追体験をした時、特異能力によって足がちゃんと速くなった事を思い出した。
「確かに……あっでもでも、DRAGを使った時に見た夢の中ではちゃんと使えて足が速くなったよ?」
夢という言葉に反応して黄依ちゃんがピクッと眉を動かした。
「夢……?」
「あっ……うん、黄依ちゃんの過去の追体験」
というかこれ言わない方が良かったのでは……
「マジか……つかそういう事か。はぁ……ありがとう」
俯きながら黄依ちゃんはそういう。
「……?」
「いや気にしないで、こっちの話だから。んで多分それ、私の親戚を半殺しにした時のやつだよね?」
「確か……そうだった筈」
黄依ちゃんが顎に手を置き、少し考える。
「多分……特異能力って人間の感情に呼応して、現れる事象なの」
「ほむ……」
「あの時確か、私も怒ってたし……激情に駆られた時は安定して発動するのかな……? うん、でもそうとは限らないし、それが過ぎれば感情生命体になってしまうし……よく分かんない……」
「よく分かんないかぁ……」
「一つ言えるとしたら、特異能力ってとても不安定なものなのよ。だから、その日の体調や気分によって全然出し方が違ったり、調整が違ったりするのよ」
「ほむ」
「だからとりあえず、習うより慣れろ。そんな感じでいきましょう? 本当に怪我しそうだったら止めるから」
「了解」