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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act two 第二幕 恐怖と喪失。そして、憧れ。
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スキャーリィ編 26話 依存2

「はぁ……はぁ……」


 目まぐるしい感情の渦の中、ギリギリ自我を保てた私は一度目の特異能力者エゴイストになる為の通過儀礼イニシエーションを終えた事を安堵する。


 瞬きをするとまた違う光景に変わった。


「やっぱり……そうか」


 今度は少し広い家。聞いた話が正しければ、恐らく黄依きいちゃんの母方の実家なのだろう。周りには数人の大人達がいた。この人達も恐らくは黄依ちゃんの親戚に当てる人物。


 そして、こちらを見ている女の人が一人。彼女は一度私と会った事があった為それがすぐに誰なのか理解できた。


「ママっ……!」


 勝手に口走るこの身体通り、そのやつれた目をした彼女は黄依ちゃんの母親だった。


「やめてよ……おばさん達っ……! なんで私達にひどい事するの? 家族でしょ?」


 すると彼らは思わず吹き出しそうに笑い、私と彼女に対して言葉を投げつける。


「居候の分際で一体何様の気なのよ、このガキ」

「外国人のお前がいるからだよッ! 定火ていかが外国人と結婚なんてしたからだよッ!」


 罵詈雑言の数々。振われる暴力。最低な大人達。周りの目が怖いから差別なんてする馬鹿な人達。


 それでも、何か仕返しがされるのが怖くて、何も言えない自分が悔しい。一番悔しかったのが、今この場で肉親であるママの助けになれなかった事。


 色々な感情が私をもう一度包んだ。


「ごめんね……ごめんね……」


 ママから私に投げかけられたその言葉がどれだけ悔しいか。


「全部私が悪いの」


 それでも暖かく抱きしめてくれて、私を必要としてくれた事がどれだけ嬉しかったか。パパの一件の時、全く助けてくれなかったけど、私を抱きしめてくれる度にこんな屑な人でも私のママなんだなって思えた。


 これが黄依ちゃんの感情の根源……母親への『依存』。


 いや……『共依存』だった。


 身体が燃えるような感情。それなのに心の底ではそれすらを凌駕する理性。


「ママ……ずっと一緒だからね?」


 幼気に誓いたいと思ったこの感情。


「うん……」


 ママもそれに同意してくれた。


 しかし、私はこの噺の顛末をも知っていた。それを悟った瞬間酷い頭痛に襲われて、見ていた風景が変わる。


「ママっ……! やめて……! それ……包丁……」


 私に向かい包丁を持ちながら、呂律の回らない口調で彼女に言葉を浴びせられる。


「なんで……! なんで私がこんな辛い目に合わなきゃいけないのよ⁉︎」


 背にはもう壁があり、何処にも逃げる事が出来なかった。実の母親に包丁を突き立てられる恐怖。


「だから……ママっ! 私と一緒に生きていこうって……!」

「あなたのせいで私は人生を台無しにされたのよ……!」


 涙を流しながらそんな事を言われてしまったら、私はどうすれば良いのか分からない。ただ分かったのは私の目からも涙が流れた事。


「あなたなんて……産むんじゃ無かった……」


 力が抜けてその場に崩れ落ちるママ、そして動く私の身体。


「ママ……一緒に死のう?」

「黄依……? あなた何を……」


 私は服を脱ぎ、ママの包丁を握っている手を握りながら自分の体に押し当てた。


「やめて……黄依……ごめんなさい……! 私が悪かったわっ!」


 肩から腹へスラスラと筆で文字を書くように傷の付いていく身体。熱くて痛い『不幸しあわせ』の味。


「いやっ……やめてっ!」

「最初からこうすればみんな幸せだったよね……ごめんね。生まれてきちゃって」

「いやぁ……イヤァァア!」


 柔らかく豆腐のように腹を貫いた包丁の痛みとあまりの酷さに泣き叫び発狂するママの姿。


 黒く沈んでいく黄依ちゃんの自意識と浮かび上がる私の自意識。そして脳がぐちゃぐちゃと書き換えられていくような感覚。私はそれに抗いながら、また与えられた臓器を身代わりに特異能力エゴを獲得する。


 第二の特異能力エゴーー『僻遠斬撃リモートインパクト


 それと同時に沢山瞳に映る景色と溢れ出てくる感情がフラッシュバックのように流れていく。


 黄依ちゃんの母親が廃人と化し、幼稚退行した姿。黄依ちゃんがあの包丁を持って親戚達を蹂躙する姿。彼らが逃げて逃げて逃げまわっても、追いつかれ遠く離れた場所から見えない斬撃が飛んでくる恐怖を与える快感。護衛軍の人間に見つかり、捕まった時の虚しさ。自分がしでかした事への罪悪感。


 そして、頬に少しだけ痛みを感じた。


 目を開けるとそこが先程までいた船室……つまりは現実である事が分かった。一体どれくらいの時間私はこの状態だったのだろか。


「紅葉ッ……あんた何やってるのよッ⁉︎」

「黄依ちゃんだぁ……良かった……戻ってこれて」


 映り込んだのは黄依ちゃんの涙を流す哀しそうな表情。そりゃ……親友の衿華えりかちゃんを失ったんだもの……そんな表情するに決まってる。


「私ね……やっと黄依ちゃんの苦しみを分かる事が出来る様になったんだ……」

「何言ってんのよ……馬鹿よあんたは……ッ!」

「あはは……ごめんね、衿華ちゃんを守ってあげられなくて」

「違うわよ……それもそうだけど……二度と黙ってこんな事しないで」

「だって言ったら止められてた……」

「そんな事しないわよ……! 貴女が背負うなら、私も一緒に背負うって……そう誓ったじゃない!」


 そっか……黄依ちゃんもあの日、瑠璃くんと会った日そんな事言ってたっけ。


「私……惨めだね」

「違うわよ。私が貴女の事を大事に思いすぎてるだけよ」

「ありがとう……黄依ちゃんがいなきゃ私きっと壊れてた」


 なけなしの力で彼女によりかかる。それに呼応し、彼女は抱きしめてくれる。


「起きたら、ちゃんと事情聞かせなさいよ。だから今はお休み」


 瞼が重く落ちていく中、私は彼女の胸の中で意識を落とした。


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