スキャーリィ編 24話 償い6
一瞬、空気が固まった。あと蘇芳ちゃんが声を荒げて言う。
「絶対に断る!」
「私人妻よ⁉︎ やるわけないじゃ無い!」
「あっそう……幹部級の特異能力者を増やすチャンスなのだが……」
「……」
私は青磁先生の提案に少し怒りそうになったが、私自身がこの感情を持って何かを言って良いほどの立場では無い事を痛い程胸に染み込ませていたから、黙っていた。
「……すまん、空気を読まなかった『俺』が悪かった」
彼がまた一人称を『俺』した。という事は彼も本気で悪かったと思っているのだろう。しかし、おそらく彼は本当に何を犠牲にしてでも護衛軍幹部級の特異能力は得たい物だと思っていた筈だ。
それに私にとっても、幹部級の特異能力が使えるようになれば、樹教に対してとてつもない有効打になり得る。確かに衿華ちゃんや黄依ちゃんの特異能力はそれを達成するのに問題ないくらいのものでもあるのだが、目の前にいる二人の幹部はやはり桁違いに強いのだ。
「それで、まぁ……蕗衿華と霧咲黄依のDRAGを紅葉には持たせているんだが、それを飲ませようと思う。異論はないか?」
「あぁ……エリカの特異能力は今回の相手には絶対必要になる」
「それに黄依ちゃんの特異能力は戦闘面からそれ以外までの汎用性に優れている……だから、全然それで良いと思うのだけど」
「分かった。それでいこう……。紅葉も覚悟はできたよな?」
青磁先生は私に問いかける。
「うん。大丈夫。私もアイツとはケリを付けないといけないと思ってる」
「……分かった。だが……絶対に忘れるなよ。お前が背負うべきものは何かを。これは目的の為の手段じゃない……お前の考え方次第で変わってくるものなんだ」
「……」
私が心の奥底ではあの感情生命体を殺す事で何かに対して『償える』と思ってる事なんてわかってる。
だけど、言葉にする事で、話す事でその重みが増す。私の無自覚さが浮き彫りになってしまう。
「大事なのはお前の『心』だ……特異能力者になるという事はそういう事だ。だから俺達は『願いを実現させたい者』なんだよ」
「でもそれが『利己主義』でもある……だから人間は……私達は哀しい生き物なんだよ」
心の奥底では分かっている筈なのに、それでも違うと言ってしまう。
それに、これまで私に向けられてきたものは一括りにしてしまえば全部、『悪意』や『善意』なんてものじゃない。
人間の『欲望』なんだ。
全て、全て……感情なんて私にとって幻なんだ。一時的に身体を動かす為の人間の機能に過ぎないんだ……
だから人間は哀しい生き物なんだ。
しかし、彼はそうじゃ無いと言った。
「いいや……違うな……欲望こそが……感情こそが人間の愛おしい所だ……!」
人間に対してほとんどを諦めて、この場の誰よりも捻くれていた彼がその言葉を吐いたのだった。
「お前にはきっと言われないでも分かるくらい色々な物を背負って生きて、それを理解している……だからこそお前の背負ってきたもの全部DRAGにぶつけて欲しい。それはお前自身の感情に答えてお前を強くしてくれるはずだ……」
『Drug Redly Addict Gift』ーー『薬は難なく人を依存させる物』。それがDRAGの正式名称……彼は昔そう言いながら『使った人間の反応が見たい』とも言った。
「そして、それは俺様からの『贈り物』だ。決してそれに『依存』するなよーー。俺様はお前に全てを託す……だから見せてくれよ……人間の感情って奴をさ」
彼が声を震わせて何かを言うのを私は初めて聴いた。やはり、彼にだってDRAGを使わせる事に抵抗感があるのだろう。
「……センセイって屑だがいい奴だな」
「よせよ、褒めるな。俺様はきっとこの世界で一番褒められちゃいけない人間なんだぜ?」
「そうね……きっとそういう生き方しか出来ない人もいるものね」
「そうだ。分かったか……紅葉?」
私は様々な物を人から託されて、渡されて、助けられて生きてきた。その度に様々な感情に触れた。私自身もそれに共感して、泣いたり笑ったりした。
「分かった……その想い確かに受け取ったよ」
きっとまた、私は何かを失うのだろう。失い続けてこれからも生きていくのだろう。そして今からする事も生半可なことでは無い。人間を辞めるか辞めないかの瀬戸際に彷徨う事をするのだろう。
天照さんや蘇芳ちゃんは私を見てコクリと頷く。
そして、二つのDRAGを袋から取り出す。
「絶対にその期待は裏切らせない」
私は一つ目のDRAGを口に入れて噛み砕いた。




