第一幕 1話 エゴイスト
特異能力者
彼等は曰く、人から外れた外道。
若くは、彼等は曰く、人より人間らしい。
そして、彼等は曰く、英雄だ。
世間からその存在を隠され、幼い頃から国の監視下に置かれ英雄として、この世界を守るものとして、その特異性を"機関"という学校で伸ばされる。
そして、この護衛軍の尉官以上はほとんど特異能力者で構成されている。
私、筒美紅葉の場合は二尉官だけど特異能力者では無い特殊な例だ。だから、私は二人の特異能力者を相棒として監視下に置いている。
一人目は霧咲黄依ちゃん。
彼女は特異能力者の中でも極めて稀ないわゆる"二つ持ち"だ。
両方とも後天性の特異能力で、一つは先日、彼女が見せた『速度累加』。作用は単純明解で、物に対して何かしらの干渉をすると速度を与えることができるものだ。
勿論、それは人が物を押したりして出来ることと同じ事をしているに過ぎない。でも彼女の場合それに掛ける熱量の少なさと初速度で音速を超える事が出来る事、そして彼女が特異能力で周りの空気まで一緒に加速させている為、加速時に発生する抵抗など自分を害する力を無視出来る。
だから、特異能力として扱われているのだと思う。
もう一つの特異能力は僻遠斬撃。この特異能力は起きている事象だけ説明すると、例えば離れている相手に対して刃物をその場で振るとする。勿論、それは当たる訳が無いのだけれど、彼女の場合多少の時差はあるがそれが当たるのだ。その正体は空気の中に含まれ『ERG』という感情生命体由来の微細な物質に干渉して、それを刃物の感触をそのままに斬撃として波の様に飛ばしている。つまりは、動きは必要となるがそれでも見えない致命症になり得る遠距離攻撃を少ない熱量で放てる。
更に彼女の優れている点はこの二つの特異能力を同時使用出来る所だ。つまり、多少の制約を無視すれば見えない攻撃が音速以上の速さで遠くから飛んでくるのだ。恐らく、それでも本気はそれ以上。黄依ちゃんが殺意を持った状態の時にサシで闘えば私なんて一瞬ですら経たない内に殺されるだろう。
黄依ちゃんはこれ程の特異能力を後天的に取得したそうだ。彼女の特異能力取得の過去を語るのは、彼女の口からが一番良いと思う。
だから次は衿華ちゃんの話。
そう、二人目の蕗衿華ちゃんは先天的に特異能力者で生まれてきたのだ。軍内の噂では両親の片方でも特異能力者だとその子供は特異能力者になるらしい。
衿華ちゃんの母親は黄依ちゃんの様に強力な特異能力を持っていた訳でもないと衿華ちゃん自身が言っていたが、彼女の特異能力は攻守ともに有用なものだと私は思う。
『痛覚支配』
それは体の感覚、特に痛みに干渉する特異能力。怪我をした人に対してこれを使えば痛みを感じずに済む。この能力では勿論怪我は治らないが、違う使い方もできる。自分の痛みと相手の痛みを共鳴させ、相手に対して自分の何倍も感覚器官を刺激することが出来る。その時、理性を持たない相手、つまりは感情生命体等に対してなら、発生する痛みに帳尻を合わせるために強制的に相手に対して自傷行為をさせる事ができる。
私は充分に敵に回したくない能力だと思っているけど、衿華ちゃんは自身の能力をあまり誇りたがらない。理由は先日、私が感情生命体に対して暴力を振るった時に考えていた事と同じ『相手に痛みを与える事は果たして良い事であるのか?』という罪悪感を抱いているからなんだろう。
話は変わるけれど、何を持って特異能力とするか。
それは、通常では起こり得ない現象を特異的に起こした場合。
もっと具体的な話をすると、死喰いの樹が生えて以降、先程の説明に登場した『ERG』という、感情生命体、主に自死欲由来の微粒子が空気中に大量に発生するようになった。
通常の人間でも『ERG』を吸収しても毒にはならず、分解する事ができる。そして、分解した結果それは熱量と神経伝達物質、つまりは感情に変化する。
それを可能としているのが『DAYN』という細胞小器官。この『DAYN』は通常なら身体の全細胞の中でも数%しか含まれていなく、それは『ミトコンドリア』という細胞内小器官の代替器官としてそこにある。
私の場合は主に内臓の細胞に含まれている『DAYN』量が85%を超えているから、大量の『ERG』を一気に分解出来た結果、身体能力の強化ができている。
そして、ここからが本題、『DAYN』の中でも過剰な負荷を受けて転化する物もある。それが『特異DAYN』。その『特異DAYN』は通常の『DAYN』とは違う挙動をする。それは熱量を使って何かしらの現象を起こす時に酵素のような働きをするのだ。そして、何かに置換された熱量はそのまま特異能力として具現化する。
つまり、特異能力は『特異DAYN』という細胞の中の工場で加工された通常では起こり得ない身体能力の延長線上にあるもの。
そして、DAYNに負荷がかかっているという事は特異能力者には精神的にどこか異常を持っているという事。
それはただ単純に考える事が出来ないだとか、人とは違う発想の持ち主という事ではなく、人間にある愛という感情に執着している人が多い傾向がある。勿論それに当てはまらない人もいるが、黄依ちゃんや衿華ちゃんはそれに当てはまる特異能力者だ。
だから、私は黄依ちゃんや衿華ちゃんの支えでなければいけない。
私にも、人に言えない過去があるように、彼女達にも人に言えない過去がある。その過去に触れてでも私は彼女達の傷を舐め彼女達の依存と愛を満たしている。
自分でも気付いている。私は人から求められたい、誰でもいいからこの胸に空いた穴を埋めて欲しい。
私の姉がそうしてくれたように彼女達にも私の胸の穴を塞ぐ人になってほしい。
だから、私が本当の意味で利己主義なんだろう。