スキャーリィ編 17話 エリカ6
「私は衿華の事……どんな人生を送ってきて、どんな経験をして、どんな『感情』を抱いたか知らない。だから、ひとつだけ教えて欲しいの。衿華が自分自身で似ていると思う生き物、人間以外でなんだと思う?」
「それは……」
可愛い動物、美しい植物。沢山沢山のものが思い浮かぶが、それは衿華に似合わないと感じてしまう。
「やっぱり卑屈になっちゃうのね、昔の私そっくり」
「ごっごめんなさい!」
「ゆっくり決めて欲しいと言いたいところだけど、時間がないからね」
「いっその事虫とか!」
いっぱい足がついてるのは気持ち悪いけど、6本までなら……昆虫なら大丈夫……大丈夫?
「えぇ……? 蝶々とか?」
「ダメ! それじゃあ可愛すぎる! 衿華に似合わない! 衿華なんて『蛾』で充分よ!」
「蛾ッ⁉︎ 我が孫ながらなんて酷い自己嫌悪……貴女のお父さんが聞いたら泣くわよ?」
「いいの! 蛾で!」
虫に我と書いて蛾。光に集まってく姿なんて、紅葉ちゃんに対する衿華らしくてなんて丁度いい。
「うーん……それじゃあ『蚕』とかどう?」
「蚕ってあの白くて繭をつくる?」
「そうだね。蚕の繭で作った糸は凄く綺麗なのよ。特に天蚕と呼ばれる、山繭蛾科の蚕は凄く稀少の天然物で高級品の着物とかに使われているの。糸自体に光沢があってとても綺麗だよ?」
「でも、やっぱり綺麗なのはちょっと……」
「客観的視点くらい少しは取り入れなさい。衿華は可愛いんだから。ちゃんと今まで美人さんに成長してくれて私も嬉しいわ。だからね、こういう時こそ貴女にはより美しくなって欲しい」
頭を撫でられる。蚕は確かに蛾だし……お婆ちゃんの気持ちもとても嬉しい。
「大丈夫よ、貴女は『希望』なのだから。衿華がそれを自覚すればきっと誰だって救う事ができる」
握手され、その手の温かさが伝わってきた。
「これからよ……衿華。貴女はこの最悪な状況を変える事ができる。だから、最後まで諦めないで。貴女の『痛み』が判るから貴女に託すわよ」
手が離され、優しく背中を押された。
「さよなら、また後で逢いましょう」
声が薄れて、意識がはっきりとしてくる
気が付くと氷の上に立っていて目の前には感情生命体の驚いたような表情が見えた。
「!ecnaraeppa%ti@si#tahw」
何となくコイツ言っている事が理解できた。
『その姿はなんだ』と
衿華自身の身体を見てみると、触手によって貫かれた穴は塞がり、より肌が白くなっている。目にかかっている髪も白く、頭からは触覚みたいなものも生えていた。背中には変な感覚が沢山あった。多分、チラチラと見えるこの大きな白い羽と阿修羅のように生えたこの虫の脚のような手なのだろう。
その見た目はお婆ちゃんと話した通り、蚕と人間が合わさったような姿だった。
でも、もう姿は人間から離れたはずなのに自我は保てていた。その点だけ言えばより人間らしくなった気もする。人間にしか抱かないであろう『憧れ』という感情が止めどなく溢れきて、それが衿華の姿まで変えていく。
瑠璃くんはきっとこれを生まれた瞬間から体験していたのだろう。彼も色々な事を体験したのだろうか……?
「……これが感情生命体。これが、『エリカ』」
唸る目の前の感情生命体。気を抜けばどちらが死に至ってもおかしくはない状況。人智を超えたモノ同士の闘い。
「これでもきっと貴方には届かないかもしれないんだよね……全く、世の中は不条理にも程があるよ……」
だから、何度も何度も誓った『願い』を胸に、もう一度覚悟を決める。
「貴方を止める……! この特異能力で!」