スキャーリィ編 16話 エリカ5
先程、混乱した天照大将補が言っていた名前と同じ名前が出た。それに衿華の祖母……これまでに会ったことのある母方の祖母では絶対に無いし、父方の祖母や祖父はもう亡くなったって……
「衿華のお婆ちゃん……?」
「そうよ。きっと衿華には色々話さないといけないことが沢山有ると思うわ。だけど今は時間がない。それにもう、貴女の身体は手遅れ。だから伝えなきゃいけない事だけ伝えるわよ」
「でも、衿華は守らないといけない人が居るんですっ!」
「大丈夫よ、それだけは絶対に叶えられるわ。その気持ちが貴女が衿華である理由なのだから」
彼女は衿華に優しく微笑み、衿華を落ち着けてくれる。
「……お婆ちゃんと今まで話したことなかったけど、なんでそんなに衿華の事を気にかけてくれるの……?
「当たり前じゃない……あなたは私の孫なんだから! それに実は衿華には二度だけ会ったことがあるのよ。最初はまだ産まれて間もない赤ちゃんの時。二回目は貴女が感情生命体由来の病に罹った時」
いつも見ていた夢の『痛み』の原因は感情生命体由来の病気だった……
確か紅葉ちゃんも感情生命体由来の病気に罹ったから、葉書さんの心臓を移植したって……
まさか、同じなんて事は無いだろうけど……
「あの病気は衝動と同じERGによる人体への干渉。特徴的なのはERGの形状が赤く染まった蒲公英の種子に似ているという事、そして正常な細胞を癌のような悪性腫瘍に変える事、増殖するのに規則性がない事が挙げられるわね」
「……え? ちょっと待って……」
それって紅葉ちゃんから聞いた特徴と同じ……
世間って狭いんだなぁ……
ここまで来ると衿華と紅葉ちゃんの間には何か運命的な繋がりがあったのではないかと思い少しだけ嬉しくなる。
「実は衿華の『友達』が同じ病気だったらしいんだけど、あんな病気にかかったら衿華は大変だったんじゃ……? そもそもどうやって治したの?」
「……その答えは今、衿華と私の意志が疎通出来ている事にあるわよ」
「……まさかっ!」
衿華は一瞬、紅葉ちゃんと同じようにお婆ちゃんの臓器を移植されたのだと思い声を出した。
お婆ちゃんはコクっと頷くが、返答は衿華が予想した物とは違っていた。
「私の特異DAYNの入った細胞を一部移植、正確には特異DAYNだけを抽出して衿華の細胞に馴染ませた。今衿華が話しているのは、私の特異DAYNに含まれた微かな残留物だと思うわよ」
死喰い樹の腕が認識出来ない程小さい物質には反応出来ないから、衿華には紅葉ちゃんのように死喰い樹の腕は来ない。しかし……
「そんな事しても、あの病気は治せないんじゃ……?」
「いいえ、そんなこと無いわ。私の特異DAYNを衿華に移植した事で、衿華は元々持ち合わせていた特異能力者としての才能に目醒めたの。そして、私たちの特異能力ーー『痛覚支配』の真価は『痛み』への干渉じゃない。一つは神経への干渉……これは衿華にも分かるわよね」
衿華はこれまでの戦いの最中、人の神経へ干渉し、動きを止めたりしていた。確かに、『痛覚』だけを支配するには、神経まで干渉していた感覚もあった……
それは無意識に使ってきた事だった。
「でももっとすごいのがもう一つの最後の能力……大雑把に言えば脳内に存在する人間の『感情を司る』化学物質と微弱な電気信号を操る。これが感情生命体の『衝動』による干渉……つまりはERGに付随した神経伝達物質による汚染を浄化していたのよ」
その話を聞き、点と点が繋がったように色々な物の関係性が繋がる。
先程、衿華の特異能力ーー『痛覚支配』があの感情生命体の『恐怖』の『衝動』を無効化をしていた。
そして、『衝動』はERGの汚染を行う事で人間に対して、特定の感情を抱かせる感情生命体の生態能力の一つ。『衝動』によって放たれたERGは常に『感情を司る』物質と結合した状態にある。
あの病気も『衝動』の一種だとすると……
「それじゃあ、あの病気は衿華自身が……衿華の特異能力が治したの……?」
「えぇ、そうよ。だから、衿華は自分自身に誇ってちょうだい」
「でも、それはお婆ちゃんが衿華に特異能力を渡してくれたから……」
「……もちろん、私の特異DAYNの移植も要因の一つだけど、それはキッカケに過ぎない。最後はあなた自身の心の強さによって勝ち取った特異能力よ。今、衿華は護衛軍の元大将補からちゃんと強い子だってお墨付きを貰えたのよ?」
今まで、周りの人に比べて衿華は劣っていると感じて暮らしてきた。紅葉ちゃんや黄依ちゃんはもちろん凄いし、衿華では想像も付かないほどの絶望と葛藤を繰り返してこの戦場に立っていた。だから、あの二人に衿華は『憧れていた』。
衿華も努力はした。筒美流奥義を覚える為に機関生の頃から色々な事を勉強した。苦手だった運動もずっと頑張ってきた。護衛軍の厳しい訓練にもずっと耐えてきた。暇さえ見つければ自主練だってしてきた。紅葉ちゃんにも奥義の練習に付き合って貰った。
でも、『憧れ』には一歩届かなかった。気づいた頃には衿華の中には『憧れ』が届かないものであるからこそ『憧れ』だという事を理解した。
そして、今はその感情こそが衿華自身を『憧れ』の存在へと近づける。
「ありがとう……お婆ちゃん……」
「今まで、お婆ちゃんらしい事出来なかったからね。それに、どうせ衿華は遅かれ早かれ感情生命体になる……ならそれを利用しないと」
衿華を抱きしめながら彼女はそう言った。