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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act two 第二幕 恐怖と喪失。そして、憧れ。
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スキャーリィ編 10話 恐怖1*

『恐怖』とは私達人間の感情の一つである。


 主にそれは不安等の漠然として、確実性のない感情の一つである。そして、ある特定の状況や場所によって否応無しに引き起こされる『恐怖症』なるものも存在していた。


 高い所が怖い。狭い所が怖い。広い所が怖い。暗い所が怖い。明るい所が怖い。特定の色が怖い。針の先端が怖い。集合体が怖い。動物が怖い。虫が怖い。人が怖い。あげればキリの無い『恐怖』の対象。


 そして、私は……ふき衿華えりかは『痛い』のが怖い。


 もちろん、誰にとっても、死ぬのが怖い。それなのに、死喰い(タナトス)樹の中で永遠に生きていくことが怖い。


 そんな、『恐怖』は私達の行動を縛り、通常のコンディションを出せなくさせる。だけど、全てが突き詰めてしまえば『恐怖』という感情は人間の培ってきた経験による過剰反応でもある。


 だとしても、衿華はそれを危険を回避する為の信号だと思っていた。だから、何かに『恐怖』することは決して恥ずかしい事では無いと思って生きてきた。


『痛み』を本当に恐ろしいものだとして生きてきた。


 それが、たとえ周りから臆病に見られても、意気地なしとも思われても、馬鹿にされても。


 誰にだって『痛み』は存在していて、『痛み』を持ちながら生きていく事は本当に本当に辛い事だから。そう思わなければいけないほど、衿華には『痛み』に関する強迫観念があった。それが衿華の特異能力エゴへとなる程に。


 そして、今まさに衿華の『恐怖』に対するそんな考えが確信へと変わった。目の前にいる『それ』が『恐怖』そのものであり、曖昧な概念なんかじゃなくて、まるで『恐怖』が生きて私達に牙を剥いていた。


 叫び声、失神、果てには錯乱し暴れ回る軍人達。いまさっき覚悟を決めた人間達とは思えない行動。その原因は明らかであった。


 目の前の感情生命体エスターだ。


 まず特徴的なのは蛸のようなその触手。数え切れない程の触手を口の周りに生やし、それはグネグネと蠢いている。吸盤にはそれぞれ人の恐怖する顔が浮き出ていた。喩えるなら、レンコンや蓮の花托のようにブツブツと空いた夥しい数の穴から一つ一つ違う形の顔を覗かせ全部此方を凝視する。そして、触手の下には大きさ50メートル程の船を丸呑みにしそうな程大きな口、そして幾重にも並ぶ鮫のような歯。触手が生えていない頭部らしき部分には、私達を逃がさないと言わんばかりに凝視する大きくどこまでも深い暗く黒い幾つもの瞳。そのどれもが船に居る一人ひとりを捉えていた。


 それだけでも恐怖な光景なのに問題はその大きさ。頭のようなものだけでもこの大きさなのに、水面下にはそれを支える為の体なるものがあると容易に想像ができた。


 そして、この混乱状態を招いた当初は無いと予測までされた、感情生命体エスター衝動パトス。そしてそれは一介の衝動パトスによるものとは段違いな威力を見せた。


「!olleh#ha/?deracs@uoy&t'nera☆yhw, yaw$eht¥yb」


 轟き、低く内臓にまで響く咆哮。さらに発狂を繰り返す周りの人々。その中にも特異能力者エゴイストである、天照てんしょう大将補や踏陰ふみかげ蘇芳すおうちゃん、そして衿華の同期である筒美つつみ紅葉もみじちゃんは自分の手を噛んだりして自我を保とうとしていた。


 そして、ふと疑問に思う。


 何故衿華だけがこの衝動パトスを認知した筈なのに受けていないのかと。


「ふざけるなァァァアッ! 私は……ッ! 私はッ! 違うッ! お前なんかッ! お前なんかッ! お前は私じゃ無いッ! 黙れぇぇえええええッ! 私は……ッ! お前なんか怖く無いッ……!」


 あの紅葉ちゃんが恐怖に引き立った顔で喉を枯らし叫ぶ。そして、顔をパシンと叩き一瞬止まり、再び話始める。


「はぁ……はぁ……嘘でしょ? 私が瑠璃るりくん以外で衝動パトスを受けていた……?」


 そして、衝動パトスを無理矢理ねじ曲げた反動からくる精神疲労により身体が崩れ落ちた。


「紅葉ちゃんッ!」

「衿華ちゃん……無事だったの……?」

「衿華も衝動パトスらしきものは感じたけど……ううん、今はそんな事よりあいつから離れなちゃッ!」

「待って、あいつはふみふみちゃんの予測と私の経験則から言わせてもらうとめちゃくちゃ強い! 船を出してもすぐに追いつかれる!」

「でっでも! それじゃあどうすればッ!」

「大丈夫、私が……」


 紅葉ちゃんがそれを言いかけた瞬間、再びあいつから衝動パトスが放たれた気配がし頭痛に襲われる。


「ガァァアアアアアアアアアアッ!」

「痛っ……いッ!」


 紅葉ちゃんは叫びながらその場で頭を押さえ込み、何度も何度地面へ頭をぶつける。


「何やってんのッ⁉︎ 紅葉ちゃん! くそっ……特異能力エゴをーーッ! 『痛覚支配ペインハッカー』」


 紅葉ちゃんに触れながら、自身と彼女に対して特異能力エゴを使う。


「はぁ……はぁ……」

「紅葉ちゃんの馬鹿ッ! なんでそんな強引な治し方をするのッ⁉︎」

「違う……身体が勝手に動いたの……」

「じゃあなんで衝動パトスが解けてるのッ⁉︎」


 すると、またヤツが大きく咆哮する。


「!uoy#wercs/!eracs☆ton♪yhw」


 怒り叫ぶようなその声が海上に響き渡る。

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