スキャーリィ編 8話 開戦1
「海だ!」
「海だね……」
「海ね!」
「海だぞ」
そう、私ーー筒美紅葉は海に来たのであった。正確には遊びに来た訳ではなく、本部からバスに揺られる事2、3時間、この辺りの海域に現れたという、特異感情生命体を討伐しに来たのである。
その特異感情生命体は失踪した護衛軍の軍人、香宮洪と断定された。理由は簡単で、彼が持っていた特異能力は水及び水溶液を自在に操るというものであり、この海域がその感情生命体によって通常では起こり得ない海流や津波が起きている事から、その特異能力によって起こされたのではと推察された。
そして、たった今港から船で海に出港した所であった。船は二つに分かれて、私達の船には私以外にも他にてるてるさんや蘇芳ちゃん、衿華ちゃんにその他本部の尉官や静岡支部の人達もいた。もう一つの船の方には黄依ちゃんや薔薇ちゃん、それに白夜くんと所要がいた。
「静岡の支部の方って船こんなに大きな船二隻も持ってるんですね」
「あぁ、だって通常時でも感情生命体は海上に出現する事もあるからな。普段からよくこうして静岡支部の人らは出向いてるんだよ。今回はどうやら手に負えないらしいがな」
蘇芳ちゃんが私に解説してくれる。
「そんな強敵が居るかもしれないのに黄依ちゃん達と別れちゃっても大丈夫? ふみふみちゃん」
「エリカ、こういう場合は二手に分かれておいた方が大体得策なんだよ、片方潰されてもあっちが残れば、敵の情報は残す事は出来るしな。それに敵の発見が速くなる。問題は相手が使う特異能力だ」
「潰されるって結構エグい表現するね。でも、それぞれの船にその敵が使うであろう特異能力の弱点になりそうな特異能力者を配置しているんでしょ?」
「ええ、そうね紅葉ちゃん。この船には私、妊娠中なのに私が呼ばれたのはそういうワケよ」
胸を張りながらてるてるさんは答える。彼女の特異能力は周囲の温度や天気、湿度などを自由に操る『環境操作』だ。つまり、この海という環境下でいかに水を武器に使われようともそれを凍らせて阻止しようという作戦らしい。
「じゃあ、あっちは薔薇ちゃんか」
「そうだな、バラの『水素爆発』は水分を電気分解し、酸素と水素に分けそれらを濃度まで自在に操る特異能力だ。海水でも発動可能な事は実証済み、つまりバラが水に触れた時点で形が崩壊して、奴の支配下では無くなるという魂胆だ。面目はないが今回はバラに来てもらえて良かったよ」
「……そうね、でも唯一懸念があるとすれば、香宮くん……いえ、特異感情生命体がどこまで水を支配できるか。もし、私達の血液を操ってくるようなことが有れば即死ものね。でもその辺は心配ない筈よ、私達の体は私達の支配域にあるから干渉されるような事はないだろうし、干渉されるような事があっても筒美流でなんとかすればなんとかなると思うけどね」
そう、人間の身体には無意識的に支配下に置いている防御機構がある。誰の身体にでもあるERGやDAYNによるその防御機構はある程度の外部干渉はよっぽど強い衝動や特異能力ではない限り、それを破る事は無い。それにもしそんな事をしてくるなら、それこそ自死欲級の感情生命体だ。そうなった時、より対策をたてて旅団長や泉沢さんを呼ぶという手もあるのだろう。
「まぁな、だがそれをしかねないから今回は合同任務って事になったんだろ? 特異能力が使えるから衝動を使ってくるなんて事は無いと思うし、そっちを注視して戦った方がいいだろうな。気を抜くと死ぬかもしれないからな」
「そうだね……」
「モミジみたいな非特異能力者には直接叩いてもらう事にして、エリカはもしもの時のバックアップだ。隙を見つけて相手を自傷させてもいいし、味方の痛覚を消して無理にでも行動させるのでもいい」
「りょっ了解です!」
かなりエグめの要望を衿華ちゃんが緊張しながら承諾した。
衿華ちゃん大丈夫だろうか……?
いや、この子は私より強い物を心のどこかに持っている。だから、なにが起きても……
この瞬間一瞬だけ気を抜いてしまったのか、何かの接近に私は気付かず、少しだけ反応に遅れて、一番最初に自然と声を出してしまった。
「みんな気をつけてッ!」
「ッ⁉︎」
次の瞬間身の凍る感覚が背筋を襲い、普通の生活をしていれば絶対に会う筈の無い気配がした。
気配を感じた方を見るとちらりと巨大な影が見える。すると、海の上を順調に進んでいた筈の船が激しく揺れ始めた。
「クソッ! マジかッ! テルテルさんッ!」
蘇芳ちゃんの声が響く中、周りを見渡すと既に海から船を囲むように100メートルほどの水の壁がそびえたって私たちを飲み込もうとしていた。
「えぇ……分かってるわよ! 船上だけを常温のまま……船外の温度を奪うッ!」
瞬間、てるてるさんは持っていた羽衣をつけ、まるで天女のように宙に浮き上がりみるみると上昇する。
「あの羽衣……特異兵仗……」
「よく見とけお前ら、あれがお前らの護衛軍大将補佐の力だ……!」