モノマネイド編 4話
「黄依ちゃん、逃した。瑠璃くんの特異能力で翠ちゃんみたいなことをした。まだ遠くには行っていないと思う。私が追いかけるーー『花間』!」
筒美さんは急いで病室を出る。
「急ぎますわよ! 白夜さん!」
「あぁ、分かった。交代だ、父さん……死体人形ーー霧咲、速度累加を頼む」
「えぇ! 分かったわ」
次に、白夜さんが片方の人形をしまい、また別の人形を出す。今度は男性の……白夜さんのお父様であった。そして、霧咲さんに触れられた瞬間、病室を一瞬で出た。
「二人とも、私はこの身体だからモノマネイド、貴女達に任せていいかしら?」
天照大将補佐は膨れたお腹をさすりながら私たちを呼び止める。
「はい、私達に任せてくださいまし!」
だが、霧咲さんは私を無視して先に行こうとする。
「……私は貴女の身体能力じゃ特異能力に耐えられないから先に行くわよ。ーー速度累加」
無論、それは霧咲さんの匙加減、つまり手を繋ぐなどして、直接触れれば解消される問題であるのだが。
「ちょっと! なんでこんな時まで霧咲さんは意地を張ってらっしゃるの⁉︎」
呼び止めようとしたが、すでに遅かった。
「……仕方ない、走りますわ! それに申し訳ございませんわ、見苦しい所を見せてしまいまして!」
「……いいわよ、私達が第三者視点でどうのこうの言える問題じゃ無いし、貴女達が不仲なのは護衛軍の幹部たちは昔から皆んな知っている事だし、事情は理解しているつもりではいるわ。あまり気にし過ぎないようにね。黄依ちゃんの件は子供の時からなら仕方の無い事だから」
「えぇ……分かっていますわ……」
それだけを言い、彼女達に追いつく為に全力で走る。
走りながら、私は昔の事を思い出していた。
そう昔、私は霧咲さんに対して、酷い事を言ってしまった。
あの子は最初機関に来た時、誰に話しかけられても態度が悪く、全員を無視して一人で孤立している子だった。でも、私達がいた所はあくまでも特異能力者を育てる為の機関で、皆んな何かしら過去に闇を抱えていて、それでも前向きに頑張ろうとしていた。だから、そんな態度を取っていた彼女が許せなくて言ってしまったのだ。
『貴女のお父様やお母様はどんな育て方をなさったの? さぞかし、酷い親だったのでしょうね』
それを言った瞬間、彼女は私の胸ぐらを掴み、訂正しろと憤慨してきた。そして、その怒りを理解出来なかった私は続けて彼女を傷つけるように言葉を吐いてしまった。
『貴女がそんな態度を取っているから悪いのでしょう⁉︎ 霧咲さんがそうやって憤慨するくらいなら最初から皆さんとお話をしなさいよ! それだけ、愛しているお父様やお母様がいて、ずっとその態度を取り続けているなら、貴女以上に親不孝な人間はいないですわよ!』
それを聞いた霧咲さんは私に特異能力を使おうとした。無論、それに抵抗する為に私も特異能力を使った。両者の特異能力は使えば人間なんて紙くず同然に出来るものだったから、大怪我はしなかったものの周りを巻き込んだ酷い喧嘩をした。それは幸いにも、当時担任の先生であった、泉沢大将補佐に止めてもらい、両者とも軽症で済んだ。
その後、納得のいかなかった私は泉沢大将補に霧咲さんの過去を聞きそれを知った。彼女に西洋系の外国人の血が流れていた事。そして、お父様から性的な虐待、彼の自殺を目の前で見てしまった事。その後、お母様が親戚の家で壮絶なイジメを受けていた事。その彼女からも虐待を受けていた事。さらにその母親が精神薬の過剰服用で精神を壊してしまった事。
これを全て10歳もいっていない少女が歩んで来た人生であった事。
例え誰であろうとも、霧咲さんの立場になって考えてみたら人間不信になっても仕方がないと思ってしまった。それなのに酷い事をしてきた両親の為にあそこまで憤慨し、人に怒りをぶつけた事が彼女に取っての自分らしさの貫き方だった事を理解してしまった。
納得したく無かったのに、してしまった。霧咲さんの態度を。そして、私は彼女に言ってしまった事がどれだけ傷つけたのかを知ってしまった。お父様とお母様を亡くした者の一人として。
だから、何と謝ればいいのか分からず、これまでずっと私は霧咲さんに関わらないように生きてきた。彼女もまた周りの人と話すようになったものの、ついには私に口を聞くことは無かった。
ーー気がつくと、私は護衛軍の本部の方へ戻っていた。そして、ある方を見かけた。
「おーい、バラ! 例の出現したっていう感情生命体を見つけたかー?」
その方は、私より歳下で、怪我をしたか何かで片目に眼帯をしている。それなのに、色絵翠さんよりも早く機関から卒業し、現在では護衛軍一佐になった、エース中のエース。踏陰蘇芳一佐だった。