樹教3*
「さてと、紅様? お手を煩わせてしまって申し訳ございません。香宮洪を完全に捕らえました」
口を閉じた巨大なハエトリグサが膨らみ、中で彼が動いて抵抗しているのが分かる。
「茉莉花、人間をトランス状態にできる植物ある?」
「……はい! むしろそういうのが専門ですから!」
私はそう言うと、体から白い朝顔のような花を出す。
「エンジェルストランペットーー日本語では木立朝鮮朝顔っていうみたいですよ。その花にあるスコポラミンっていう毒素が色々な性犯罪や事件にデートレイプドラックとして使われているんですって」
「スコポラミンミン! スコポラミン!」
「テンシ! テンシ!」
「まりぃちゃんが言うとなにか微笑ましいわね。近くで吸ったら危ないから、口と鼻だけ遠ざけといてね」
「ココロエタ!」
「ガッテンショウチ!」
彼女の特異能力ーー『身体解剖』で二つあった顔がそれぞれ分離し宙に浮く。何度その光景を見てもと彼女の特異能力で単眼だったりいろいろと奇怪なものに見えてしまうが、自分の身体を見たらそれもそうか、と思い直す。顔が離れたところで、花の抽出物をハエトリグサの内部に充満させる。
「効果が現れて彼の抵抗が収まるまでしばらく待ちましょう」
最初の方激しく抵抗していたのが、徐々に治まってくるのが分かった。
「マツリカノエゴ、ベンリ! ズルイ! ワタシモオハナデアソビタイ!」
「だめよぉまりぃちゃん。こういう時は遊ばず真剣にやらなきゃ。『植物変幻』解除ーー」
完全に抵抗が治まったのを確認した後、特異能力を解除する。ハエトリグサの口が開くと、そこにはぼーっと立っている香宮洪の姿があった。
「まっ私たちが半感情生命体化するまでもないけれどね」
「ウン、ナンカ、ヒョウシヌケダネ」
「アイテガワルイヨ、アイテガ」
まりぃちゃんが一つの身体に戻り元通りの本来の大きさの少女に戻り先ほどより低い声を出しながら喉を抑えていた。
「アー……疲れタ、声帯半分にして体二つは声が出しずらいヨ。ウマく怖がらせれられたカナ、茉莉花?」
「貴女も役者ねぇ、まりぃちゃん。効果抜群だったわよ!」
「褒めるナラ、旨いモン喰わせロ!」
「んじゃ、今日の夜ご飯は私の自家製……? 自体製野菜スープね!」
私はまりぃちゃんが好きな人参を身体から生やす。
「ヤメロ、お前なんか喰いたくナイ!」
「えっー! 問題なく食べれるよー!」
「ムリムリムリムリ気持ち悪イ!」
「貴女はアンパンマンか。」
「紅様もこーいうのにツッコミを入れるんダ。なんか意外だネ」
「私は人類を救うのよ? 冗談に対するツッコミの一つや二つ言える度量は持たないと。」
やはり、少し笑った声を仮面の下から出しながら紅様はこちらに近づいてきた。
しかし、次の瞬間背筋が凍るような感覚がした。
「さて、今香宮洪の自意識は水面下にある状態。言わば、トランス状態になっている。この状態は人の無意識に直接干渉することが出来やすい。そして、特異能力者は通常の人間とは精神が少し違う構造をしている。今はその精神を捻じ曲げることが出来る。」
それは、紅様が自身の特異能力を用い、ERGを周りに放出させたからだ。
「自死欲……」
この空間全てのERGが紅様に従いそして吸収される。
「これから二つ質問するわ。香宮洪、貴方の本質、それは『恐怖』で間違いないわよね。」
すると、香宮洪の口が誰か別の意思によって操られているかのように動き出す。
「はい」
「結構。次の質問。『恐怖』は貴方自身が感じるもの? それとも、貴方が周りに与えるもの?」
「僕自身が……感じるもの……です」
先程の香宮洪の様子を察するに彼は『恐怖』という感情に敏感であった。だから、彼は何かしらに対する恐怖によって箍が外れて特異能力者になったのだろう。
すると、紅様が彼に顔を近づけ囁くように言う。
「いいえ、それは違うわ。今から貴方は『恐怖』そのものになるのよ。」
そして、紅様は吸収したERGを香宮洪に大量に流す。
「ガァァァアアあああああああ!」
「貴方は精神の箍が壊れてしまうほどの『恐怖』を知っている。……だからこそ、護衛軍にとって貴方は『恐怖』になれる。」
とてつもないほど大量の恐怖に染まったERGが彼の身体から発生し始める。事実、私やまりぃちゃんですら怯えるほどの恐怖がその場に伝染していた。こいつはまた予想を超えて、とんでもない感情生命体になりそうだ。
「さぁ……欲望を開放しなさい。貴方は自分の願望に従って感情生命体になりなさい。」