第一幕 40話 筒美紅葉と色絵瑠璃6
勝負は私の完全敗北だった。というか、もうこれは勝ち負けの基準を逸脱していた。
祖父は驚いた顔をみせ自分の拳を強く握りしめており、青磁先生は一見つまらなさそうにしていたが少しホッとしていた。
「これでもう、紅葉は死喰い樹の腕に追われる事は普通なら無くなった筈だよ……余計なことじゃ無かったよね?」
「はは……そんなこと言える立場じゃないよ。感謝しても、し足りないよ……本当に……本当に……」
起きた事の衝撃さに膝を崩した私は瑠璃くんに抱き寄せられ、頭を撫でられていた。
「でも、もう無理はいけないよ。さっきみたいに終ノ項連続使用したりして、全力をだすと流石に死喰い樹の腕が来るから」
「うん……優しいね、瑠璃くんは……」
顔を見上げると、瑠璃くんは悲しげに目を向ける。
「どうしたの?」
「いや……ううん……何でもないよ」
すぐに表情を変え、瑠璃くんは笑った。そして、みんなが此方に来た。
「さっきのアレ……一体何が起きたの?」
「紅葉ちゃん……大丈夫?」
「瑠璃くん……紅葉ねーさんの内臓が身体に馴染むように構造を変化させたんだね……すこし無茶したんでしょ?」
翠ちゃんが瑠璃くんに駆け寄りながら言う。
「流石、翠ちゃん、よく観察してるよね。でも、大丈夫だよ。紅葉の力を使ったから、僕にそこまで負担は来てないよ」
「こんなヒヤヒヤする方法しか無かったの? お姉ちゃん心臓飛び出そうだった……」
「心配かけてごめんね翠ちゃん。これをやるには紅葉が全力で身体中の細胞を使ってでも、僕を倒しに来ないと出来ない事だったんだ。特異能力を完璧に操作出来た今でさえ、紅葉の身体はまだ不完全なんだから……」
悔しそうに瑠璃くんは言う。
「いいや、本当にありがとう……瑠璃くん」
「喜んでもらえて良かった」
瑠璃くんはふぅっと息を吐き、手を差し出した。
「ほら、立てる?」
「うん、大丈夫だよ」
私は手を取り立ち上がると祖父と青磁先生がこちらに来ていた。
「色絵瑠璃……いや、瑠璃君。そして、青磁……お前にもだ。俺は君達に感謝しなくてはいけない……孫を二人も救ってくれて、本当に本当にありがとう……」
深々と祖父はお辞儀をした。
「師匠……」
「しみったれた事言ってんじゃねーよ、ジジイ。俺様は何もやってないし、もしやったとしても、ただジジイから散々借りてきた借りを返しただけだ。それに礼を言うなら、瑠璃と紅葉を引き合わせた翠にも言ってやれ」
「確かにそうだな、ありがとう……翠さん」
「そう……ですか」
翠ちゃんは少し困ったように返していた。
「瑠璃くん……俺の立場を使えば君を自由の身にする事ができる。なんなら、君の姉、紫苑とは生徒と先生の関係だ。だから、彼女に直談判しても良い。何でも言ってくれ」
少し瑠璃くんは考えた後に、祖父に言葉を返した。
「ありがとうございます。でも、紫苑姉さんと話すべきなのは僕です。だから……そうですね、うん決めた」
瑠璃くんは翠ちゃんに耳打ちをする。すると、翠ちゃんは驚いたような反応をし、瑠璃くんを見た。
「本気なの? 瑠璃くん」
「うん、僕はそれで良いと思う。だから、翠ちゃんも僕に付き合って?」
翠ちゃんはしばらく考えた後、口を開いた。
「……分かったわ、後悔は無いよね?」
「うん、覚悟は決めたよ」
そして、瑠璃くんは私達の方を見て言った。
「僕達を護衛軍に入れて下さい」
その言葉を聞き、祖父は眉を寄せた。
「本気か? 言っとくが幾ら強くても命に保証はないからな?」
「はい、承知しています。でも、紅葉達が護衛軍に入った理由を僕は聞きました。そして、僕も自分から何かを変えたいって思えたんです。だから、僕は人々の命を守るこの仕事に就きたいんです」
「……分かった。手続きはしておこう。試験や面接等もあるから今すぐに入れるわけじゃないからな。恐らく最短でも一ヶ月以上はかかるだろう。それでもいいか?」
「大丈夫です。ありがとうこざいます」
瑠璃くんは嬉しそうに頷いた。そして、青磁先生はボソッと彼に対して何かを呟いた。
「……うん、分かったよ。兄さん。任せて」
「あぁ、頼むぞ」
そして、瑠璃くんはもう一度私の手を握り言う。
「今はまだだけど、これからは紅葉と一緒だよ! 宜しくね!」
「……うん、本当に瑠璃くんはそれで良いの?」
「もちろん。だから、護衛軍に入ったら色々よろしくね? 先輩!」
彼は眩しい笑顔を私に投げかける。それを見てたら私でも少し、笑みを浮かべれた。
「それでさ、紅葉はさこれからもお姉さんのやりたかった事受け継いでいくの?」
「うん、そうだね。だから、とりあえずこれからも黄依ちゃんや衿華ちゃんと一緒に、日々現れるであろう感情生命体や凶悪な思想に染まった特異能力者達と戦って平和を守っていこうと思う」
黄依ちゃんはやれやれと言った感じで、衿華ちゃんは嬉しそうに頷きながら私を見てくれた。
「瑠璃くん、時間も時間だからお家戻ろうか?」
「うん、分かったよ」
瑠璃くんは翠ちゃんの手を繋ぎ、もう片方の手で私達に手を振った。
「それじゃあ、一ヶ月。残った人々の生活を守る為に頑張るから、瑠璃くんも試験に落ちないようにね」
「あははっ、割と僕勤勉だから大丈夫だよ。また暇な時会おうね。紅葉!」
「うん、約束だよ!」
そして、彼は笑顔のまま、この場から一瞬で離れた。
「……良かったな、紅葉。彼に出会えて」
祖父は私の肩に手を置いた。
「きっと、何かの縁なんだろうね」
「そうだな。また生きていく理由が増えたな」
「うん。でも、今度は前向きな理由だよ」
祖父は少し微笑みながら言った。
「もう、葉書がいなくても大丈夫か?」
「うん、きっと大丈夫。これからまたいっぱい辛いことがあるかもしれない。だけど、そんな目にあっても、今日の事を忘れなければ生きていけると思う」
「そうか……よかった」
心の底から安堵していた祖父の顔を見て、あの日、手術をして目を覚ました時、祖父が怒っていた訳が分かり、私は少し後悔した気持ちになった。だから私は。
「今まで私を育ててくれてありがとう。おじいちゃん」
祖父に精一杯の感謝を伝える事にした。
祖父は少し息を吐き、自分の頰を摘んだ後、言葉を出した。
「よせよ、照れる事を言うな」
そして、目を覆いながら、ふぅと息をもう一度吐いた。
でも、口は笑い本当に嬉しそうな顔をしていた。
ーーそれは祖父が私に見せた初めての笑顔だった。