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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act one 第一幕 死ねない世界の少女達
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第一幕 33話 筒美紅葉について8

 初めに感じたのはその場所が無音という事だった。そして、目を開くと飛び込んできたのは、月明かりに照らされた何者にも染まりそうな白で塗りつぶされた天井であった。


 そこで、私はここが病院という事を思い出したが、同時に身体に何か違和感を感じた。


 少し……熱い?


 暖かい血が、ドクンドクンと周りにも聴こえそうな心臓の鼓動おかげで身体中を巡っている。


 少しはだけた寝巻きのボタンを外し、自分の胸部を確認する。


 そこには、あちらこちらに開かれたであろう傷跡とそれだけの傷を塞ぐために縫われた跡だった。夥しい数の手術痕に私は少し顔を顰め、今度は周りを確認する。


葉書はがきお姉ちゃん……?」


 私にとって一番愛おしい人の名前を呼ぶが、あまりにも弱々しい声は闇の中に吸い込まれていく。


 その声に反応したのか、私の病室の扉が開き誰が入ってくる。


紅葉もみじ……起きたか?」

「お爺ちゃん……?」


 普段の祖父から想像出来ないくらいの弱々しい覇気を出しているので別人ではないかと疑うほどであったが、紛れもなくその人は私の祖父だった。


 祖父のそんな様子を見ると嫌な事が起きていると安易に想像ができて、不安でたまらなかった。葉書お姉ちゃんがいない空間だからこそ、その不安に拍車が掛かっていた。


「お姉ちゃんはどこ?」

「お前に渡さなきゃいけないものがある」

「……そんなのはどうでもいいよ‼︎ ねぇ‼︎ お姉ちゃんはどこなの⁉︎ 早くお姉ちゃんに会いたいよ‼︎」

「葉書は死んだ」

「ねぇ……‼︎ いい加減にして‼︎ 今はそんなの……? ……え? 今……なんて……言ったの?」

「葉書は死んだ」


 淡々と祖父はあり得ない言葉を言い放つ。


「はぁ……? あり得ないでしょ……? 私をからかってるの? 流石に怒るよ? 一体どんな状況になったら、お姉ちゃんが死ぬのよ? 冗談をつくならもっとマシなものを……⁉︎」


 そこには、手を壊れるほど握りしめて、はち切れんばかりに唇を噛み、溢れんばかりの血を流している祖父がいた。


「……ッ⁉︎ なんでそんな顔をするの……?」

「葉書が臓器提供者になってくれたお陰でお前が助かった」

「やめてよーー嘘だ……嘘だ……だってずっと一緒に居てくれるって約束した……」

「この遺書とリボンをお前に渡して欲しいって葉書が」

「嘘だ」

「葉書はいつかこんな日が来ることを分かっていた。だから、あいつの気持ちを理解してやれ。その為の時間はやった筈だ」


 きっと、樹海で私がまた家族を……しゅうくんとはんちゃんを失い凹んでいた時の話だろう。


「無理だよ……私には……私にはお姉ちゃんが必要なの! 私はどうこれから生きればいいの? 辛いよ! 辛くて胸が裂けそうだよ!」

「だから、その為に葉書はこれを残したんだろうが。少しは大人になれ。紅葉、人に依存して生きるのもこれで終わりだ」


 私に対しての説教くさい台詞を淡々と吐く祖父に対して何かがキレて、心の中から感情が湧き続ける。


「お爺ちゃんに何が分かるの⁉︎ 貴方みたいに子供や孫を失っても、上っ面だけで言葉では少ししか辛そうにしなくて、さも自分はこんな経験沢山してきましたなんてツラして!! 私にこんな辛さなんて耐えられるわけがないじゃん!!!! 大切な人が目の前から居なくなるのに慣れるなんてそんなの嫌だよ!!!! 貴方は大人なんかじゃない、人間なんかでもない!!!! 鬼だよ……鬼畜だよ……貴方なんて私のお爺ちゃんじゃない!!!! 出て行け!!!」

「……」

「ゲホッ……ゲホッ……」


 大声を出したのか、術後の後遺症なのか随分と音の濁った咳が出続けた。思っていた以上に身体全身が気怠くて、吐き気がする。


「満足か……? それが言えて満足か? そんな事言ったって現実は変わらんぞ。それに、お前はかなりの大手術をした。しばらくは安静にしておけ。葉書が報われないぞ」

「うるさい……! ゲホッ……! それを先に言ってよ……!ほんっとに、もう嫌だ……! もう、ほっといてよ……すっごい体調悪いし……!」

「そうか……悪かったな。でも、葉書の手紙はちゃんと読んでやれよ」


 その言葉を最後に祖父はリボンと葉書お姉ちゃんの遺書を置き私の病室を出て行った、その時の祖父の表情は私の心に焼き付けられた。


 怒っていた。


 祖父はこんな不甲斐なくて勝手な私に怒っていたのかも知れないと思うと果てしなく嫌な気分になった。


「私が悪いの……? もう嫌だよ……」


 縋りながらリボンを手に取り、掛け布団を被り、自らを暗闇に押し込める。リボンの匂いを嗅ぐとほのかに葉書お姉ちゃんの甘い匂いがした。そして、思い出す。あの日の言葉を。


『人生に絶望して、自殺しちゃいたいならそれでも良いよ。でもね、お姉ちゃんは無理矢理にでもあなたを生かすよ』


 私は貴女に生かされている。


 リボンを葉書お姉ちゃんがやってくれたように、髪に結ぶ。そして、遺書を包んでいる封筒を開け、中の手紙を開いた。

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