序曲 3話*
伝染するのは場の焦燥感、そして学び舎である筈の大学から逃げ惑う人々。私達三人はどうやら有事の際に間に合わなかったようだ。
「遅かったかぁ……残念。どうしようか? 二人とも」
「へこまないの、護衛軍の体制として人命も大事だけど秘密裏に動かないといけないのは『特異能力者』の義務だから。それで、その『特異能力者』じゃない貴女はどうしたいの?」
「私は紅葉ちゃんに従うよ」
黄依ちゃん、衿華ちゃんは口々に反応する。
「じゃあ、研究棟の方に入って、『感情生命体』退治だね」
「了解よ」
「うん、紅葉ちゃんなら必ずそう言うと思ったよ」
そして大学構内へと足を進める。微かであるが色んな音が混じった中に軽いが何か硬い物がおられているような音が聞こえる。例えば木の枝を踏んだ時のような音。
「聞こえる? この音」
小声で二人に伝える。
「いや、全く」
「全然聞こえないよ。紅葉ちゃんもう何か気付いたの?」
「多分ね、骨が折られている音。だから早く助けに行かないと」
音が聞こえる方に早足で向かう。
「聞こえた……いやこれは……? ッ……! 紅葉! あとで謝るから加減出来ないやついくわよっ!」
先程の音が骨とはまた別の肉がプチプチと弾ける音になり始めたのが分かったので、被害者の危機を察知し、理解して頷く。
「先に行くからお願いっ! 衿華ちゃん、痛み軽減お願い!」
「うん! 分かったよっ!」
周囲の空気が一変し、黄依ちゃんと衿華ちゃんにそれが吸い込まれていくように見え、次に二人に背中を押される。
「『速度累加』……ッ!」
「『痛覚支配』っ!」
足を力強く踏み込み地面を蹴る。一瞬だけ音が全く聞こえない、そして周りの景色が高速で流れるような感覚になり、目の前に3メートルくらいの肉の塊が見えた。私からも大幅な軌道修正が出来ないため予想通り傷を負う覚悟でその肉の壁に体当たりをする。
3秒くらい経ち私の体当たりが止まった。体が肉の壁にぶつかった後、勢い余ってそれごと何枚も大学の壁を突き抜け外に出た後、何度も軌道修正を繰り返し、黒石の地面に衝突し滑っているのが感覚で分かった。
どうやらここは大学の駐車場らしい。
「音速超えると流石に体を変な方向に曲げないといい塩梅で加減出来ないや、んと、この感覚はと……脱臼してる……絶対痛いやつだ。よいしょと、治った、治った。衿華ちゃんに感謝しないとね。まぁ、一般人巻き込まないための脱臼だけどね」
肉の塊から離れ、一瞬だけ振り返り二人からどれだけ離れたかを確認する。
大体700メートルくらい? 我ながら踏み込みに力を入れ過ぎたと思う。でも、黄依ちゃんなら1分しない内に来るかな。衿華ちゃんは多分襲われていた人の手当てと避難誘導。
「さてと……それでそこのキミは『感情生命体』でいいんだよね?超まわりくどい方法で人を殺そうとしてたけど」
「!namuh#a/ma_i!!!!!!em/pleh!!!!!!deracs_ma#i」
大体3メートルで所々から目を生やしたそいつが喉をはち切らんばかりの雄叫びをあげてくる。
「やっぱり何言ってんのか分かんないや。でも、キミ生きるのを諦めたでしょ?滲み出てるよその『衝動』、怖かったんだけど、諦めたんだよね……」
思い切り息を吸い込むと"諦観"という感情が私に襲い掛かってくる。
溜息が出た。
「!!!!!on!!!!on!!!!!!!pu#evig/ton&did#i」
「あんま吸い込み過ぎると良くないか。私まで甲斐性が無い人になっちゃう。あっそうか、これも分かんないかもしれないんだ。じゃあ、自己満足ということで説明しておこうか。なんでわざわざキミに同情なんてしようかというと、私はこれからキミを殺すからね。せめて、キミの気持ちを理解しようと思ってね。まぁ結局自己満足なんだけどね」
「!!!!!!!pu#tuhs!!!!!!uoy/llik_lliw#i」
顔も知らない目の前の誰かの為に笑顔を作る。
そして同時に肉の塊が殴り掛かってくるのが見えたので、さらりと避ける。
「キミの気持ちが理解できる訳じゃ無いけど、これだけは死ぬ前に説教というか自分への戒めというか……とにかくやらせて貰うよ。どれだけ自分が不幸でも、どれだけ自分の欲求を満たしたくても、人を殺すっていう行為だけはキミのココロを守る為にしちゃ駄目だよ。死んだ後、『死喰いの樹』に縛られ正気に戻ったキミはきっと後悔する。そうだね……そんな十字架背負うのはきっと私だけで充分だよ」
拳に力を込めると周りの空気の流れが変わり、まるで空気が花びらの形みたいに光り舞い散る。暴力という行為が花びらと同じように綺麗だって表しているみたいで、この技が嫌いだったのを思い出した。
「筒美流攻戦術──序ノ項『花紋』」
暴音が、暴風が巻き起こり、私の肩まで伸ばした髪が揺れているのが分かる。目の前の肉の塊には大きな穴が空いていた。
「せめて、これから永遠に死に続けるキミに涙くらい送らせて」
そして、そこに居たのは涙を無理矢理出そうとして目をこすっている私だった。