第一幕 31話 筒美紅葉について6
私は目の前の男が何を喋っているのか理解出来なかった。そして、なりよりもこの状況を理解出来なかった。ようやく、何年もの時間をかけて、葉書お姉ちゃんと人間性を取り戻した結果がこれだった。
「空気……感染……?」
「あぁ、これはウイルスみたいなもんさ。幸い、ここは樹海の中……もしこの感情生命体が外で産まれていたら、確実に伝染病になっていただろう。そして、病から放たれる苦しみによって感情生命体が成長していたなら、最悪自死欲級のバケモンになっていたかもな」
「おい……ッ! 違うだろ、切手……! 今、紅葉は奴の身体の一部でもあるERGを……ッ!」
段々と理解してきた。
今、自分が置かれた状況を。
「あぁ……取り込んだらしいな」
あの赤いたんぽぽの綿毛みたいなのがそうなのだろう。私もこの病気に感染した。
「おい、ふざけんな……なんで紅葉なんだよッ! 」
「俺様は事が起きる前に指示はしたぜ。怒るなら、状況を理解出来なかったそこの馬鹿にでも怒っておけ。俺様は今全力でそこの馬鹿を治す方法を考えてる……」
「畜生ッ……! 俺は孫娘すら幸せに出来ないのか⁉︎」
「お師様……自分を責めないで下さい」
初めて、祖父が激情に駆られているところを見た。私は、死ぬの……? でも、それは……自分が最初に望んでいた事じゃ無いの……?
でも怖い。怖いよ! 私まだ死にたく無い!
「すぐ、症状が見られない事から、潜伏期間は多少ある。だが、それもその感情生命体に近づいたら終わりだ」
「奴を殺せば、感染は止まるのか……?」
「恐らく、そいつによって病原を活性化させる物質を供給されているから病気の進行は劇的に遅くなるだろう……だが、それで病原が無くなるとも思えない。だから、現状況で危険を犯してまでやる事では無いな」
「なら、どうすれば病原を取り除く事ができる⁉︎」
切手兄さんはしばらく考えた後、私に聞こえない祖父に耳打ちをした。
「……本当にそれしか無いのか?」
「あぁ……他の方法なんて今の医療では俺様の本当の弟、瑠璃ぐらいしか出来る奴が思い浮かばねぇ。それにあいつは、未だに特異能力の暴走に苦しんでいる。諦めるんだな」
「わかった……話は俺がつけておく。大丈夫だ。こういう時がいつか来るだろうってあいつも俺も分かっていたから」
「……そうか」
私はこれから一体どうなってしまうの?
どうしようもないほどの不安が私を襲っていたが、少し落ち着きを取り戻した葉書お姉ちゃんが駆け寄って来て、私を抱きしめてくれた。
「大丈夫だよ。随分と昔に言ったよね? 私が紅葉ちゃんを無理矢理にでも生かせてみせるって」
「うん……」
「だから安心して」
「うん……」
こんな状況だったからこそ、私は噛み締めながら、葉書お姉ちゃんの言葉と身体に縋る。不安と少々の涙を手で拭い去ってくれる。葉書お姉ちゃんは全部受け止めてくれる。だから私はこれからもずっとお姉ちゃんと共に生きたい。
「二人とも、行くぞ……護衛軍の本部に。紅葉も、走れるな? 」
「……生きる為なら私はなんでもするよ。だから……だからッ! ごめんなさい。朱くん、判ちゃん。最後を看取る事が出来なくて」
お姉ちゃんに抱き寄せられながら、私は涙を流す。
「ごめんなさい……ごめんなさいッ! また、私がいるから……私のせいで家族を失ったちゃった……」
「あぁ……そうか、お前はそれが嫌で……」
ぼそりと祖父は呟きながら、拳を強く握りしめた。何かを察したようにお姉ちゃんは提案をする。
「お師様、この子は弱い子だから、少し整理する時間を、二人きりになれる時間を頂けませんか?」
「分かった……先に行っている。道は分かるな? 頼んだぞ、紅葉の事」
「はい、お師様」
「葉書……もう分かっているとは思うが、後で話がしたい。だから、なるべく早く来てほしい。頼むぞ。あと、あの感情生命体の事だが、俺が近づけば離れていく。なるべくそっちにやらないようにする」
それだけを行って、祖父は切手兄さんを連れてこの場から去った。
「さて……」
「……ねぇ……お姉ちゃん」
「なに? 紅葉ちゃん?」
「助けて」
涙を流しながら、お姉ちゃんの目元を見る。もっと、お姉ちゃんに抱きつく。
「うん。大丈夫だよ。私がいるから」
「私だけを見て」
「見てるよ」
「私だけを感じて」
「うん」
「こんな私を許して」