輪廻編 8話 我樹道3
状況の把握が出来ない状態で能力を封じられた。
『なんだ?『機械仕掛けの神』?……違う、今はそんな事より……あれは霧咲さんなのか?』
僕に何かしらの影響を与えているかのような彼女。時間の停止は可能。原因は不明。探ってみるのはアリだ。
瞳には『収集家』──竜胆柘榴と同じ頭骸骨の痣が刻まれている。腹部に空いている穴から寮の壁が見える。普通なら死んでいてもおかしくないほどの致命症。
それに目が行くと、今起きている出来事の仕組みに気付き戦慄した。
『死体の操作……白夜くんの特異能力⁉︎ 竜胆柘榴は同じ能力を獲得していた。なら今霧咲さんの身体を操っているのは竜胆柘榴。百合さんの頭部をそのまま移植した時と同じ原理か……? いや、あの身体は確実に止めを差した筈。なら、霧咲さんの体の一部が竜胆柘榴になっているのか。何が原因だ……戦闘があっただろう、こんな時間の中に出来る移植以外の憑依方法は……』
「……DRAG」
「へぇ……。自分の能力を一つ無力化された状態で出た最初の一言がそれなんだ」
僕の言葉に笑みが消える霧咲さんの顔。それで理解した。目の前の彼女は竜胆柘榴に憑依されている。青磁の研究も浮かばれない結果だな。
この中で感情生命体になっている子は……。
『霧咲さん、水仙さん、蕗さん、気絶はしているが踏陰さんも怪しいな。瑠璃は元々、感情生命体だから敵側じゃない。でも、筒美さんを殺したのは瑠璃らしい。理由らしい理由は思い当たらないが、樹教の策に嵌められたと考えるのが自然か』
筒美さんは確か、自身が漆我紅である事を隠して生きていた筈だ。樹教の教祖に『漆我紅』の名前を奪われた状況を踏まえて離反した元贄である事を明かすのは、護衛軍幹部という立場的な視点から見ても、反体制派の意見の燃料になりかねない部分から見ても得策とは言えなかった。
『ただの少女にこんな責任を負わせる事自体僕から見ても不本意だ……彼女が己の正体を隠していたからこそすんなり進んでいた部分もある。樹教側は旧支配者の女王と同じ名のネームバリューに肖りたくて彼女の名前を名乗っていたに過ぎないと思っていたけど、この状況を作りたいが為に最近になって漆我紅の名前を出してきたとしたら策士が過ぎるね。利害の一致が起きていた時点で怪しむべきだったか。こういう手を使いたがるのは踏陰さんだな』
樹教の目的は筒美さんの死体を手に入れることか。否、蒲公英の時と言いそれが目的ならもっと別の方法を取るだろう。何にせよ、もう考えている時間は無い。時間遡行も出来ない。コレは僕のミスか。
「……紫苑。身内以外で動いた子が居たら斬ってくれ。特に蕗さん、彼女には気をつけるんだよ。愛弟子だけど斬れるかい? 霧咲さんと水仙さんは僕がすぐに片付ける」
「分かりました」
その瞬間、瑠璃に向かい蕗さんは襲いかかる。まるで筒美さんの敵討ちかのような勢いだ。その背中から生やした蚕蛾のような羽で羽ばたき初速を大幅に上げる。
「攻戦居合い抜刀術終ノ頁……『鏡花水月』」
「……!」
紫苑が放った踏み込みの居合い切り。それが蕗さんの動きを直前で止めた。首筋に触れそうになっている刀には糸が絡み付いている。蕗さんの能力の一つだろう。紫苑の一太刀を止める糸。おそらく性質的に切断は不可能なものだ。
「衿華。今の一太刀、よく止めましたね。昔の貴女なら死んでいたでしょう? 成長しましたね。糸を仕込んだのですか?」
「紫苑さん! 邪魔しないで! その男は私の大事な人を殺したの!」
よく見てみると蕗さんの周りには斬られた糸が多数散らばっている。紫苑は特異能力で作られた切断不可能な糸を切ったのだろう。流石普段から切れもしない糸を切っているだけはある。結果的には威力減衰という形で止められてはしまったものの有効打になり得る一つの方法だろう。
「あぁ……そうですか。ウチの弟が失礼しましたね。彼は人間ではなく化け物なのですよ。生きてれば人を傷つける、そんな生物なんですよ。だから仕方ないことなのですよ。生きていても誰かを不幸にするだけですから。本心を言えば殺すのは賛成です」
「……え?」
「紫苑!」
僕は紫苑の名前を怒鳴るように叫ぶ。すると紫苑は肩をビクリと震わせて此方を恐る恐る見た。蕗さんは困惑した表情を見せている。
「今の話はなんだ?」
その瞬間、紫苑は泣き膝から崩れ落ちる。
隙だらけだ、と言わんばかりに水仙さんと霧咲さんが遠距離攻撃の体制に入る。
圧倒的初動の遅さに溜息を吐く。
「なんだそれ」
若干の怒りの籠った僕の打撃は彼女達が攻撃動作を終える前に当たっていた。
因果の逆転である。
「……⁉︎」
「ぐっ⁉︎」
瞬時に僕は筒美流防御術の応用による拘束を行う。そしてすぐ、泣きじゃくる紫苑の元に向かう。本当に何やってんだか。
「題さん! 怒らないで! ごめんなさい! 違うんです! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「……」
死んだ筒美さんを抱え上の空になっている瑠璃はどうやら周りの音も聴こえていないようだ。紫苑は日常的に瑠璃に対してああ言うふうに言っているみたいだから瑠璃からしたら慣れているのだろうか。あんな事言われたら誰だって嫌だろう。と言っても僕が出来るのはストレスの捌け口になるくらいか。一番責任を取らなきゃ行けないのは僕なのに不甲斐ない。だが、今時を戻してももう状況は変わらない。歯痒い。
だから、今はそれよりも周囲に無数に蟲が近寄ってきている。蟲がチャフみたいになっていて本体の索敵が出来ない。情報をノイズで拡散している。紫苑の刀じゃ部が悪い相手だな。
「翠! 瑠璃を安全な場所に」
「ありがとう、題にーさん!」
翠は瑠璃にすぐさま駆け寄る。だが、瑠璃はこの場から動きたがらない。蕗さんは翠達の離脱を阻止すべく、彼女達の方へ突撃する。
『時間を止めて蕗さんを止めるか? 糸のせいで攻撃がまともに通らないか? なら紫苑の説得に能力を使うべきか?』
その瞬間、僕と紫苑だけ止まった時間の中で動けるようにする。
「うぅ……題さん! 無視しないで! 私を嫌いにならないで! 見捨てないでよ!」
「紫苑。僕は怒ってる訳じゃない。叱ってるんだ。その言葉は弟に向けるものじゃないだろ」
「なんで⁉︎ どうして分かってくれないの! 最近冷たいのは私に愛想を尽かしたからなの⁉︎ ︎ 私、死んじゃうよ⁉︎ 」
涙を浮かべて僕の身体をぽこぽこと殴る紫苑。全く痛くない。それは紫苑にも分かっていたのだろう。
「ごめん。そう感じさせてしまうほど僕はキミを不安にさせたんだね」
僕は紫苑の頭を撫でる。
「違う! 何で題さんが謝るの? 謝らないでよ!だって皆んなには瑠璃が普通の人間に見えてるんでしょ⁉︎ 私には家族を奪った悪魔の同類にしか見えないんだよ。ねぇ何で分かってくれないの。なんで⁉︎」
紫苑が瑠璃に対して大きな嫌悪感を抱いたのは10年前、漆我紅事件で彼女の両親が亡くなってからだ。