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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act one 第一幕 死ねない世界の少女達
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第一幕 29話 筒美紅葉について4

 私が、祖父の家に来てから大体5年が過ぎた頃だった。それまで、私は葉書はがきお姉ちゃんや祖父ししょうから筒美流の習得に励み、『四方技術』である『攻戦術』・『舞空術』・『対人術』・『防御術』の基礎技術『序ノ項』並びに汎用技術『破ノ項』、そして『対人術』・『防御術』に関しては応用技術『急ノ項』まで習得を終えたのだった。


 大抵の場合、基礎技術ですら習得が難しいが、何せ師範が技の開発者、そしてそもそも私はその孫だという事で少しくらい物覚えは早かっただろう。だが、それは葉書お姉ちゃんの才能と日々の努力にとって比べればなんてことのない小さなものであった。簡単に言えば、私は祖父の家にいる切手きって兄さん……もとい色絵しきえ青磁せいじ以外は全員格上だった。そもそも、切手兄さんは戦闘向けではないのもあるが……


 でもそれに対して嫉妬なりそういうものを感じる事は無かったが、葉書お姉ちゃんの後ろに隠れて私の事を怖いと言っていたあの二人の子供にまで負けるのは何か悔しい気分でもあった。


 ところで、近頃あの二人……つまりははんちゃんとしゅうくんの体調がおかしそうに見えた。やけに咳込み、訓練をしていても覇気が感じられなかったからだ。


「判ちゃん、朱くん、最近元気無いけど大丈夫?」

「こほっ……こほっ! ……見ての通り、大丈夫?って聞かれたら大丈夫じゃないくらいには体調は悪いよ」


 朱くんは咳込みながら、短髪に切った黒髪を揺らし、皮肉げに言う。全く彼らしい一言ではあるが。


「ごめんね……紅葉もみじちゃん 、私達ここ一週間くらい本当に体調が良くないっていうか、肺がすごく痛い……呼吸がし辛いんだ……」


 ぜぇぜぇと息を無理矢理にも吸い込みながら、その華奢な肩を揺らし、判ちゃんは辛そうに言った。


「二人とも、無理しなくてもいいよ。本当にきついなら休んでおいで」

「ありがとーそうさせてもらうね、葉書お姉ちゃん」

「こほっ……ごめん、迷惑かけて……すぐ治すから」


 二人は辛そうに、それぞれの部屋に戻って行った。


「……二人とも、何かの病気にでもかかったのかしら? 普段あの子たち病気にかかっても結構元気なのに。ねぇ、紅葉くれちゃんは病気とかに詳しかったりするの?」

「そういうのは、切手兄さんに聞いた方がいいと思うの」

「切手兄さんかぁ……めんどくさいなぁ……とりあえず先に二人の体調の事お師様に伝えに行きましょ」

「うん」


 葉書お姉ちゃんと共に祖父の部屋に入る。元々、この家が日本家屋らしい作りになっているが、この部屋は畳によって床が敷き詰められているため、日本人だからなのか無意識的な安心感が湧く。


 しかし、そこに祖父が居るか居ないかで、部屋の雰囲気は変わってしまう。祖父が居るだけで、部屋全体の空気が引き締まり、安心感とは程遠いものになる。


 祖父は座禅を組み、何者も寄せ付けないように黙想をしていた。


 私達は祖父の目の前に行き、その場で正座する。


 祖父に顔を合わせると、彼は目を開き無表情で私達を見た。私達の動揺を見抜いているかのように、彼は皺を作り、年で白くなった眉を寄せる。


「何があった」

「お師様、判と朱が病に罹りました」

「訓練の動きが悪かったのはそれが原因か」

「はい、恐らくは」

「おい、紅葉もみじ。お前はどう思う」

「さぁ……よく分かんないんで樹海から出て医者にでも見せて貰えばいいんじゃないですか?」


 あまり、大ごとじゃない気がするので適当に返事をする。すると、祖父は困った顔を見せ白い頭を掻きながら言った。


「その、他人本位な態度あまり良くないぞ……育て親としてお前の父親に樹で顔向けできなくなる。二人のことについては俺もそれで良いとは思うが、少し準備と手間がかかる」

「でもそれしかないじゃないですか」

「んだがなぁ……近頃樹海の様子が少々おかしい。感情生命体エスターの存在を感知しても逃げられる」

「それはお師様がずっと狩りを行なっているから、感情生命体エスターたちが怯えてるだけなのでは?」

「まぁ、それもあるが何かが妙なんだ。狩りで粗方大型は始末したんだが、ある複合的な感情を放つ奴だけ未だに俺の視界に入っていないんだ」

「どんな感情なんですか?」

「それが、悲しみも、恐怖も、ましてや怒りまで混じっている」

「しっちゃかめっちゃかじゃないですか」


 祖父の訳の分からない説明に、私は匙を投げる。


「だが、これは俺も経験した事あるようなものだ。恐らく、余程強い感情なのだろうな。しかも、そいつは俺から逃げられるくらいの知能や速さがある」

「お師様から逃げられるだけの判断力があるという事は、特異エゴ感情生命体エスターなのでしょうか?」

「正確には分からんがそう考えといて良いだろうな。そう考えるとお前らの手に負える相手じゃない。だから、判と朱を樹海の外に運ぶなら少し気を付けた方が良いのかも知れないな」


 突然、襖が開いた音が聞こえた。そして、前髪を伸ばし、クマを作り、嫌味ったらしく口を曲げている切手兄さんが廊下に立っていた。


「はっはっは! 俺様を差し置いて家族会議とは良い度胸じゃねぇか! その話、少々興味ある」

「おい、切手。もう少し静かに入って来いや。それに、てめぇは自分のやる事があるんじゃねぇのか?」

「まぁまぁ、お爺様。俺様は役に立てると思ってここに来たんだぜ?」

「てめぇが役に立てる事はねぇだろうがよ」

「たく、医療に詳しい義孫がここにいるのに嫌味なお爺様だぜ」


 祖父が舌打ちをすると、切手兄さんはニヤリと笑いこちらを向く。


「俺様を連れてけ。な? 良いだろ?」


 兄さんは何か企んでいるのだろうか。嫌な予感がする。


「……はぁ、しゃあない。何かあったら大変だ。俺も行く」

「えぇ、お師様。全員で行くのが良いかと」

「了解だな、お爺様」

「私は異議なし」


 とりあえず、二人を治すために護衛軍本部に行く事が決まった。


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