7話 我樹道2
紫苑にそう僕は答えると彼女は少し落ち込んだ様子を見せた。
「私は……題さんの力になりたいです。何か悩み事があれば教えて下さい」
「……」
僕はその瞬間時を止めて熟考する。
本当の事を話すと元の話題に戻るだけなので紫苑は怒るだろうし、兄弟の話……特に瑠璃の話をするのはもっと機嫌が悪くなる。なら何がこの場を平穏に収められるだろうか。
確かさっき、僕は自分には救えない人が沢山いると話した筈だ。なら、紫苑の話をすれば納得してくれるだろう。
「紫苑……君の心はもう大丈夫かい?」
僕はゆっくりそういうと彼女を抱きしめる。
「……? 勿論です!」
僕の質問の意図を読めずにやや困惑気味の表情を見せる紫苑。
「それならよかった。あの約束は果たされたという訳だね」
「それは……」
そう、僕達夫婦の関係は利害関係に近い。紫苑は昔、能力のせいで自身の未来に悲観的であった。目に映る夥しいほどの不吉な糸たちが自分も他人も苦しめてきたからだ。当時の紫苑にはその糸に干渉する力もなく、自分一人では未来を変えきれないと絶望していた。そこで僕が前述の『時間を数秒間巻き戻す』ことで彼女の未来を変えてきた。そうしてきた事で糸への干渉が出来ないという先入観を取り払った。その結果今では彼女も余程強い力を放つ糸以外は断ち切るという事で難を逃れられるようになってきたのだ。
「それは……でも……」
「これからどうするかは君の自由意志だよ。これから先、僕が死んでも大丈夫かい?」
「いやです」
…………嫌かぁ。僕は君の笑顔を見たいだけなんだよ。
だから、僕はそこに居なくていい。
即答した彼女に僕の想いが呼応する。
僕は再び時を戻した。最近この能力を使う度、周りと自分の評価がズレていく。僕の知らない僕が作り上げられていく。完璧になっていく自分が一番恐ろしい。トラウマになるほど積み上げられた失敗と痛みの数が心を粉砕する。
即座に、僕はさっきの言葉を思い出し、訂正をする。
「救えなかった人の分これから頑張らなきゃね」
「それでこそ題さんです」
彼女が微笑んでくれた。それだけが僕の癒しだ。
「ありがとう、ならそろそろ寝ようか」
「そうですね」
紫苑が僕の礼に答える。その瞬間、雷に撃たれたような衝撃が脳内に走る。
これは僕の特異能力に付属する危機感知能力。未来の自分自身から来た救難信号のようなモノ。普通なら日常生活に支障を来すレベルの信号は来ない筈。先程の紫苑との会話でも信号は来ていたが明らかに別物。
この信号の正体は……。
護衛軍の危機。
「紫苑!」
「はい、私にも感じ取れました」
紫苑は部屋にある刀を取って、防御術の展開を済ませていた。ベランダの柵に手をかけ護衛軍本部の方へ体を向ける。
「状況把握してる余裕は無いよ。僕が本部まで飛ばすから身を委ねて」
その瞬間、自分たちには六倍速で動けるように能力を施した。
『『光風霽月── 【正位置:丑ノ刻/逆位置:未ノ刻】──【早送り《ファストフォアード》】──【六倍速】』+筒美流対人術急ノ項『瞬花』』
僕の特異能力による加速は周囲に影響は全く無い。小難しく言うと僕が干渉したのは体感時間の方。物理的干渉ではなく概念の操作。この場合、現実時間で1秒経っていたとしたら、体感時間が6倍となっているため感覚的には6秒となる。第三者視点で見た場合、僕たちはまるでテレビの早送りのように動いている。なので、周囲に与える筈の影響は特異能力の中のオプションとして、解消される。
似た能力に『速度累加』がある。あれは加速度そのものを増加させる能力。同じく摩擦力に干渉して空気抵抗を無視することもできる。
この二つの能力は結果的に同じであるように見えるが、それは違う。
相違点の一つ目は第三者へ能力を作用させた時の影響。『光風霽月』は僕以外に能力を発動した場合、能力を施した人にも疲労感等特異能力を発動した際に起こる代償を払う必要がある。逆に『速度累加』は発動者本人のみがその代償を払うのみで良いのだ。だがこの点に関しては二つともコストパフォーマンスが良い能力の為、あまり関係はない。
重要なのは二つ目。『早送り《ファストフォアード》』で加速したもので物理的に攻撃しても、威力の増減がないという事。一見早くなっていたとしても、重い打撃にはならない。逆に、『速度累加』は匙加減を間違えれば膨大な威力を発揮する事ができる。生身でそれをやるのは自滅行為だが、霧咲さんにはもう一つ『僻遠斬撃』という能力がある。これがピンポイントで甚大な威力を放つことのできる原因だ。
だから、『早送り《ファストフォアード》』単体だけ見れば『速度累加』の下位互換だと僕の中では認識している。
そして、僕の能力と霧咲さんの能力をここで対比したのには理由があった。
体感時間で30秒後、現実では5秒程経った程。僕達二人は本部の現場に着いた。
「……!」
「これは……」
瑠璃に抱えられた筒美紅葉さんの死体。この世の全てを信じられないかのような目をした彼は彼女を抱えたまま、茫然としていた。
周りには踏陰さんと朝柊さんが倒れており、蒲公英に取り込まれた筈の衿華さんが激昂した様子で瑠璃を睨んでいた。傍にはボロボロになっている霧咲さんとそれを支えている水仙さん。
翠が僕達の存在に気付き助けを求めるかのような顔をしていた。
『なんだ……この状況。とにかく、ターニングポイントの前まで時間を巻き戻す!』
「……!」
その瞬間、霧咲さんの方から圧力のようなものがかかる。
『『虚無主義』が乱された⁉︎』
時間が巻き戻らない。
「持って数秒……それでも意味はあるよね……一回貴方と戦えてよかったよ。だから、それだけはさせない……『機械仕掛けの神』!」