輪廻編 6話 我樹道1
輪を廻ると書いて輪廻。いわゆる生まれ変わりの事で、生物の生死が人類に観測できない時代にあった考え方だ。
実際の所死喰いの樹発生以降は信憑性のカケラもない話だ。が、その考えの中にある六道という世界観は少々面白いものだ。今世での過ちが来世の生まれ出る所に影響するもの。なので、もし悪行を働けば地獄に落ちるのだ。
悪人が報いを受ける。因果応報のシステムが働く世界。なんて耳心地の良い言葉だろう。
と想いを馳せてみたが、善人も悪人も平等に生を与え続ける死喰いの樹がまるで天上にある地獄、略して天獄みたいなシステムになっている以上それも碌なシステムではない。
そう感じるのには大きな理由がある。俺が止水題という"完全無欠完璧超人究極生命体的極々一般成人男性"の人生の輪廻の理から外れられないから困惑しているからだ。パラドの正体も別の時間軸の『止水題』だ。
ひとことで言うと俺は時間遡行をしている。
よく映画とかアニメとか漫画とか小説とかゲームとか創作物で見られるアレだ。
俺もこの力を手に入れてから色々な創作物上でその力を持ったものの事を調べてみた。それこそ、バックトゥーザなんたらから、復讐者inTOKYOであったり、蝉や鳥が鳴いてそうな頃だったり、0から再び異世界生活してみたり、未来が分かる日記でバトルロワイヤルしてみたり、地下の洞窟でモンスターと友達になってみたり、文芸部でドキドキしてみたり、色々した。
色々してみてわかった事はどれも碌な目に遭ってないという事だ。あとよくメタフィクション的な事を喋る。
そんなどうでも良い事は置いておいて、何故"僕"──止水題が時間逆行をすることになったのか、紅葉さん達に話せる時が来たのだ。
この能力はめんどくさい条件の上で成り立っていると言うのが大まかな原因になるが、まずは時系列から話していこう。
『もしも』を想像して欲しい。
もしも、僕が死亡していなかったら。
きっと、護衛軍の最前線で働いていたらだろう。
では、もしも『恐怖』の合同任務に参加していたらどうだろうか。
きっと、蕗衿華さんは感情生命体にならずに済み、筒美さんはDRAGを使うタイミングを失っていただろう。
そして、『沙羅様誘拐』も僕が事前に紅蓮くんを止めていた。だからあの事件自体起きていない。
だが、『蒲公英』の時に現在とは違う過去と辿ったのだ。霧咲黄依と水仙薔薇に加えて、生き残った筈の蕗衿華の失踪が起きた。史実通り、霧咲と水仙の二人は見つかったが、衿華は『蒲公英』に取り込まれた姿で発見された。その正体は今になっては蕗衿華の先祖である蕗蒲公英であった訳だが、彼女は紅葉さんにより殺害され、その歴史を辿った世界線の紅葉さんはここでDRAGを使用した。
その後、『収集家』では同じような事が起こり、踏陰蘇芳があの事件を引き起り、現状に至るわけだった。
そんな世界線が今から話す、僕が一番初めに体験した『もしも』の世界の話。
完全な不死が完成されてしまった世界の話だ。
⭐︎
「題さん……? 何を見ていたんですか?」
僕らが結婚したての頃から住んでいた新居。色絵家の敷地内に建てられたそれは僕達夫婦にとっては唯一の安らげる場所であった。
夜、ベランダで黄昏ている僕に紫苑は話しかける。
「……ん? いや、ぼっーとしてただけだよ」
仕事終わりによくするやり取り。僕は基本的に何も考えず自然に触れる事が好きだったりする。今もそうやって何も考えていなかっただけなのだが、周りの皆は僕を過大評価する。
「未来でも見てたんですか?」
「任務が終わったばっかりなのにそんな疲れる事しないよ。それに僕の予測は君みたいに予知してる訳じゃない。誰かの意識を予測出来ない時点でまだ改善の余地はあるさ」
「またまた、ご謙遜を」
「……そんな事ないさ。僕にも救えないものは沢山ある」
僕は最強の特異能力者と呼ばれ、数多の事件を解決して来た。もし失敗しても数秒間、時間を巻き戻す事が出来る能力も僕にはあった。
だが、助けられなかった例は幾つかある。例えば、衿華さんや紅葉さん、彼女達の事だ。特異能力の発現は予測出来るものではない。先の『蒲公英』は格上相手との戦闘を絶対に避ける習性があった。それを考慮した上で封藤先生の『針』を使う作戦をしていたが、紅葉さんにとって『蒲公英』は遥か格上の存在で衿華さんの仇であった。その為、DRAGを使う理由が出来てしまった。
それに……。
「嫌な予感がするんだ。『収集家』奴の動き方が変だった。まるで、黄依さんに首を斬らせたかのようだった」
すると、紫苑は頬を膨らませてこちらを見る。
「ふーん。他の女の心配するんですね」
紫苑は基本的に僕の口から他の女性の名前が出る事を極端に嫌う。気持ちは分かる。
「……ん。まぁ、部下だし」
僕はそれだけを言い終え、紫苑の膨らんだ顔が殺意に歪んだ顔になったのを確認した。
「あなた……。そういえばあの女を昔救っていませんでした?」
その言葉が聞こえた瞬間、特異能力を使い時間を、『黄依さん』の話題を出す数秒前に戻した。
『あーやっぱり駄目か。紫苑を悲しませないようにするのは難しいな』
そして、次の瞬間僕の返答を待つ彼女の姿が見えた。
「……?」
今度は変な間が開き、彼女は目をぱちくりさせている。
「……あぁ。いや、ごめん。暗い話をしたね。忘れてくれ」
「無理していませんか?」
「大丈夫だ」




