堕落編 27話 belphegor2
彼女にとって何か他に方法があったのだろうか。
仮に思い付いたとしても、その思考能力を得る事ができたのはその『通過儀礼』を踏まえたお陰であった。
彼女は最早、考える事を辞めてしまったのだ。ある意味ではこれが彼女の原罪、怠惰ということなのだろう。
「ゴメン……」
その一言を皮切りに少女の絶叫がこの異様な空間を覆い尽くす。派手に吹き出す血。刃が骨に当たる音は鈍い。周りから溢れる感嘆の声に絶望し泣き叫ぶ怒鳴り怒る少女。
『この世には神様なんてものはいない。
いるのなら私達を助けてよ。
どうしてこんな目に遭わなければいけないの。
私にもっと知恵があれば苦しまずに済んだの?
ねぇ誰か教えてよ。私はどこで間違えたの?
生まれてきた事が間違いだったの?』
全てが終わると店主は互いが名前を呼び合わなかった事に疑問を呈する。
「お前ら、名前は無いのか」
「無いよ」
「それにしては流暢に喋るな」
「……?」
その問答の意味を当時の彼女は理解出来なかったが、コレが蘇芳の特異性だったのだろう。
そして、もう一つこの時『器』の願いが誕生した。
落ちた四肢は床に転がっていた。妙な熱気が部屋に漂うと、それらが切られた蜥蜴の尻尾のように動き出す。
「……ほう」
その様子を見た蘇芳は驚き、店主は真顔でそう言い金儲けが出来そうだと息を漏らした。
「動い……た?」
「昔一度見たな。感情生命体となった子供を。それに似た様なものか」
「なんで……こんな酷いこと……」
「そんな事一回しかなかったからたまたまだな。……あーそういえば前なった奴は誘拐された金持ちの娘だったな。あれか? 環境の違いというやつか」
金を稼ぐこと以外興味が無い彼にとって、偶発的に起きる感情生命体化や特異能力者の誕生はどうでも良い事であった。
付け加えると、僕の仮説では『元々の幸福度数の高い人間』にその兆候が現れやすい。こちらの地域でコレらの見せ物小屋が商売として成り立っていたのは、幸福度数の低い人間は感情生命体に転化しないから。護衛軍もそれが判っており、特異能力者の作成を自ずから行わなかったりその存在を隠していたのだ。一人いれば一騎当千と言われる僕達は先天的にも後天的にも様々な条件が初めて組み合わさって生まれたものだ。
だからこそ、この二人がその場に居合わせた事自体が奇跡に近い。類は友を呼ぶと言うが、運命とは過酷なものだ。
そんなことを露知らず、理解不能と言わんばかりの顔をする蘇芳。それと項垂れる少女に冷酷な男。
「見てくれは奇妙だが多少色物としても使えるだろう。出血はしていない。死なないなら補充するよりも幾分か手間は無い。ここまで面が上等なのは中々無い。当たりだ。お前、コイツの面倒を見ろ」
「……」
蘇芳は黙ってそれに頷く。
こうして、彼女達二人にとっての地獄の日々が始まった。逃げることも抵抗することも出来ず、ただ拷問をされる側とする側に回る日々。
その地獄が続いたのは少女の身体の関節が全て意味をなさなくなるまでだった。観客達もその頃にはその光景には飽きており、二人の少女はまた別の場所に売られる直前だった。
「やっぱり人は残酷なのね」
そんな二人の前に突然現れたのは骸の仮面を被った少女であった。鉄格子を挟んだ、その仮面の目の穴からは特徴的な紅い瞳がきらりと見える。
「誰? 新入り? でもどうやってここに入ったの?」
「貴女たちの噂を聴いたの。もしかしたらと思って来てみたら案の定、あの子達の生き写し。私ね。貴女たちのご先祖様に恩があるの」
「……恩?」
すると彼女は仮面を外し彼女たちに微笑んだ。彼女の顔は紛れもなく紅葉本人だ。
「ごめんね。今までずっと気付いてあげられなくて。私の名前は漆我紅。この世で最も嫌悪された女だよ」
「……」
「この世には神様なんていない。居るのはただの人だけよ。だけど貴女達のその力があれば私は幸せになれるの。だから私は貴女達二人にも幸せになってほしい」
まるで悪魔のような言葉を持ちかける彼女は、僕には見せたことのないくらいの笑顔で笑っていた。
「……幸せ? 私が? 資格なんて無いよ。この子ならまだしも私は酷いことをした」
「強制されてやったことなのでしょう? 気にする必要は無いわ」
「……違うの。強制されてやったとしても、コレは私がやった事で……せめて生きてたらチャンスがあると思って。逆らったら何されるか分からなかったし。だから……! 強制なんだけど……現状は私の意思で……どうしたら良かったのか分からなくてぐちゃぐちゃで……!」
蘇芳は涙し彼女に懺悔をする。
「貴女は賢いのね。だから必死になって考えた。救いを求めたのに誰も助けてくれなかった。それで良いのよ。貴女達は私が救うわ」
「どうか私だけを罰して下さい。この子は関係ないんです。だからこの子だけ、助けて下さい」
「ヤメテヨ! 私ハ ソンナ事望ンデ ナイ」
涙を流し叫ぶ蘇芳とそれを止めようとするもう一人の少女。
「……そう。貴女は免罪符として罰が欲しいのね。分かったわ。じゃあ、貴女に試練を与えるわ。裏切り者として生き、それを達成した時貴女は罪の意識から解放される」
「……」
試練と言われ唾を呑み込む蘇芳。
「裏切り者……確か聖書におけるユダは花蘇芳に首を括って自殺したそうね。それを心に刻む為に、コレから貴女の名前を蘇芳と呼ぶわ。その代わりにこっちの子は真理亜と呼ぶわね。蘇芳、貴女はこれからこの意味を深く心に刻み込むのよ。貴女は裏切り者。罪を重ねなければ、その罪からは逃れられない。血で血を洗うのよ。分かったわね?」
「はい、分かりました」
こうして、踏陰蘇芳という少女の人格形成がされたのであった。