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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act one 第一幕 死ねない世界の少女達
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第一幕 28話* 筒美紅葉について3

『人から認められる事が嬉しい。』


 お姉ちゃんがキラキラとした目を虚空に向けて私に熱く語った言葉は私の耳を突き抜けていく。私には到底持つ事の出来ない他人の感情が流れ込んできた。


 例えるならお母様に抱きついてもらった時のような暖かさ。


 でも、お姉ちゃんの感情はただの承認欲求を持っているだけの筈なのに……どうして、こんなに純粋で綺麗で暖かい感情なんだろう?


「私ね、人を守れる位強くなりたいんだ! それでね、護衛軍に入りたいの! だからね、くれちゃんに認めてもらえてとても嬉しいの!」


 何となく私は理解した。お姉ちゃんはただ純粋に夢を持って、それに対して努力をしているのだろうと。それだけの熱量がお姉ちゃんの心に焚べられている。それが彼女の行動原理なのだと。


 だけど、私は……

 胸がズキズキと痛くてたまらなくなった。


「怖くないの? 強くなっちゃったら心に穴が空いちゃうよ?」


 力を持つという事は時に周囲の人たちを振り回してし傷付けてしまう事になる。私はとてもそれが怖かった。だから、もう何もしたくなかった。


「……きっとくれちゃんの言っている事は正しいよ。それに誰かを守りたいなんて私の"願い"は独りよがりだと思う」


 でも、お姉ちゃんは違っていた。


「だからといって、私は独りよがりな強さが欲しい訳じゃないんだよ。私はただ、私の全部を"使って"でも誰かを守りたいだけなんだよ」


 この時、心の底から私は他人というのは理解できないのだと理解した。でも、その諦めに似た理解は私を後ろ向きにするものじゃなくて、これからの私の生き方を決定づけたものだった。


「『どうか、貴女に寄り添って歩かせて下さい……どうか、貴女の事を守らせて下さい』。私はただ人の為に生きれる事が嬉しいの!」


 そして、見つけた。こんな私でも寄り添える場所。私のイカレる程の自殺願望にも敵うくらいのイカレタ思考の持ち主。他人への無償の愛、独り善がりな正義感……


 つまりは私はお姉ちゃんを度し難くて、救いようの無い馬鹿だと思った。


「私はくれちゃんに強要する訳じゃないけど、もし自分の命に価値が無いと思うなら、人から認められるっていう自分本位じゃない生き方を、誰かを守る生き方を、私すら守る生き方をしてみたらいいんじゃないかな? その為に、一緒に訓練してみない?」


 その時、私はあえてその言葉を言って欲しいが為に顔をにちゃりと捻じ曲げ、崩し、醜く、本当に醜く笑ったのだろう。決して、子供がしてはいけない顔。


 それは今まで無表情だった少女が道化に変わった顔。


 誰からでも演技だと分かるほど気色の悪い笑顔。光の差し込まない瞳を瞼が無くなるのではないかというほどに力を入れそれを見せつけ白目を血走らせる。口が裂け筋肉がぶちぶちと音を立てるほど口角を上げる。そして、その口から極めて生命に対して極めて冒涜的な音をだした。


「いいよーーでも私、人生に絶望したんだ。だからそのかわり、私にお姉ちゃんに殺されたいなぁ。私を守る為に、私から認められる為に私を殺してよ、お姉ちゃん! これなら、お姉ちゃんと私の意見が合うよ!」


 私は人間らしく、感情を持った生物らしく初めて感情を言の葉に乗せた。だが、それは既に無くなった私にとっての唯一の感情だった。


 新しい感情が私の中に生まれた。


 それはただ目の前のお姉ちゃんから愛を注いでもらうこと。それは無くした愛をその熱を再び取り戻す為に。


 そして、お姉ちゃんから熱い抱擁を受け、私の言った通りにはさせまいと頰をくっつけられた。


「人生に絶望して、自殺しちゃいたいならそれでも良いよ。でもね、お姉ちゃんは無理矢理にでもあなたを生かすよ」


 暖かい熱が、穴の空いた心に流れ込んできた。もう、私はお姉ちゃんから離れられない。きっと失ったら、また壊れてしまうだろう。


 でも、お姉ちゃんも私から離れられなくなった……


「だって今、凄く凄く紅葉くれちゃんのこと守りたくなっちゃったんだもん。なんだろう、凄く不謹慎かもしれないけど、きっと不幸な人を守る事って本当に幸せなんだなって思うよーーだからね。紅葉くれちゃんはお姉ちゃんの為に生きて……幸せになって……今みたいに無理矢理にでも笑って見せて」


 言葉を聞いただけで、紅潮した。今は自殺なんて、勿体無くてしていられない。こんな真っ直ぐなものが私だけに向けられて、私の隣に永遠に居る事を宣言してくれたんだから。


 お姉ちゃんは自分の髪を解き、私にリボンを付けた。それは、寵愛の証、幼さの象徴。そして私を縛るもの。それに答えるかのように私は先程の笑顔で答える。


「いい子、これからは私が紅葉くれちゃんの人生になってあげる」


 次の瞬間、口付けをされた。そして、胸と股間を触られ、初めての感覚が身体中に流れた。


「だから、今までの事は全部忘れて、私のものになろうね」


 そして、筒美紅葉という人間が誕生した。


 だが結局、お姉ちゃんの放った言葉全てが、今の私にとっての呪詛となったのはまたそこから6年後の話である。

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