堕落編 26話 belphegor1
深い深い黒の底。黒はまるで闇より出でて闇より黒し。
だがその本質は光の当たらないただの場所。
そしてこの感情は其処から生まれた。
人の持つ、七つの罪の一つ──『勤勉』
裏返り裏返す二律背反の罪。
堕天し堕落し裏切り者と罵られても彼女はそうあり続けた。
これは彼女──踏陰蘇芳の根源の記憶だ。僕──色絵瑠璃の願いが映し出した限りなくイデアに近い虚像。
スラムの様に所狭しと様々な店が置かれた町。店構えは綺麗というには無理のある商店街のような街並み。虚ろな目をした住民たち。
それは『死喰いの樹』と『自殺志願者の楽園』により隔絶された地域。現代でも社会問題として挙げられる。
中でも旧東京に当たる町は血気盛んに違法売買が繰り返されている。だが、そんな経済努力も虚しく、其処に住む人々は常に飢えを凌ぐ事が難しい程貧しい上に物流の関係で物価は通常の市場の4から10倍以上高騰している。
大人ならまだしも、子供ですら身売りしなければいけないその様な状況であった。
そして今からいう記述に”幸い”と言って良いだろうか?
それはあくまでもこちら側の価値観ということには過ぎないが、どこのコミュニティでも娯楽である様にその手の需要はかなり高い。その土地に住む女性の8割は店の経験者であり、容姿の美醜についてもいくらか寛容であった為か、女性は男性よりも"生き物として"生きていける土地であった。”金の為”と割り切り生きていくには好ましい街ではある。それも、あくまでもこちら側価値観としか語れないが、誰もが生きる為に必死であるという事には変わりないのだろう。逞しいとも言える。道徳心のある人では絶対にやっていけない環境だ。
そんな土地だからこそ、近年爆発的に樹教の支持が広がり、総本山ともなっている。欲を満たす事で永遠の楽園である死喰いの樹へと誘うとされる樹教の教えはここの人らには浸透しやすかったのだろう。ただ好きに生きるだけで死の恐怖すらも逃れる事が出来る、そして供物を捧げるごとに成長する死喰いの樹はいずれ全ての人の願いを叶えるとされている。それが樹教の目的だ。
今にして思えば樹教の目的は初めから公になっていたものだ。その過程が僕達……『器』と呼ばれる存在の収集であること、それが判明したのは先日の樹教幹部の襲撃だがもうそんなことは気にしている段階を過ぎてしまった。
蘇芳の記憶を辿り奴らのアジトを探す必要がある。黄依や薔薇の供述が正しければ『自殺志願者の楽園』にそれは存在するが、それでも正確な位置は掴めなかった。過去、神谷洪という軍人がその位置について探っていたが、行方不明となり後日『恐怖』という個体名の感情生命体として現れたのは記憶に新しい。
さて、蘇芳の記憶がここから始まったということは此処が彼女の出身なのだろうか。事前に聞いていた話では一般の出の少女が『収集家』の襲撃に遭い、そこで特異能力者になるための通過儀礼を突破してしまった、ということだったが……?
彼女の記憶に映るのは錆びた鉄格子。籠のような牢屋の中には蜘蛛の巣と蛆、目にするのも嫌になるほど嫌悪感を与える虫たちであった。若干6歳ほどの彼女はそこに入れられ、それらを食し飢えを凌いでいた。彼女がそこに入れられた理由は強盗による罪であった。なまじ知恵が回るおかげか、同世代の子供たちと徒党を組みそうやって生き延びてきた。だが失敗した仲間を助けようとしたところ、この状況になってしまったのを見るにその性格は昔から変わっていないのだと理解できた。
「私達、娼婦ニ売ラレルノカナ?」
「殺されるよりまだそのほうがマシだな」
同じようにして捕まった可愛げでそれより年下な女の子は舌足らずな声で彼女に語り掛けていた。
「ゴメンネ……私ガ捕マッタセイデ」
「別にいいよ。死ぬときは一緒だからな。お前も食べておかないと死ぬぞ?」
「……ウン」
少女は涙を流しながら、嗚咽を抑えそれを食べていた。
だが、少女たちはすぐに絶望することとなる。
彼女たちが捕らわれているのは見世物小屋を経営する主人の家。その主人はここら一体でも残虐で、殺人による罪の呵責を防ぐためにわざわざ殺す事をせず、誘拐してきた少女たち同士で手足を切り落とし合わせ、彼女たち少女同士で"その行為"させることを生業としていた。
中でも初回は言葉で表現するにはとても惨い。
その事実を彼女たちは唐突に告げられる。蘇芳はもう片方の少女を縛り付けるように命じられる。背後木の壁に見えるのは無数の穴。そこからいくつもの好奇な目にさらされる。チェーンソーを持たされた彼女が命令されたのは、少女の四肢を切断すること。
「……え?」
「できなければコイツは客に殺させるが、腕が来るまで二人とも何をされるんだろうな」
「…………お前!」
「随分優しい条件だろう。お前は無傷、お友達は負い目を感じているからその罪滅ぼし。その上、慰めることまで許可しているんだ」
蘇芳は少女の方を縋るように見てしまった。それを察した少女はうんと頷き、蘇芳にその行為を促してしまったのだった。