堕落編 23話 雨の日4
「降参です」
僕は全ての能力を解除して、彼女達の前に姿を現わす。特異兵仗であるタクトを床におき、両手は挙げている。
先程、打撃を与えられた所はまだ痛む。おそらく肋骨を何本か折られ、内臓に食い込んでいるのだろう。口から血を吐き、濁った血が床を汚した。
「素直ね。降参するなら初めから抵抗しなければ良いのに」
「仕事だと言ったでしょう。生きる為には仕方がなかったのです。……この盲目の身で他の職業が出来るとは思えないので」
「何、最もらしい事を……。紅様! 嘘に決まってます、信じないでくださいね!」
「えぇ……どうやらそうみたいね」
「ヤーイ! 嘘吐キ〜!」
こうして尚、無抵抗なフリをしても距離はすぐに詰めてこなかった。
「……全く。警戒しすぎなのも如何なものですよ。ホラ、特異兵仗はそこに落としたでしょう? コレで僕は貴女達に攻撃はできない」
「特異兵仗がなくても特異能力は使えるでしょう? 時間稼ぎが見え見えよ。何をしようとしているの?」
「良い加減にして下さいよ。ホラ僕。何もできませんよ」
僕は更に頭の後ろで手を組んだ。
「『ジャスミン』、コレは勘よ。殺す気で攻撃しなさい。でなければ、全員死ぬ」
「……ッ⁉︎」
僕は床に置いたタクトを足で踏み、宙へ浮くように力をかける。そうして空中へ掘り出されたタクトは僕の手の中に戻ってくる。
「最大威力になるにはまだ時間が欲しかったのですが、仕方ありません、終幕です」
特異能力とは本当に興味深い。人の願いを集約させたもの。願いは現に放たれても、この世界の法則には従わない。純度100%の僕の世界。
この世の構成要素から放たれる動きほとんどは波という曲線を描いている。
──僕にそれを操れるのというのなら。
僕の願った世界は僕にも光の当たる世界。目の見える世界。愛した君の顔が分かる世界だ。
その為なら、自分の世界を崩す事ができるのだろう。
タクトを振り僕は光の旋律を奏でる。
────『波形干渉』:最終楽章……『Lacrimosa of Requiem』
「──Lacrimosa dies illa, qua resurget ex favilla
judicandus homo reus:
Lacrimosa dies illa, qua resurget ex favilla
judicandus homo reus:
Huic ergo parce Deus.
pie Jesu Domine,Dona eis requiem.
Dona eis, dona eis requiem. Amen」
瞬間、僕は目を開く。僕の疾患は目が光を取り込まないのだ。ならば、目が取り込めるほど強い光を作れば良い。
「『涙の日』? 強い発光ね……いやコレは」
「擬似的な核分裂さ。それに至るまで多大なエネルギーを要する。だからこその最終楽章。成ればこその切り札。直に特異能力者にも感情生命体にも耐え難い光が降り注ぐ。……この一瞬だけでも、僕は誰かの顔を見たくてね」
そして僕は漆我紅の姿を初めて見た。
「ふふふ……あははは! 成程。核ね。懐かしいわ。彼女は素手で止めてたけれど、私には出来るかしら?」
そこには予想とは違う彼女の姿があった。いつか自身の能力で見た、初恋の人。彼岸の姿がそこにあった。
「……まさか……本当に……彼岸なのですか⁉︎ 貴女の正体は紅葉さんだとばかり……どうして……?」
「あら、目が見えるようになったのね。会話が成り立たないから困っていたのよ。ねぇ、昔のよしみでこの能力止めてくれないかしら?」
「……ッ!」
一瞬動揺して、僕は幹部二人の気配が変わっている事に気付くのが遅れる。
「良いわ。『まりぃ』『ジャスミン』。止めれるかしら」
「アイアイサー!」
「仰せのままに」
『まりぃ』の正体はやはり、身体をバラバラに動かす事ができる能力。それにより軌道の読めない攻撃を繰り出していた。そして、その能力の応用かこの教室を現実にある場所からバラし、『力動』により多次元空間へと断絶している。人やモノをバラす能力と見たが、僕の操るものはもはやミクロのレベルのモノ、彼女の能力で止めれるものではない。
そして、『ジャスミン』の正体はやはり『植物』。蔓状の触手を拘束用にコチラに伸ばしている。おそらくあれには毒や催眠効果のあるものも混ざっているだろう。彼女に捕まればコチラの打てる手は無い。それに、植物で壁を作られれば、放射線を遮られる可能性もある。止められるとしたらそちらか。
まずは『ジャスミン』から……
──憤怒。激昂。憤懣。
「……ッ! コレは……!」
瞬間、僕にへと一点集させた衝動。怒りを感じ始めるこの体と違和感。行動不能とまでとはいかないが、コレでは特異能力が充分に発動できるかどうか。
「残念ダッタナ。コレが私ノ怒リダ!」
『まりぃ』と呼ばれる少女が此方を睨み付ける。
彼女が発した『衝動』か?
「特異能力は持ち主の感情によって出力される形が変化する。『恐怖』……香宮洪が齎した『衝動』は相手に恐怖心を与え、特異能力発動そのものを抑制した。だけど、結局受け取り手次第ね。恐怖心を克服して、自らの特異能力を強化した子もいた。実験が役に立ったわね。流石、紅様」
洪くんはそんな事の為に怪物にされ、僕達に殺されたのか。
……クソ。怒りを感じさせ易くしているのか。冷静に……いや、もう無駄か。
「……なるほど。貴方達の狙いは願いの書き換え。僕に怒りを齎して、能力の効力を変える」
「えぇ……。貴方のように多彩で変化しやすい能力ほど、この罠にはかかり易い」
『涙の日』が『怒りの日』へと書き換えられていく。
『怒りの日』の効力は地震波への干渉。だが、この分断された空間ではその能力は外には漏れずただ願いは無に帰すばかりで有る。
「そういえば……地を揺らす能力。それを知っているのは貴女だけでしたね。彼岸」
「えぇ……世界を破滅に導く能力。貴方がそう嘆いていた事今でも覚えているわ」
昔交わした言葉。二人だけしか知らなかった筈の僕の秘密。
「何故です? 貴女は贄になるのを拒むほど、自らに責任を負いたく無いと。この力は真逆だ。貴女の望むものではない」
「いいえ。その力でしか止められない、化物がいるの。私達の先生よ。あの人を止めて世界を有るべき形にしなくては」
「……筒美先生の事か。何が……どうなっている。状況が分からない」
誰が敵で誰が味方か。最早、僕には理解できる範疇を超えていた。こんな混乱を招くことができるのは多分、踏陰さんの仕業か。掻き乱された。
それが僕の敗因か。
僕は力を使い果たして床に倒れ込む。それを蔓状の触手で拘束し、植物が僕の皮膚を突き破り、何か毒を体内に入れられる。
「さてと、駒は奪ったわ。『まりぃ』、『ジャスミン』。残りは誰かしら」
「今、金剛纂から連絡が入りました。仮面の男の介入により『紅様の器』と『桜様の器』を逃してしまい、『いぇん』が護衛軍に捕まったと」
「……ハァ⁉︎ 『いぇん』ガ失敗シタノカ⁉︎」
何か、話している音が聞こえる。どうにかして、この現状を護衛軍に伝えなくては。何かメッセージを残さなくては……
「いえ、作戦は成功したみたいよ。……捕まってしまったのは仕方ないわね。何年も潜入させてたし、柘榴と行動させたせいで相当ストレスが溜まってたらしいわよ」
「そうね。準備が出来次第、『いぇん』を救いに行く。朝柊の奪取は成功して『ローズ』や『マルベリィ』、あとついでに柘榴は無事なのでしょう?」
「はい。そうです。柘榴は黄依ちゃんの身体を乗っ取ったみたいですが……」
『いぇん』というのは踏陰さんのことか。『ローズ』は水仙さんか、『マルベリィ』は……誰だ?
いや、今はそんな事ではなく。
「翠ちゃんと瑠璃くんが動けていた事が『いぇん』が捕まった要因だと思われます。色絵青磁が何かしたという可能性がありますね」
「あと『マルベリィ』が『私の半身』と話したせいで暴走した事も考えうるわ。でも一番の要因は仮面の男。奴の目的に解せない所が多すぎる」
仮面の男……例の……題先輩と実力が拮抗している感情生命体。樹教の味方では無いのか?
「あと一人、翠ちゃんが連れていた、気になる少女が……」
「あとで確認させてもらうわ。今は彼を手駒にしなければ」
『私の半身』……というのはやはり紅葉さんの事か。眼前にいる樹教の教祖……漆我紅と呼ばれた少女の正体は筒美紅葉だと、僕は確信していた。
しかし、そうで無いのなら。
そういえば『ジャスミン』は『紅様の器』とも言っていた。
10年前、『漆我紅事件』の時に起きたこと。様々な人間の思惑を整理すれば……そうか……。そういう事か。コレは伝えなければ。
「……」
「……ン? 今コイツ動カナカッタカ?」
「まさか……まぁもう抵抗しても無意味だけど」
コレが伝われば、今後予想される護衛軍の内部分裂は避けられる。鍵は君だけだ。色絵瑠璃くん。
『この世界を頼んだぞ。君の愛している人間を信じてやれよ』
そこで僕の意識は途切れたのだった。