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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act five 第五幕 lunatic syndrome──『感情の希釈』
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堕落編 22話 雨の日3

 漆我しつがくれない……彼女は前情報が正しければ感情生命体エスターを操る能力を持っている。それはこうくん……『恐怖スキャーリィ』の時と『蒲公英ダンデライオン』の時で理解できた。全て紅葉もみじさんの自作自演であれば見極めるのは困難になるが、敵味方がはっきりとしないこの現状では最悪を想定することは悪いことでは無い。


 視認と発声による能力の発動条件は潰した。これらは経験則では比較的オーソドックスな能力の発動条件になる。


 だが、もし他の条件があれば別だ。例えば触れるだとか、即時発動型で無いのなら事前に何か命令しておいたり、考え出したらキリが無い。


 もし、感情生命体エスターを操る能力が発動すれば、潰したはずのチームワークをしてくるだろう。それは相手の今後の行動次第だ。


『来るか……ッ!』


 防御術で受け止めたのは拳による乱打。手の大きさから察するに子供らしい『まりぃ』が殴ってきた。威力はほとんどない。が、右と左手から繰り出される拳は正面と背後、つまり度違う方向から来ている。


『同じサイズの拳。だが、子供の身長で出来る事ではない。それにこの速さ。何をしている?』


 そして、頭に降り注ぐ打撃。足によるハイキック。勿論それを防御はするが、同時に打撃が三発も。


「なんて体幹……素晴らしいですね」

「……? ソウカ……コイツ 最初カラ 目ガ 見エテイナイ ノカ」


 一瞬の戸惑いが彼女に見られた。おそらく、この不規則な軌道による攻撃は体幹によるものでは無い。考えうるとしたら特異能力エゴによる効果。黄依さんのように空気に衝撃を伝わらせるタイプに似たような能力か。


『それならこうだ……『音爆弾サウンドボム』』


 僕はタクトを振っている方とは別の指で音をパチンと鳴らす。


「ッ⁉︎」

「ナンダ⁉︎」


音爆弾サウンドボム』……いわゆる人力で行う音響兵器。音圧の増幅を繰り返し音波の進行方向を相手にぶつける非殺傷で行える鎮圧技。相手の正体が分からない以上、取れる防御手段はコレだ。


「ナル……ホド……。コレハ 強イナ。 ダケドナ!」


 言葉通り真っ直ぐに拳に攻撃が飛んでくる。


「知ってるよ」

「ッ!」


 その打撃を防御術で止めるが音波攻撃でも相手は怯まない。


『三半規管はやられる位の音圧の筈だ。様子を見るに避けられたか? いや、僕が狙いを外したんだ。あちらも何かしらの手を使って僕の索敵を邪魔している。そうでなければ身体の形が異形のそれか。どちらにせよ決め手にかける。物理攻撃も仕掛けるのは難しいだろう。コチラも次の楽章に進む必要がありそうですね』


 ──『波形干渉ウェイブインターフィアレンス』、第三章楽章:『引力グラビティ』。


「何⁉︎」

「重ッ⁉︎」


 重力波への干渉。つまり、重力の変動を自在に操る。射程範囲は負荷に比例するが人間の動きを止めるのであれば丁度この教室を包み込むくらい。これ以上やるなら、楽章を次に移行するか他の能力を解除する必要がある。今回は音への干渉を解除した。一呼吸整えない限りコレがもう出来ない。


 だが──


「ウグッ⁉︎」


 瞬間、腹部に『まりぃ』の打撃が防御術を破り当たるのが分かった。


『重い打撃……! この状況でまだ動くのか⁉︎ クソ……やりたくは無いが放置は出来ない。まずは『まりぃ』の攻撃の正体を掴む事が優先だ』


 ──筒美流対人術急ノ頁『花触はなぶれ』。


 瞬間、身体の感覚……主に皮膚の触覚が強化されていく。空気の流れにより、目視できなくても相手の位置を把握することができる。先程の痛みが鋭敏となり増したが今は我慢するしか無い。


「……ッ! コレは……!」

「ドウヤラ 気付イタ ミタイダナ」


 相手の頭部、胴体、手、足、細かいところまで言えば目などがバラバラに浮いている。先程、『音爆弾サウンドボム』を避けられたのは頭部をコチラの想定外の場所において避難していたから。


『重力が効かないのか? いや、むしろ打撃の威力は上がった。どういう事だ? 浮いたまま、質量が同じなのか?』


「気合イダ! 気合イダ! 気合イダァァ!」

「…………」


『コレだからファンタジーは……! 相性が悪い。だが、コレまでの楽章で他の二人の動きがないことからも無力化は出来ている。即座に『花触』の解除を行い。防御に徹する。第三楽章が通じる相手じゃない。第四楽章に移行する……』


 ──筒美流防御術急ノ頁『鉄樹開花てつじゅかいか』。


 ERG(エルグ)でできた防御結界が僕を包む。並大抵の攻撃じゃ、びくともしなくなる。欠点は僕の場合長続きしない事。


『第四楽章に移行すれば相手を殺す結果になる。ここまで来たらやるかやられるかだ』


 そう思った瞬間、この教室に急に気配が一つ増えた。この感覚は……。


「泉沢先生……! ってこっちも襲撃⁉︎ 暗いし何コレ!」

色絵しきえすいさん⁉︎」

「侵入者⁉︎ 『まりぃ』の能力が効かない……⁉︎」


 驚きながら突然現れた翠さんは敵に向かい銃を向ける。


『そうか、翠さんの能力……『物質転移サブスタンスシャッフル』なら、この断絶された空間を行き来出来る。元生徒を巻き込むのは忍び無いですが、ここは僕より機関の寮にいる生徒達を救出してもらう方が優先的ですね。最近まで機関に通っていた翠さんが転移能力持ちで助かりました』


 そう思考した瞬間、僕は翠さんに聴こえるように声を叫ぶ。


「翠さん! 僕より生徒の安全を確保して下さい。状況を察するに本部にも襲撃が来ていると!」

「はい! そうです!」

「ここは抑えます。安全な場所に避難指示を……!」

「分かりました!」


 そういうと一瞬で翠さんの気配が消え、三人の敵意がこちらに向いた。


「貴方の能力なら、声は私達に聴こえなくする事も可能でしょうに? 今、音を操る事は出来ないらしいわね」

「…………」

「沈黙は肯定と捉えるわよ。『ジャスミン』準備は後どれくらいかかる?」

「光が無いせいで時間はかかりましたが、後少しです」

「分かったわ。準備出来次第、私諸共でも構わない。頼むわよ」

「承りました」


 限られた時間は少ない。コチラも切り札を切るしか無い。


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