堕落編 21話 雨の日2
光の波長を捻じ曲げる事で僕は姿を消す。
「消えた?」
「逃げたのかしら? それとも例の特異能力? 聞いていたものとは違うけど」
「アイツノ足音と匂イ。マダココニアル。逃ゲテナイヨ」
舌足らずの少女の声から、臭いを感知したという言葉が出た。僕の特異能力は『嗅覚』への干渉が不可能、その為、僕を索敵できるヤツがいるのであればソイツから倒すべきだ。
『しかし……紅葉さんは筒美流を使い、僕を索敵出来る筈では? 何故消えたと驚いた? 僕の能力を知っている筈では? 紅葉さんを騙った別人の可能性は? それでは護衛軍の内通者から僕の能力は聞いていないのか? 彼女も嗅覚で索敵出来るのでは? 視界から消えたのであれば他の感覚器官で索敵するのは筒美流の定石。他に何か集中を削がれている?』
「そうね『まりぃ』。彼の匂いはまだここにある。『ジャスミン』は"罠"の設置をお願いするわね。『まりぃ』は逃げられないようにこの空間を切り取って頂戴」
樹教の教祖を自称する彼女は、高精度を誇る筒美流対人術を発動させる。
『筒美流は使えるか。その芸当も並大抵の熟練度では出来ない。やはり、漆我紅の正体は紅葉さん……か? 技の熟練度はそれ相応にある。しかし、彼女は攻撃に専念しない分先ずは相手の分析、もしくは防御に徹する闘い方をする筈だ。あまりにも闘い慣れた戦闘方法ではない』
「えぇ……勿論です。『植物変幻』──『蠅捕草』+『ロリドゥラ』」
「キシシシシ! 『身体解剖』──『空間分轄』」
「──っ!」
『ジャスミン』と呼ばれる、艶かしい声を放つ女性が放ったのは捕縛用の罠……接触すると体を拘束する植物と粘着剤の役割を持つ植物を掛け合わせた特製のものが蔓状になって僕の周囲にばら撒かれる。コレら一つ一つが発動者の意思により動く能力のようだ。先日、護衛軍で騒ぎのあった蟲を操る能力の植物版だ。多種多様な植物の特性を手を変え品を変え状況に応じて出されたら厄介。罠を放置するのもあまりにも危険。
そしてもう一人、『まりぃ』と呼ばれる舌足らずな声を出す少女が使用した能力は空間を切り分ける特異能力か、それともまた別に能力がある。とにかく僕の動きを抑えつつ、本部との分断を図ったのは確実。あちらの目的が僕にあるなら『まりぃ』をいち早く落とせるかにかかっている。
『だが、匂いの感知をされている。消臭スプレーでも常備しておけば良かったかな?』
僕は罠を避けつつ彼女達の周りをぐるぐると旋回する。僕が普段周囲の感知に使っているのは、『聴覚』・『嗅覚』・『触覚』・『味覚』……そして第六感である『感覚』。ここまでできる人間は幹部の中でもそうは居ない。
同時に僕は"第一楽章"の『終曲』の準備をする。
「出方を伺っているの? こういう状況なら『まりぃ』か『ジャスミン』へ速攻を仕掛けるのが定石でしょうに。意外と余裕そうね。コチラは貴方を狩る為に手札を用意してきたというのに」
「焦ラシプレイハ良クナイゾ!」
「あらあらぁ〜『まりぃ』ちゃん。そんな言葉知ってるの〜?」
三人は余程の準備をしてきたのか、余裕でコチラの対処をしている。
『全く……油断はしてないでしょうけど、舐められていますね。今の手札で闘うのは部が悪いだけですよ。コチラは特異兵仗による持久力もある。時間稼ぎさせていただきますよ。』
僕はその瞬間、この空間の光に干渉する。
『第一楽章:終曲『暗黒』』
なるべく、彼女達に僕の位置を悟られないように、光を徐々に消していく。コレで僕と同条件。視覚によるアドバンテージは消した。
「電気が暗くなって来たわね。大丈夫? 『ジャスミン』」
「シィ〜! 紅様! ダメですよ! 敵の前で私の心配しちゃ!」
「今度ハ オ前ガ オ荷物カ〜?」
三人は戯れ合うようにふざける。
『そうか植物の特性上、光は必要。日光だろうが白熱電球だろうがLEDだろうが可視光であれば確かそれは変わらない筈。それをコチラは波長を捻じ曲げているのだから相手に届かないのは必然。光をATPに変えるクロロフィルだったか。細胞生物学は専門外すぎて忘れたし、相手の特異能力の原理は知らないが、植物の成長や操作の機構に光合成が組み込まれているのであれば相手もやり辛くなるだろう。僥倖だがふざけ合っているのを聴くにブラフの可能性もある。予定通り動こう』
次は第二楽章……音に干渉する。足音を遠くへ逃げるように、徐々に消していく。
「今度ハ音ガ……逃ゲテルゾ!」
「いや……これは『いぇん』ちゃんから聴いていた能力そのもだわ。落ち着いて『まりぃ』ちゃん」
「ハ⁉︎ 私今喋ッテ無イ!」
そう、最初に喋ったのは僕。そして、そこで命令系統を崩せば……。
「……成程。音を操ってコチラの指揮系統を乱すのが目的ね。混乱を避ける為にコレからは黙るのが得策ね」
「ほう、策士ね。良い手を遣うじゃない。やり辛い相手だわ。いいわ乗せられてあげましょう」
コレで相手のコミュニケーションを潰した。今行ったのは単純で音の操作による声真似。視覚が機能しない今、誰が何を言ったのか確かめる術は少ない。視覚と聴覚を全て操る印象をつけておけば相手は自由にチームワークで動けなくなる。
全て音を消すリソースを別の能力に注ぎ込むことができる。
『さてここからが本番だ』