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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act one 第一幕 死ねない世界の少女達
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第一幕 27話 筒美紅葉について2

 周りは木だらけで、他は何もない……私にとってそこはそんな場所だった。強いて言えば、近くにはこの世界を覆うほどのでかい樹が生えていた。ここは誰も近づかない、樹海の中だった。ここが自殺の名所であることは知っていたけど、興味は湧かなかった。私は自らの死を願っているけれど、それは自分から行うものではなく、他人から罪として罰してほしい、そんな感情に近いのだろう。


「はぁ……お父様……」


 何を見てもつまらないそんな所で、当時8歳であった私はただ、死んだ父親の事を、離れ離れになった母親を思って日々を浪費していた。きっと私はその年齢の子供がしていい表情をしていない。


 だから、周りにいた樹海に捨てられた子……事実上私の義理の親戚に当たる子供達は私の事を気味悪がっているだろう。それは、その子達の人格的問題ではなく、至極真っ当な反応だと思う。


 当たり前だ、口を開けば自らを殺してほしいなどと宣う少女はその手の趣味の無い人間以外なら誰だって気味悪がることだ。


 だから、私は最初は誰からも理解されない生き物で、そのうち今の生活に耐えられなくなって、ここから逃げ出して、樹海の中で迷子になって、飢えて死ぬ未来しか見ていなかった。


 来る日も来る日も、私はいつもの様に祖父の木造で建てられた古い家の縁側でそんな思いを持ちながら黄昏ていた。他の子供達は広い庭で筒美流の習得に励んでいた。


 私は『あぁ……頑張ってるな』程度にしか思っていなかった。最初の一ヶ月はそれで終わった。自分の意思で誰とも話さず、誰とも関わらない生活を気付けば送っていた。だから、私は思いを内側に貯めるだけで、ただ周りを眺めているだけの外には何も感情を出さない子になっていた。


 だけど、ある時気付いた事があった。


 子供達の訓練を覗いている時、私よりも一回り年上の女の子に笑顔をいつも向けられていた事に。


『確か、あの人は……私の従姉妹のお姉ちゃん……だっけ。少しあの笑顔がお母さんに似てるな……』


 お姉ちゃんの事を意識するようになってから、私は彼女の事をよく観察した。いつも、綺麗で対照的な赤白が際立つ巫女さんの服みたいなのを着ていたのは知っていたが、よく観察してみるとお姉ちゃんが動くと、より際立つだって緋袴がふわりと空中を漂い、美しく踊っているように見えた。きっとこの中で一番美しく舞っているのだろう。


 ここに来てから初めて何もかもを忘れて、お姉ちゃんを見ることに集中したのかもしれない。


 流石にじっと観察しすぎたからか、訓練が終わると彼女がゆっくり歩いて来るように見えた。だから私はその場から離れるために立ち上がり逃げようとした。


「ねぇ、待って!」


 優しい声で私を呼び止められる。


「キミは……確か……」


 見つめられて、私は口を噤むとお姉ちゃんは周りの子供達に話かけられる。


「葉書お姉ちゃん! その子、怖い子だよ! こんな子に話しかけないで早くお師匠様の所にいこーよ!」

「そうだよ! その子、切手より変な子だし、話しかけたってきっと怖いことしか言わないもん!」


 お姉ちゃんは二人の口に人差し指を当てて優しく言う。


「良い子だから、貴女達は先にお師さまの所に行っておいで」

「わっ分かったよ……お姉ちゃんがそういうなら……」


 お姉ちゃんは優しい声で周りを諭し、子供達を祖父の元へ行かせた。その間に私は逃げようとしたけど、彼女の目がこちらに向く。


「ごめんね、あの子達も悪気がある訳じゃないからさ。ってコラまた逃げようとする……」


 すぐに服を掴まれて、逃げようとしたのを捕まえられた。


「何か気になる事でもあったの?」

「ない。だから私に話しかけないで。」

「でも、私がキミに用事があるんだよねー。私こう見えても寂しがり屋さんだからお話しして欲しいなぁ……」


 お節介がましく私を引き止めて、手を握ってくる。


「キミは一ヶ月前くらいにお師さまが連れて来たとっても可愛い子だよね? お名前聞きたいな」


 少し迷った後に、母親がいつも呼んでくれていた風に自分の名前を教えた。


「『紅葉くれ』。」

「……くれちゃん……可愛い名前だね!」


 お姉ちゃんはにこりと笑い顔を近づけてきた。

 私の表情を伺うと、お姉ちゃんが困ったように眉を曲げたのが分かった。

 私は心底嫌そうな顔をしたのだろう。


「……」

「家族だからこれくらい普通でしょ?」

「家族じゃない。」

「家族だよー!」

「家族は名前なんて聞かない。」

「だって今までお話ししようとしても逃げてたじゃん!」

「ごめんなさい。」

「いいよ、冗談だからさ! ねぇくれちゃん、一緒に筒美流の訓練やってみない?」

「いや。」


 私はお父さんを殺した暴力が嫌いだったから、即答した。私に力なんて要らない。欲しくない。怖い。


「そっかー寂しいなー。くれちゃん才能ありそうなのに」

「どうして。」

「なんとなくだよ! 雰囲気がね、お師さまに似てるの」

「孫だから。」

「じゃあ、私と同じだね! 私もね、お師さまの血が流れてるんだよ!」

「だからあんなに踊りが上手なの。」


 初めて私から話の話題を振った。


「踊り……筒美流の訓練の事? ちゃんと見ててくれたんだね! ありがとう!」


 感謝された。久しぶりに感謝された。


「……どうして?」

「……ふふっ、面白い事聞くね! お姉ちゃんの踊りが上手だって褒めてくれたからだよ?」


 どこまでも透き通るような眼差しで言われる。


「何がそんなに嬉しいの……?」

「だって、人から認められるって嬉しい事でしょ?」


 何かに憧れるような眼差しでお姉ちゃんは私に言ったのだった。



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