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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act five 第五幕 lunatic syndrome──『感情の希釈』
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堕落編 13話 アイファズフトの繭1

 私、筒美つつみ紅葉もみじは現在、感情生命体エスターの討伐任務で死んだと思われていた、ふき衿華えりかこと、衿華ちゃんに身体の自由を奪われて、蚕が作り出すような繭の中に一緒に閉じ込められていた。


 ただ小部屋のような空間である繭はおそらく私が全力を出さなければ壁に穴を開けられないほどのものであった。手足は拘束されずただ衿華ちゃんに強く抱きしめられているだけだった。


 体力はほとんどないが、無理やり『同調アシュミレーション』を使えば、動けなくはない。


「やっと、二人きりになれたね」

「……ハァ……ハァ。生きていたなら……どうしてすぐに知らせてくれなかったの……?」


 私は振り絞って衿華ちゃんの腕を掴みながら声を出す。


「……必死になってる紅葉ちゃんの顔も可愛いね」

「……ハァ⁉︎ ふざけないで! 私はずっと衿華ちゃんの事が心配で……!」


 すると、衿華ちゃんは私の唇にそっと人差し指を立てる。


「衿華のこと心配してくれてたんだ……。嬉しいな。でも、大丈夫だよ。コレからは絶対絶対……ぜぇーったい、何があっても衿華が紅葉ちゃんのことを笑顔にしてみせるから!」


 私は首を振り、彼女の指を振り払う。


「なんで……何が……? それは……私を裏切ってまでする事なの?」

「そうだよ! 紅葉ちゃんはね、衿華のカミサマだから。だから……カミサマには笑顔でいて貰わなきゃって思って!」


 私の顔をあいも変わらず、憧れているような、もはや崇拝しているかのような眼差しで見つめる彼女。


 …………私の正体が元贄だという事は織り込み済みという訳か。勿論、樹教の手に堕ちた時点で私の正体はわかるからそうなるのは容易に予想が出来る。


「そう……アナタも敵なのね」

「え……? って違うよ! 紅葉ちゃん、絶対何か変な勘違いしてる! 衿華は紅葉ちゃんだけの味方だよ! ただ成り行きで樹教の人達と協力してただけで、今からは衿華の意思!」


 彼女は一体何を言っているのだろうか。裏切ったと思わせて裏切っていない? いやでも、教祖……『自死欲タナトス』は感情生命体エスターを意のままに操る能力を持っている。


 つまりは今の衿華ちゃんは信用できない。


「…………」

「樹教……特に紅様は写身として贄だった紅葉ちゃんの身体を欲してる。理由は死喰い(タナトス)の樹を開放して、この世の全ての人間を感情生命体エスターにする為」


 樹教の目的は人類の不死生物化。ありとあらゆる不幸の根源たるモノは"死"という終わりから来るもの。それを無くせば人間は永遠に幸せになれるというイカれた思想。


「衿華ちゃん……まって、何を言って……」

「良いから聴いて! 衿華もね最初は今みたいに不完全な形じゃない状態で死ななくなって世界中のみんなが幸せになるなら、喩え紅葉ちゃんでも"贄"にする事に賛同してた。でも……」

「……」


 私が贄になればおそらく、自死欲タナトスは全盛期の力を取り戻して復活するだろう。そうなれば、現時点で世界を覆うレベルの災厄だから樹教が本当にこのことを起こそうとしてるのはわかる。


 だけど、彼女の本心が何一つわからない。心が追いつかない。


「でも……! たとえ感情生命体エスターになったとしても人の欲望は満たされない……! むしろ、今よりもっと渇望して辛くなるだけ……。余計に辛くなるだけだよ」

「ねぇ……」

「憧れは『嫉妬』に繋がる悪感情なのかな?」

「衿華ちゃん……」

「衿華ね、嫉妬の感情生命体エスターになっちゃった」


 彼女は口から出した感情とは裏腹に涙を流して自身の身体を醜く睨みつける。


 情緒が不安定な彼女に心を取り乱される私はようやく、彼女の事を心の底から突き放すような言葉が口から出た。


「ごめん……何言ってんのか全然……状況も……周りが今どうなってるかも今喋ってくれた衿華ちゃんの感情も何もわからない……。感情が追いつかないの。……ごめんね。もし、今、苦しんでるならその痛みを取り払ってあげたいけど……。衿華ちゃんは一体何がしたいの?」


 瞬間崩れ落ちるかのように私の身体から衿華ちゃんの手が解け落ちる。


「……わかんない……か。そりゃ……いきなりこんな事言われても、そう……だよね。分かんないよね……? 衿華がどれだけ紅葉ちゃんのことを守りたかったか。誰の為にどんな思いで衿華がこんな姿に……あぁ………………コレは言っちゃダメな奴だ。…………ごめんね……ごめんね。大好きな筈の紅葉ちゃんに……こんな事……。言いたくなんてなかった筈なのに……どうして……、私って……。なんで……なんでこうなるのかな?」

「……衿華ちゃん」


 座り込み涙を流す彼女は、ブツブツと何かを呟く。


「……り……アイツさえ……」

「…………?」

「アイツさえいなければ、アイツさえいなければ、アイツさえいなければ、アイツさえいなければ、アイツさえいなければ、アイツさえいなければ、アイツさえいなければ、アイツさえいなければアイツさえいなければ、アイツさえいなければ、アイツさえいなければ、アイツさえいなければアイツさえいなければ、アイツさえいなければ………………! 色絵しきえ瑠璃るりさえいなければ! 衿華は衿華でいられたのに! 紅葉ちゃんが笑顔を失うこともなかったのに! 紅葉ちゃんもそう思ってるでしょ⁉︎ 人を救える癖に人の願いを叶えない……どうして、アイツばっかりアイツばっかりアイツばっかり! 世界からも紅葉ちゃんからも愛されてるの⁉︎ 私がアイツなら今すぐにでも紅葉ちゃんを殺したのに……!」

「……え」


 顔をぐちゃぐちゃに歪め叫ぶ彼女から彼の名前が出た瞬間、心になにかグサリと重い槍のようなモノが刺さった感触がした。


「……もう、いっか!ここまで恥を晒したんだし……それならいっそのこと、アイツ殺そう! 今すぐ殺そう! 出来る限り苦しめて殺そう! それでアイツの死体を使って紅葉ちゃんを幸せにしよう! そうだよ! それが一番良い! アイツもそうすれば生まれた価値があったって喜んで死んでくれるね!」

「衿華ちゃん……?」


 私が震えながら彼女の名前を呼ぶと、叫んで嫉妬に歪んでいた顔が一瞬で先程のような憧れを向けるような表情にそして以前のように小動物のような人を安らげる声に戻った。


「大丈夫だよ! 紅葉ちゃん。何があっても貴女を笑顔にしてみせるから。ここで待っててね!」


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