堕落編 12話 晩秋の侯3
DRAG──正式名称を『Drug Redly Addict Gift』、というらしいが、『Gift』とは言い得て妙である。本来の使い道は人間性の喪失の代わりに自分の願い……特異能力という才能を与えるものである。
そして私が今使ったのは本来であれば薔薇のものだったはずだ。そう、『DRAG』は肉体関係を持ったものの『Gift』は受け取る事もできるのだ。
『Gift』──才能、与える事……そして恵投。
与えられるのは特異能力という才能だけではない。感情も伝播するのだ。
本来であれば私は薔薇の能力『水素爆発』を与えられるはずだった。
…………
……
『デストルドーの恵投』。
それは『収集家』こと竜胆柘榴から生まれた『死を望む』呪いのような感情である。
何故、竜胆柘榴があの場で護衛軍から殺されるような立ち回りをしていたのか、理由が分かった。それは、『死』を経験する事で他者の感情へ自己の感情を注ぐことができるから。
…………
……もし、私の愛する薔薇のDRAGが私の手に渡った時点で既に他人のものにすり替えられていたら。
樹教に潜入していた薔薇ならそういった可能性はあっただろう。それが私の手に渡るかは別問題としてだが。
さて、本題に入る。
『死を望むもの』に『死を与えたもの』がいたのなら……
そして、『他者に死を与えたいもの』が『死を与えた』なら……
……それはもはや『本懐を遂げた』に等しい。
人生において本懐を遂げる事は史上の悦びである。
だが、人とは不思議なもので、自身の身に余る悦びという感情すら毒になる。恋人ができた事が余りにも嬉しすぎて双極性障害になったという症例があるくらいだ。
等の本人である私が気付かずとも、私は既にヤツとそれ程の毒となる悦びを分かち合ってしまったのだ。もはや『肉体関係』と同等となるレベルの感情だった。
結論を言おう。
私が服用したのは薔薇のDRAGではなく、竜胆柘榴のものだったのだ。
………………
…………
「…………なに……コレ」
流れ込んでくる他人の感情。他人の特異能力。渇いた笑い声を響かせる踏陰蘇芳。
「クハハ……もう、殺す必要すら無くなったなぁ。その能力の発動条件は二つ。一つ目は成りたい他人から『殺される事』。二つ目は『殺した』奴が『死ぬ』か、自身の細胞を取り込ませるか。……ハクヤの『死体操作』と『汝の隣人を愛せよ』が混じり合って出来た特異能力だ。その名も『デストルドーの恵投』」
その瞬間、瞳が熱くなり心臓の鼓動が速くなるのを感じた。床に落ちている鏡の破片に映る私の表情は最早別人に近く不気味に笑って見えて、髪の毛は完全に色落ちし金色へと変わってふわりと逆立っていた。欠損した筈の腕も再生するように生えてきている。
「他者の身体を乗っ取る特異能力だ、そうだろザクロ?」
そう尋ねられると私の口が勝手に開いた。
「えぇ〜そうですよぉ。黄依ちゃんの服もぉ〜ちゃんと要望通りのものを作ってくれてぇ〜まさか貴女がぁ〜ここまで協力してくれるとは思っていませんでしたけどねぇ〜」
まさか、コレまでの全て、私が薔薇と付き合うようになることも、私が竜胆柘榴を殺害することも、私がDRAGを使うことも踏陰の計画通り? ずっと掌の上で転がされていたの……?
「ユリの身体……及び私やヤツデを『デストルドーの恵投』から解放するのと、紅様への絶対服従、それが条件だったからな。あとムカつくからその喋り方、二度とするな」
「ははは……分かってるって。知ってるでしょ? 喋り方は宿主に依存するって。あとはちゃんと乗っ取りが成功した事を演出してみただけよ」
事態の危険性を感じた私はすぐにしまったバタフライナイフを取り出して、自身の首を落とせるように能力を使う。
しかし、能力は使えず、今度は身体の主導権も奪われる。
「おっと、危ない。まだ私はこの中に居るんだった。あ、でも止めた意味もないか、やっぱり今からでも殺した方が良い? それともあえてこのままにしとく?」
「そのままだ。あくまでも、今回の作戦は『紅葉狩り』。殺させるのが一番良い使い方だろう」
コイツら一体何を言っている? 私を殺す? どういう事だ。
それに『紅葉狩り』なんの話だ。
「さて、私のナイフ取ってきてくれた?」
「あぁ、これだ」
踏陰は『シャドウ』の中からサバイバルナイフを取り出して此方に投げつけた。それを私は生えて間もない左手で掴み取る。
「ん、ありがと」
「計画通りアサヒも拘束できた。そのナイフを特異兵仗にすれば二つ扱う事が出来るな。それにエリカの糸で作ったその服もある。コレでオマエの要求は全て飲んだ。協力してもらうぞ」
彼女がそういうと、私の両手は勝手に動き出し、2本のナイフをまるで小刀を使う双剣使いのように扱い始めた。私よりもナイフ捌きの技術が高い。コレほどの手数が有れば、紅葉クラスでも太刀打ちは難しいぞ。
「うん、やっぱりしっくりくる。この身体が私と同調しやすいのもあるからか。DRAGの使用で腕が生えてきたし、元々、特異能力者になった時点で私の身体は人に近いものでは無いみたいだ。流石に常時再生能力は無いだろうけど、私が集めてきた『願いの力』が使えるならそれだけでお釣りが来る。流石にコレだけ『願いの力』を集めれば私も理不尽側の存在になれるみたいだ」
「……まぁ、前の体の時点で既に上澄も上澄だが……。その身体でも、あの筒美封筒を目の前にすれば瞬殺されるだろうな」
「ワァ……。やってられないね」
両手に持ったナイフを放り投げて不貞腐れるように私の身体は動かされる。また、薔薇はというと先程からコチラを眺めてぼっーとしている。
「私は薔薇の安否が気になるみたい。……ワォ凄い。ここまで人って他人を愛せるんだね。コレが『愛してる』って味か。なんだか、私まで恥ずかしくなってくるよ」
「……ぶっ……ははは……クハハ! なんたる羞恥プレイだよオイ! 自分の恥ずかしい感情を赤の他人から赤裸々に語られる気分はどうだ? キイ!」
踏陰は涙を流しながら腹を抱えてコチラを馬鹿にしたように笑う。
『コイツら……!』
必死に身体の主導権を取り戻そうと、もがくが私の身体は柘榴の支配下に完全に置かれてしまった。