堕落編 7話 幸せは歩いてこない1
僕、色絵瑠璃は深夜、現在、護衛軍所属・特異能力者兼感情生命体専門の研究者であり、実の兄である色絵青磁……通称"青磁にぃ"の研究室に双子の姉である翠ちゃんと共に来ていた。
部屋はマメに掃除されていた為、小綺麗で、お客さんが来てもくつろげるようにローテーブルやソファー、ビーズクッション等が置いてあった。
僕達はソファーに座り、青磁にぃは彼専用のビーズクッションに座りながらブラックのコーヒーを啜っている。僕は同じく、翠ちゃんが入れてくれたミルクと砂糖入りのコーヒーを飲む。
「それで、話ってのはなんだ。瑠璃。"こんな深夜に"俺様に用があるなんて」
「……"こんな深夜に"寝ずに研究してる方もおかしいでしょ。まぁ、今はその話はおいといて」
「瑠璃くん……」
僕は俯き頭を抱えながら項垂れるように低い声で喋る。
「……特異能力が使えないんだ。原因は分かってる」
『収集家』こと竜胆柘榴の討伐作戦に僕が参加しなかった理由はこれだ。紅葉との"初めて"があってから僕は特異能力を発動出来なくなるほどに精神衰弱していた。
「……あぁ。やけに最近、テンションが低いからな。原因は紅葉か?」
「……人のせいにはしたくない……でも……今回のは……」
「そうか……。悪かったな気付いてやれなくて。もう言わなくて良いぞ。俺様のせいだから気にするな」
青磁にぃはコーヒーを啜りながら、眉間に皺を寄せ、俯き、苦味と共に息を漏らしていた。
彼に関して皆はよく誤解しているし、彼自身も自分の事をそういう人間じゃないというかもしれない。だが、彼もまた特異能力者である以上、心に受けるダメージはより大きいものとなってしまう。
だからこそ、罪の意識に苛まれる苦しさを良く理解しているのだ。人を庇うように、そう彼が言った言葉はそんな優しさからきているのだろう。
僕にとって青磁にぃは苦しみを理解してくれる優しい兄なのだ。
……そして、紅葉が今苦しんでいること。それは表情が表に出せないことだけじゃない、自身の特異能力を使う度に希死念慮に苛まれることだ。
キッカケは青磁にぃが紅葉に渡したDRAGかもしれない。でも、彼がDRAGを渡さなければ、今頃紅葉はこの世に居なかっただろう。
それに起きてしまった事は"起きてしまった事"として扱わなければ、僕達の関係性はいつまで経ってもこんなギクシャクしたままだ。
そして、僕の存在は紅葉にとって支えるどころか傷を抉っていた。贖罪をするのは僕の方だ。
「それは違うよ。僕が紅葉を傷つけていたのなら、僕はその罪に対して償いをしなきゃいけない」
「……罪悪感か……わかるぜ。アイツ、純粋だからか人のこと全く考えないからな」
青磁にぃはやはり僕に気を使ってか、紅葉を悪者にしようとする。でも、紅葉を悪者にしたって、僕の気持ちは変わらない。
「僕は……分からなくなったんだ。どうすれば紅葉は笑ってくれるのか、どうすれば紅葉は僕の事信頼してくれるのか……どうすれば紅葉の幸せにできるのか……。もう、僕はあの子を『殺さなければ』必要としてくれないのかな……?」
紅葉から『君に殺されたい』と願われ、僕はそれを実行する力はあった。でもしなかったし、出来なかった。
紅葉の望み通りにしてあげたい気持ちもある、それでも、僕の手で死にたいなんて、そんなの……。
僕は目を手で抑える。涙が溢れ出ないように。それでも視界は歪み雫は滴る。
それを見ると翠ちゃんは優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
「……そうか、殺して欲しいって頼まれたのか。それは……辛いな。アイツ……そういうところあるからな。そりゃ特異能力なんて出せる状況じゃねぇわなぁ……」
「青磁兄さん。瑠璃くんはそれでも紅葉ねーさんのこと幸せにしたいって頑張ってる。私も紅葉ねーさんには幸せでいて欲しい。だって……誰かの苦しみで成り立ってる幸せなんて見たくないの。だから、協力して欲しい」
翠ちゃんは僕が喋れる状態じゃない事を悟ってくれたのか、代わりに僕の言って欲しい事を言ってくれた。
「勿論だ。だが、俺様もアイツの異変には気付いてたし、希死念慮対策の薬もその適用も既に済んでる……。だから、俺がしてやれるとしたら……そこまでなんだ。俺様の特異能力も薬も万能でもなんでもない。これ以上俺様の特異能力で何かやればまたアイツから大切なモノを奪ってしまう結果になるだろうなぁ……」
「……っ」
「やっぱり、そう……だよね」
それを言われてハッとした。
勿論だったのだが、青磁にぃは最善を尽くしている。問題なのは紅葉を襲う現実……魑魅魍魎と言わんばかりの『理不尽達』の方だと。
「だけどな、翠……。これは受け売りなんだが……『人間が不幸なのは、自分が幸福である事を知らないからだ』だそうだ。よく、題兄さんが言ってたよ」
その台詞には僕も聴き覚えはあった。確か著作とタイトルは……




