第一幕 26話 筒美紅葉について1
まず、私自身の話をする前に、私が護衛軍に入るまでどんな所にいたのかを説明した方がいい気がする。散々話を引っ張っておいて申し訳ないけど、私がそこに居たのにも理由はあるから……
それで、この世の中には、人の手が及ばない場所が存在する。具体例を挙げるとするなら『死喰いの樹』がそうだったりする。それらの場所は、感情生命体の関与があった為ある意味で彼等により汚染されてしまった場所、或いはその場所自体が感情生命体だったりする場合がある。例の如く、『死喰いの樹』は後者である。
勿論、それらの場所は危険ということで禁足地になっており、主に自然発生する感情生命体の生息地になっている。
そして私が居た場所は表現するなら死と生の境目、三途の川のような、または古事記で例えるとするなら黄泉比良坂に似たような場所かもしれない。そう、そこはこの世界を覆うほどの『死喰いの樹』と私達の暮らしている町の中間地点、言うなればあの樹の麓に夥しく広がる樹海であった。
そこに生い茂る木々は新鮮な緑を含みながらも、その裏には奇奇怪怪な雰囲気を醸し出している為希死念慮を持った人間は勿論、そうでない人間すら魅了し引きずり込んでしまう程の恐ろしさがある。更に、そこに生息している感情生命体はどいつらも特異能力者並の厄介さを持ち合わせており、一般人が迷い込んだようなものなら待っているのは死のみであろう。その為、この樹海は『自殺志願者の理想郷』とまで呼ばれるようになっていた。
では、何故そもそも私がそんな場所に暮らしていたか……それはそこで暮らしていた祖父に招かれたからだった。先述した通り、私の祖父は護衛軍の創立者の一人であり、非特異能力者が特異能力者に並ぶ為の体術『筒美流奥義』の師範だった。その為、父親を失い、まだ弱かった子供の私は母親の元から離れ祖父の元に預けられ、そこで何年も彼の下で修行をしていた。
当時の私にとって親の元から離れるのは、すがるものが無くなってしまったようで、悲しかった。何故私は家族と離れ離れになってしまわないといけなかったのか、それを全部理解していたからこそ余計に辛くて絶望した。幼い私には、すがるものが必要だったのだ。
しかし、そこで待っていたのは従姉妹の筒美葉書……私の一番愛おしい人、葉書お姉ちゃんの存在だった。
何年経とうとも、私は瞼の中にお姉ちゃんの姿がきざみつけられていて、私には見えていた……
少し長くて黒く艶のあるサラサラな髪。たまにそれを真っ赤なリボンで結んで、ポニーテールにしていたっけ。風がなびく度にお姉ちゃんのことが愛くるしいほど欲しくなったんだよ。
ーーお姉ちゃんは私の髪の事も綺麗だって言ってくれたよね。いつかの日にはお揃いのリボンを結んでもらってであの樹海を一緒に散歩したっけ。
私よりも大人で、整った顔立ち。凛としながらも、可愛げのあって、眼差しはどこか遠く、夢を見つめていたあの綺麗な黒色の瞳。そうだ、お姉ちゃんは元気な人だったんだ。
ーーそんな瞳で私を見つめながら、『護衛軍に入りたいんだ』って夢を語ってくれたよね。大丈夫だよ、もう叶ったから私はお姉ちゃんの代わりになれてるよ、翠ちゃんには演技してることばれちゃったけどね。
私よりも大きく、形の整った柔らかい胸。初めてを奪われた唇の甘ったるい大人の味。
ーーふふっ気付いてるかなぁ? お姉ちゃんって全身どこを舐めても少し甘いんだよ? 凄く美味しかったよ。
……私よりも健康な内臓。
ーーどくどく動いて……必死に頑張ってるんだ。健気だよね?
ありがとう。
私……お姉ちゃんのお陰で今も『苦しみ』ながら生きているんだよ?
あはは
お姉ちゃんはもう死んでるっていうのに。
ーーもう少し髪を伸ばしていれば、リボンをつけてお姉ちゃんに近づけていたのかなぁ?
ーー最初にあった時に貰ったあの言葉……今でもちゃんと守ってるよ。私にとって祝福の言葉。
『人生絶望して、自殺しちゃいたいならそれでも良いよ。でもね、お姉ちゃんは無理矢理にでもあなたを生かすよ』
ーーあぁ……お姉ちゃんはなんて身勝手なんだろう
『ーーだからね。紅葉ちゃんはお姉ちゃんの為に生きて……幸せになって……"無理矢理にでも笑って見せて"』
ーー今から語るのは私に全てをくれた人の話だ。